六花と風花
響子が眠った。
今日はオークラのテラスレストランから、季節のパスタと烏骨鶏プリンを取り寄せた。
プリンに大満足して眠った。
六花が食事の片づけをしている。
「六花」
「はい」
「ちょっと話がある。後で俺の部屋に来てくれ」
「分かりました」
六花が来た。
「いろいろ忙しくて、お前のことを後回しにして申し訳ない」
「いえ、石神先生が大変だったのは分かっていますが、何のお話でしょうか?」
「別荘で話した、お前の妹の件だ」
「……」
「もちろん、お前の気持ちもあることだ。無理にとは言わないが、どうだ。一度会ってみないか?」
「はい」
「やはり迷っているか」
「はい。どうすればいいのか、分からないんです」
俺は六花の肩に手を置いた。
「そんなもんはなぁ。会ってみてから考えればいいんだよ。何をしなきゃいけない、なんてことはないんだからな」
六花はしばらく考えていた。
「分かりました。そうですね。会ってみます」
「そうか。じゃあ、金曜の夜に出発するぞ」
「え、そんな急に!」
「だって、お前はまた迷いそうじゃないか」
「あさってですよ!」
「うるせぇ! 今会うと言ったんだから、グズグズ言うな!」
俺と六花は、出かけることにした。
俺は病院へ旅行の用意をして出勤し、仕事を終えると六花のマンションへ寄ってからタクシーで東京駅へ向かった。
今回は新幹線で大阪まで行く。
俺の体調がまだ完全ではないので、車は辞めた。
新大阪には、21時半ごろに着く予定だ。
グリーン車で並んで座ったが、思いのほか、六花が緊張している。
「お前よ」
「はい! なんでしょうか」
「なんか、旅行のたびにめんどくさい女になるな」
「えぇー!」
「そんなに会うのが怖いか」
「それは、はい」
妹の名は「風花」だと伝えてある。
教えたとき、六花は何度も呟き、覚えようとしていた。
「ところでな」
「はい」
「「六花」の意味はもちろん知っているよな?」
「はい。六つの花という意味ですよね」
「……」
「?」
《冬嵐に ふかれてちるか 六花の 手折る袖にも 雪のかゝれば》
「『蔵玉和謌集』にある歌だよ」
「?」
「室町時代の和歌の学問書だ! 「六花」というのは、雪のことだぞ!」
「へ?」
「へ、じゃねぇ! お前、自分の名前すら知らねぇのかよ。まったくなぁ。サーシャさんはロシアの人だろ? だから雪にちなんだ名前をお前に付けてくれたんだろう。たぶん、いろんな人に聞いて回って、日本語で一番美しい名前を探したんだよ」
いかん、六花が泣き出した。
「おいおい、しっかりしろ。それでな、「風花」も、雪の名前だ。晴れた日に舞う雪の輝きのことだよ」
「!」
「風花アシュケナージ。それがお前の妹の名前だ」
六花はまた風花の名を何度も繰り返す。
「石神先生!」
「なんだ?」
「全然知りませんでした」
「……」
「今日は、是非お礼をしたく思います」
「お前、段々調子が出てきたじゃねぇか」
「はい、お蔭様で」
「だけどな、俺は病み上がりなんだ。勘弁しろ」
「エェッー!」
取り敢えず冷凍ミカンを食べさせた。
「ベトベトになってます」
「お前、なんかエロに誘おうとしてないか?」
「はい、その通りです」
「俺の身体はどうでもいいのか」
「石神先生は、何もしなくても良いので」
「……」
「お前、ベトベトになったお姉ちゃんで妹に会うのかよ」
「ハウッ!」
下らないことを話しているうちに、新大阪に着いた。
地理に疎い俺たちはタクシーで梅田に向かい、ホテルでチェックインを済ませた。
そのまま、タクシーの運転手に聞いたお好み焼きの店に入る。
「ああー、腹減ったなぁ!」
店の人にお任せで頼み、ビールをもらった。
東京の人間だと言うと、素人さんならうちで作りましょうと、目の前で焼いてくれた。
さすがは本場のお好み焼き。
絶品の美味さだった。
俺も六花も、夢中で食べる。
適当につまみを作ってもらい、しばらく飲んだ。
「明日は妹に会うけど、先方には伝えてないからな」
「はい」
「話したけど、中学を卒業して、精肉店で働いている。そこへ行くぞ」
「はい」
また六花は緊張してきた。
エロは避けられるだろう。
「あの」
「なんだ」
「先ほどチェックインのとき」
「ああ」
「ダブルの同室でしたよね」
「ああ、そうだな」
「石神先生」
「あんだよ」
「最初から「やる」おつもりですよね」
「バカを言うな。どうせお前は俺の部屋に来るんだろうから、経費を節約しただけだ」
「石神先生」
「あんだよ」
「お嫌ですか?」
「全然嫌じゃありません!」
結局、いつも通りの俺たちだった。




