六花と風花 Ⅱ
探偵事務所の報告で、風花は日曜日と水曜日が休みで、土曜は働いていることが分かっている。
連絡しなかったのは、風花が電話を持っていなかったためだ。
店に連絡とも考えたが、どういう立場でいるのか分からない。
考えた挙句、直接行くことにした。
「お前、幾らなんでも病み上がりに5回はねぇだろう」
「でも石神先生もハッスルしていらっしゃいましたが」
「お前がカワイイからなぁ」
「ウフフ」
六花が嬉しそうに笑う。
良かった、緊張はほぐれたようだ。
俺たちはシャワーを一緒に浴びた。
六花が洗ってくれる。
またヘンなことをしてくるので、「本当に死ぬからやめろ」と言った。
ホテルで朝食をとり、梅田の商店街にある精肉店『梅田精肉店』へ向かう。
調査の報告では、梅田や周辺の繁華街に肉を卸している結構大きな店らしい。
行ってみると、8階建てのビルの隣に大きな倉庫があった。
「こりゃ、でかいな」
「そうですね」
俺は取り敢えず、ガラスケースで販売している店舗部分へ行った。
名刺を差し出し、アシュケナージ風花さんはいるかと尋ねた。
「はい、少々お待ちください」
販売を担当していた女性の店員が奥へ入る。
しばらく待たされて、大柄の男性が出てきた。
「風花に会いに来られたそうですが、どういう用件でっしゃろ?」
俺は六花を紹介し、姉であることを言い、事情があって知らなかったが、最近妹がいることが分かったのだと伝える。
「そういうことでっか!」
男性は名刺をくれ、オーナーの塩野社長であることを示した。
「ちょっと風花を呼んでくるさかい、奥でお待ちください」
俺たちはビルの応接室へ案内された。
塩野社長に連れられ、金髪の少女が入ってくる。
やはり、非常に美しい少女だった。
身長は160センチほどで六花よりも大分低い。
目が薄いブルーで、六花のようなオッドアイではない。
「この子が風花です」
少女は俺たちに会釈する。
俺は土産に持ってきた虎屋の羊羹を塩野社長に渡し、突然の訪問を改めて詫びた。
ソファに座り、六花を紹介したあと、六花の母親のことを話した。
塩野社長もまったく知らなかったらしく、驚いていた。
「今回、こちらで六花の母親のことを調べていましたら、風花さんという妹がいることが分かり、このように突然押しかけてしまい、申し訳ありません」
「いえいえ、事情は分かりました。風花はまだ若いですが、非常に真面目に働いてくれてます。お姉さんがいたなんて、こりゃ驚きましたが、良かったなぁ、風花」
「はい」
風花はうつむいて小さな声で返事した。
「風花さん。突然のことで戸惑っているでしょうが、もしお時間があれば、少しお話ししたいと思いますがいかがでしょうか」
「はい」
まだ十六歳だ。
こんなことを言われても困るばかりだろう。
でも、一度話さなければ。
六花が立ち上がった。
そのまま床に両手を着いた。
塩野社長も風花も驚いている。
「ごめん! すまなかった! 本当にすまなかった!」
「どうされましたか、どうか顔を」
「今まで何も知らなくてごめん! 本当に苦労をしたと思う、申し訳ない!」
六花は言いながら泣いていた。
「すいません、私の教育が悪くて本当にバカで。おい、立て! 塩野さんたちも困ってらっしゃるだろう!」
塩野社長はもらい泣きしていた。
いい方のようだ。
「ほんまに、どうか座ってください。話もできへんわ」
俺は強引に六花を立たせ、座らせる。
風花は驚いているが、目に涙を浮かべていた。
「本当にすいません。こら、お前も謝れ」
「ずびばぜんでじた」
まだ泣いてやがる。
「仕事中にあまりお時間をとらせてもご迷惑でしょうから、これで退散いたします。あの、風花さん、もし宜しければ、今晩一緒にお食事でもいかがですか?」
「はい、分かりました」
俺たちは店に迎えに来ると伝え、時間を合わせた。
