狂犬・宇留間
俺は着信の画像を見て、出るかどうするか悩んでいた。
じじぃだ。
ウンコの画像が出ている。
自分でやっておいて何だが、耳につけたくない。
「なんだよ、今忙しいんだが」
「おう、久しぶりだな」
じじぃはまだ全然死にそうにも無かった。
三百まで本当に生きるんじゃねぇか、こいつ。
冗談ではなく、花岡さんを見ているとそう思う。
俺の一つ下の42歳だが、二十代でも通りそうなほど若々しい。
花岡の血は、侮れない。
「今日は、優しい斬ちゃんからのプレゼントだ」
「絶対ぇ、いらねぇ。お前の訃報なら喜んで受け取ってやる」
「ふん、お前は相変わらず礼儀を知らんな」
最初の襲撃から信用できない人間であることは分かっていたが、あの人参の件から、更に不信を増している。
「まあいい。お前、宇留間という男を知っているだろう」
突然、思いも寄らない名前が出てきた。
知っている。
「それがどうした?」
「気を付けろよ。やけぼっくいに火がついたぞ」
「お前」
「どうじゃ、ステキなプレゼントだろう?」
じじぃが電話の向こうで高らかに笑っている。
「説明しろ」
「どーしよーかなー」
「お前の着信画像をウンコから変えてやるぞ」
「なんだと! お前わしのことを!」
一頻り罵り合う。
「電波の無駄だ、話せ」
「ふん。お前の周りには網が張ってある」
「本当に気持ち悪いな」
何となく分かってはいた。
「お前、なかなか面白いからな。それに引っかかったんじゃよ」
「宇留間がか」
「ああ。お前を潰しに動いてるぞ」
じじぃは経緯を話した。
宇留間が半グレ集団を率いていること。
その半グレ集団の規模がなかなかに大きいこと。
俺のことを知り、復讐に動いていること。
相変わらずボケた要点しか話さない。
「なんで俺のことを知った」
「だってお前、ネットの有名人じゃねぇか! ふぇ・らーり・だ・ん・でぃ!」
またじじぃが笑っている。
なるほど、俺の画像を見て居場所を特定中ということか。
「お前、気をつけろよ」
「ハッ、あんなゴミ虫なんざ何のこともねぇよ」
「分かってないな。あいつは汚い男だぞ」
「……」
「一応、礼は言っとく」
俺はじじぃの電話を切った。
ウンコの画像はほんの少しだけ、小さくしてやろう。
宇留間のチームとは、高校卒業間近に衝突した。
俺のいた「ルート20」は、ピエロの吸収以降も拡大を続け、周辺で最大最強のチームになっていた。
逆らうチームはなくなり、俺たちは常に偉容を示しながら、どこへでもパレードに出掛けた。
油断していたのかもしれない。
横浜方面へ向かう予定のパレードで、先頭のバイクが次々に炎上した。
中ほどでヘッドの井上さんの護衛についていた俺が前に出ると、放水車で灯油が撒かれ、30台のバイクや四輪が燃えている。
「本隊に連絡! 特攻隊だけ前に出させろ!」
俺が近くにいた無線要員に命じた。
俺の提案で、無線機を持たせた人間を配置していたのだ。
敵チームの襲撃はもちろん、警察などへの対応が格段に早くなった。
すぐに俺の配下の50名が出てくる。
「二番隊は放水車を止めろ! 三番から五番隊は仲間の救出だ。怪我の程度によっては救急車を呼べ! 一番隊は俺について来い! 急げ!」
俺は10名ほどを連れて燃えている道路に突っ込み、前に出る。
特攻隊は10名ずつの隊に分けられ、それぞれの隊に一名の無線要員がいる。
インカムから次々に状況が報告されていく。
重傷者1名。全身に火傷を負っていた。
他は自分で火を消し、軽症だった。
前に出た俺と一番隊は、道路に飛び出して来る人間に囲まれた。
俺は咄嗟に数え、40名ほどと認識する。
「赤虎ぁ! 死ねや!」
後ろに控えているリーダーと思しき男が叫んだ。
俺は二番隊に円陣を組ませ、一人飛び出していった。
敵チームは全員が鉄パイプやバットを持って武装していた。
一番隊はバイクから1メートルほどのステンレスの棒をそれぞれ抜き出して構える。
俺は襲いかかる三人を瞬時に叩きのめし、それぞれの顔を踏み潰す。
五人が俺を囲み、それも数秒で沈めた。
全員の足首を潰す。
俺は指示を出した男へ駆け寄った。
男が腰の後ろに手を回すのが見えた。
俺は奪い取った鉄パイプを男に投げる。
男の右目に先端が当たった。
痛みにのけぞると同時に、男は右手を俺に向けた。
銃を持っていた。
しかし、間近まで接近していた俺が右手を掴み、肘と肩を強引に破壊する。
男は絶叫と共に地面に叩き伏せられた。
俺が鍛え上げた精鋭の一番隊は、難なく敵チームを平らげていた。
笑いながら腹や胸などを蹴っている。
俺はリーダーの男を引きずり、先ほど倒した8人の所へ放り出す。
「全員縛れ! 本体に連絡して、四輪を十台回させろ!」
「うす!」
すぐに敵チームを回収して、俺たちは現場を去った。
パレードは解散し、30人の誘導役が引き連れて、それぞれ別方向へ散る。
そういうことも俺の発案だった。
本体の幹部10名と特攻隊、それに敵チームを積んだ50人ほどがアジトの倉庫に集まる。
参謀の犬飼が顔を知っていた。
「宇留間です。昨年チームを立ち上げ、別のチームを潰して傘下に置いてきていました」
「どんな奴だ?」
ヘッドの井上さんが聞く。
「残忍な奴で、女が攫われて壊されたって話も聞きます。襲われたチームの何人かが行方不明になっているとも」
「井上さん、こいつはヤバイ。チャカ持ってましたよ」
俺はそれを見せた。
「どうします?]
「取り敢えず、全員にヤキを入れろ」
肉を殴る重い音が響き出した。
「この宇留間はどうしましょうか」
「トラ、お前が思い知らせてやれ」
俺は鉄パイプが当たって潰れた左目を指でほじくりだし、宇留間の顔の前で踏み潰した。
足を開かせ、股間に強烈な蹴りを入れる。
グシュッと潰れる音がし、宇留間は絶叫を放った。
「おう、気を喪わないなんて根性あるな」
俺は猛烈な笑みを浮かべ、左の耳を掴んで引きちぎった。
宇留間は激痛にのたうちまわり、耳を千切られたことすら気付いていなかった。
俺は宇留間の髪を掴み、残った右目に指を突っ込む。
「今度俺たちに逆らえば、この目も潰す」
俺が本気だと通じた。
宇留間は首を何度も振り、もう逆らわないと言った。
宇留間の仲間たちも全員が地面に転がって呻いている。
「お前らは今日で解散だ! だけど侘びだけはきっちり清算するからな!」
井上さんが全員の免許証を奪い、持っていない奴は身元を何重にも確認する。
俺は興味を喪い、宇留間を離れた場所から見ていた。
こいつはヤバい。
絶対にこのままでは終わらない。
そういう予感があったが、井上さんが仕切った以上、俺がやることは無かった。
「トラ、こんなもんかな」
「そうですね」
井上さんは俺の肩に手を回し、笑っていた。
俺は卒業を前にチームを辞め、井上さんも家業の建築屋を継いだ。
俺たちが抜けてしばらく後、警察が本腰を入れて暴走族を取り締まるようになり、チームも解散した。
世の中は、腑抜けで、顔だけ善人の、つまらない社会へ向かって行った。




