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星の家族:シャルダンによるΩ点―あるいは親友の子を引き取ったら大事件の連続で、困惑する外科医の愉快な日々ー  作者: 青夜


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坪内緑子 Ⅱ

 俺たちは何となくそのまま買い物を続けた。

 俺は自分の買い物のことを話し、緑子は初めてもらった舞台衣装に合わせるスカーフを買いに来たと言った。

 「あのさ、俺は女の子のものってよく分からないんだ。良かったら一緒に選んでくれないか?」

 俺がそう頼むと

 「別にいいわよ。その代わり、スカーフ買ってくれる?」

 「おお、頼むわ」

 緑子は驚いて手を振る。

 「いや、今のは冗談よ。あんたに買ってもらういわれがないわよ」

 「遠慮するなよ。研究生って大変なんだろう」


 緑子はちょっと考えていたが、俺の提案を受けてくれた。

 「あんた、研究生のことなんか分かるの?」

 「いや、全然。だけど給料もろくにねぇだろうことは想像できるよ。演劇ってあまり観たことねぇけど、良かったら教えてくれよ」


 そうやって俺たちの付き合いが始まった。

 一緒に飲みに行くようにもなった。

 俺と一緒に飲む時には、緑子は意識を喪うことはなかった。


 「金がねぇのに、よくあんなに飲んでたもんだよなぁ」

 ある時そう言うと、緑子が辛そうな顔をした。

 「あのね、あそこでの飲み代って、私は払ってないの」

 「どういうことだよ」

 緑子は少しずつ、事情を話した。

 研究生は劇団に所属する前段階で、それでも毎年大勢の応募の中から選ばれる大変な枠なのだそうだ。

 だけど非常に厳しい世界で、駄目な者は容赦なく切り捨てられる。

 だから練習はみんな必死だ。

 そのためにアルバイトなどの時間はどんどん削られていく。


 「あたしはどうしても女優になりたいの。だから苦しいのは幾らでも耐えて見せる。でも現実にはお金がないっていうのはどうしようもないからね」

 俺は察してしまったので、それ以上聞きたくもなかった。

 だけど緑子は続ける。

 「だからさ、私なんかが欲しいって奴に付き合ってたのよ。でも意識があると嫌だから。ああやって酔いつぶれてたわけ」

 「やめろよ。聞きたくもねぇ」

 俺は遮った。

 「あ、ごめん。こんな話ほんとに嫌だよね。本当にごめん」

 会話が途切れた。

 気まずい空気が流れる。


 「あのよ、俺は夢に向かってがむしゃらっていうのは好きなんだよ。だからお前が泥まみれになっても掴みたいっていうのは、尊敬するよ」

 俺はシャツをまくり、酷い傷跡を見せた。

 「これはさ、俺がガキの頃に金を得るためにバカやった傷なんだ」

 俺は緑子に、18歳の時の渡米を話した。

 誰にも話したことがない、誰にも話すつもりもないことだった。

 面白くもなんともない。ただただ悲惨でバカで悲しいだけの話だ。



 その夜、俺と緑子は一緒に寝た。



 その後、俺は無理やりに緑子に金を渡すようになった。

 思いやりも誤魔化しもない、ただ金を受け取れと言って渡した。

 俺たちはお互いの身体に溺れることはなかった。

 俺の金は一方的に緑子が使ってくれるようになった。

 付き合っていたわけではないが、俺たちは時々会い、食事をしたり飲みに行ったりした。


 あの夜の告白と体験は、二人の間で頑なに沈黙されていた。

 親友、そう言える唯一の女友達に緑子はなった。

 その後、緑子は大成し、劇団員として認められ、徐々に舞台での配役も良いものになっていった。

 俺はチケットの買取を強制され、部下や同僚に配ってやることもあった。

 それも次第に少なくなり、緑子が確固とした地盤を築いたことに気付く。



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 「ちょっと頼みがあるんだよ」

 「あによ」

 「俺、子どもを四人引き取ったんだよな」

 「ええぇっー、あんた正気なの!?」


 俺はこれまでの経緯をかいつまんで彼女に話す。


 「それでさ。俺って男の中の男じゃない」

 「下品で無神経なあんたが何言ってるのよ」

 「だからさ、女の子のことって全然分かってないことが分かったんだよ」

 「ちょっと全然分からないから、ちゃんと会って話してよ。今は公演の合間だから私も時間があるし」


 「助かる!」


 俺は青山のパブで待ち合わせ、緑子を待った。

 時間に遅れることなく、緑子が店に入ってくる。

 「それでどういうことよ」

 俺は詳細に緑子にこれまでのことを説明した。

 パーティでのことを話すと、緑子は呆れた。

 「それってさー、普通は男だって気遣うものじゃないの?」

 「申し開きもございません」


 俺は緑子に子どもたちに会って欲しかった。

 それで女の子に必要なことをいろいろと教えてもらいたかった。

 「分かったわよ。じゃあ、今度の土曜日に行くから。でも、あたしのことは何て紹介するの?」

 「大親友」

 ため息をつかれた。

 「ほんと、あんたって女のことを知ろうともしないのよね、昔から」

 「そうだって言ってるじゃねぇか!」


 「いいわ。色々と買い込んでいくから、その費用は宜しくね」

 「分かった」

 「それと、私のことは、もうちょっと色気のある紹介をしなさい。それが重要になるんだからね!」

 「?」

 俺が首を傾げると、緑子に頬をはたかれた。


 「あ、ああ。考えておく!」


 それから、二人で互いの近況を話し、ちょっとした愚痴をこぼし合い、いつも通りの俺たちになった。

 帰り際に緑子が言った。


 「あんたには返し切れない恩義があるからね!」

 「あ? そんなものはねぇよ」





 緑子はタクシーに乗り込んで帰っていった。

読んでくださって、ありがとうございます。

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それを力にして、頑張っていきます。

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