「石神先生、すみませんでした」
六花がそう言った。
「なに、お前がああいうことをしそうなのは分かってたからな」
「そうなんですか?」
「ああ。お前はバカだからな。いろいろ考えて、大事な妹にこれまで何一つ手を差し伸べてやれなかったことを謝るだろうってな。バカだからな」
「二度言わなくても」
六花は少し笑った。
「お前はそういうバカだよ。自分の責任じゃなくたって、大事な人間が苦しんだり困ったりすれば、自分に責任を感じる奴だ。俺が惚れるはずだよな」
「!!!!」
「じゃあ、たんぱく質を補いに行くか!」
「今晩もありますもんね!」
「もう復活かよ。バカはいいよなぁ」
六花は俺の腕を組み、嬉しそうに笑った。
俺たちは適当に店に入って昼食を摂った。
「おい、大阪ってどこに入っても美味いな!」
「そうですねぇ!」
俺たちはウキウキだった。
しかし、どこで時間を潰そうかとなって、呆然とした。
俺も六花も、大阪を全然知らない。
俺は一応学会で何度も来ているが、ホテルと会場だけで、何も知らなかった。
「ホテルに戻りますか?」
「よせ、それは本当に俺がもたん」
「寝てればいいじゃないですか」
「お前が一緒じゃなけりゃな」
「信用ありませんねぇ」
「当たり前だぁ!」
結局、目に付いたゲームセンターに入った。
俺も六花もこういう場所を知らない。
二人で腕を組んで、若い連中のプレイを眺めた。
「あ、あれやってみましょうよ」
六花が格闘ゲームを指差す。
意外に面白い。
お互いド素人なので、いい勝負になる。
じゃんじゃんコインを入れ、俺たちは興じていた。
「おい、オッサン!」
後ろに五人ほどの見た目で分かるいきった連中がいた。
金をせびるか、六花目当てか、その両方か。
「ちょっと面貸せ」
俺の肩を掴む。
俺はそいつの指をへし折り肘の関節を外し、右の奴の顔面にパンチを入れ、隣の腹に前蹴りを腹がへこむほど食い込ませ、左の奴に足払いの上に金的、その左に言った。
「早く連れ出せ」
五秒ほどだ。
いつの間にかみんなこちらを向いていて、歓声を上げた。
俺と六花は手を振りながら、ゲームセンターを出た。
「なんか、時間がまた余っちゃいましたね」
「まったく暴力的な連中が多くて困るよなぁ」
「……」
俺たちはなんとなく、喫茶店に入った。
「あの、さっきの見てました!」
金髪に染めた、背の高い若い男と彼女らしい少女がが声を掛けてきた。
「誰?」
二人は自己紹介し、俺と話したがった。
時間つぶしに四人でコーヒーを飲む。
男のほうが車が好きらしく、俺はフェラーリ・スパイダーの魅力を語る。
「あ、「フェラーリ・ダンディ」!」
しまったぁー!!!!!!
また当てもなく街をうろつくのが面倒だったので、そのまま話し続けた。
「ネットで見て、大ファンなんです!」
「あたしもです。ほんとにダンディで、喧嘩も強いんですね!」
二人は際限なく話し、そして六花の美しさを褒め称えた。
俺は二人に自分たちが大阪に不慣れで、どこか静かで美味い店を知らないかと尋ねた。
ホテルの日本料理店を勧められた。
六花に、早速予約させる。
「ありがとう。良かったら好きなものを注文してくれよ」
俺たちは仲良くなり、結構話し込んだ。
『梅田精肉店』へ風花を迎えに行った。
風花は、中学の制服を着ていた。
「すみません。これしかまともな服が無いんです」
「全然構わないよ。無理言って誘って申し訳ない」
六花は微笑んで妹を見ている。
「ところで今日は○○ホテルの■■という店を予約したんだ」
「え、そんな高い店を!」
良かった。
「ところでさ」
「はい」
「どうやって行けばいいの?」
風花がおかしそうに笑った。
電車での行き方を教えてくれたが、結局タクシーで行った。
「なんかごめん」
風花が、また笑ってくれた。
六花は、風花のとなりで、嬉しそうにしていた。




