パムッカレの警官 Ⅱ
9月下旬。
俺は亜紀ちゃんと双子を連れてトルコのパムッカレ市に行った。
ロシアのCIA諜報員から、イリューシン76DMDがパムッカレ市に作戦運用されるという情報が入った。
時期については詳細が分からず、俺たちは一度パムッカレ市を視察することにした。
「ルー、お前は輸送機でどうすると思う?」
「はい、空挺降下かなー」
「それじゃ回収はどうするんだ?」
「あー」
俺は国道320号線に着陸と予想を立てた。
滑走路として十分に使える。
「なるほど!」
「近くに空港は無いからな。そうなると多分道路を使う」
「じゃあ、イリューシンを見つけても、すぐに作戦行動に入られてしまうんだね」
「そうだ。パムッカレ市は即座に落とされるな」
「空軍のスクランブルは?」
「多分飛ばない」
「どうして?」
「ロシアの輸送機を撃墜すれば、全面戦争になりかねない。躊躇するだろうな」
「そんなー!」
俺たちは市街を歩いた。
近くにヒエロポリスなどの美しい石灰の丘の観光名所があるこの市は、美しい街並みの観光都市だった。
大して広くもない。
観光客も多く、軍事基地も近くには無い。
襲われれば一たまりも無いだろう。
路地に入ったところで、数人の3人の男たちに囲まれた。
俺たちは翻訳機を持っている。
「おい」
大柄な男が俺に声を掛けてきた。
「なんだ?」
「大人しく、金と時計を置いていけ」
「ああ」
俺たちが女連れの観光客と思われたのだろう。
どこにでもいるチンピラだ。
「タカさん、悪人ですね!」
亜紀ちゃんが嬉しそうだ。
「そうだな!」
「一人一殺ですね!」
「おい、殺すなよ」
「えー!」
「てめぇら! 早く金を出せ!」
男がナイフを抜いた。
瞬時に亜紀ちゃんが目の前に移動し、ナイフを掴んで男の腹にめり込ませた。
「おい、殺すなって」
亜紀ちゃんはつまらなそうな顔をして、男の顎を蹴り上げた。
ルーとハーも後ろの男たちを既に倒している。
「おい! 大丈夫か!」
路地の入口から駆け寄って来た初老の警官が声を掛けてきた。
若い男が一緒だった。
「ああ、いきなり襲われまして」
俺が説明すると若い男の方がナイフで怪我をした男を見ている。
「あんたたちは無事か?」
「はい」
「離れた場所で見ていて、すぐに駆け付けたんだが。すごいな、あんたら」
若い男が電話をしている。
多分、救急車を呼んでいるのだろう。
「親父、こいつ自分のナイフでケガしてるぜ!」
「そうか。正当防衛だ。俺が見ていた」
「うん!」
若い男は警官の息子らしい。
「申し訳ないが、ちょっと一緒に来てもらえるかな。一応調書を作らないと」
「悪いが時間が無いんだ。これで勘弁してもらえないか?」
俺たちは「虎」の軍の証明書を見せ、トルコ政府から発行された外交特権を記載した書類も見せる。
「あんたら、「虎」の軍の人間なのか!」
「知っているのか?」
「もちろんだ! 俺たちはジャンダルマだ。軍に属する組織だからな」
「ああ、なるほど」
ジャンダルマは警察組織とは別の軍事警察とでも言うものだ。
実際の警察機能は主にジャンダルマが担っている。
軍属なので、俺たちのポーランドや南アフリカなどの戦闘も知っているのだろう。
「もしかして、このパムッカレ市が襲われるのか?」
「まだ分からない。でもその可能性があるので、俺たちが視察に来たんだ」
「そうか! よろしくお願いします!」
男はスレイマンと名乗り、息子だという若い男もジャンダルマでアキフという名らしい。
父親のスレイマンがパトカーで来た仲間と犯人たちを連行し、救急車も到着した。
息子のアキフは非番なので俺たちを案内すると言ってくれた。
防衛に関する視点はジャンダルマのアキフが詳しく、俺たちの視察も捗った。
夕方までアキフは俺たちを案内してくれ、お礼に一緒に食事をした。
ホテルのレストランで、美味いトルコ料理が喰えるということだった。
「有事の際に、「虎」の軍はどのくらいで来てくれるのでしょうか?」
「まだトルコ政府と詳細な取り決めが出来ていないんだ。でも、連絡が入ればすぐに来るよ」
「そうですか!」
「恐らく、敵は輸送機で来る。レーダーで捉えられるだろうから、すぐに連絡をもらえれば間に合うさ」
「本当ですか!」
アキフは喜んで、食事代は自分がもつと言った。
「いや、やめておけよ」
「え?」
俺は子どもたちの喰いっぷりを見せた。
嵐のように食事を掻き込み、どんどん追加注文していく。
溜まった空皿が回収され、次の皿が持って来られる。
「タカさん! おいしいですよ!」
亜紀ちゃんが言う。
気に入ったようだ。
「多分、月給全部つぎ込んでも足りないぜ?」
アキフが驚き、そして大笑いした。
「虎」の軍の方は凄いですね!」
「違うよ! こいつらだけだって! 俺は普通だろ?」
「ああ」
「我々はずっとこの町で暮らしています。どうか「虎」の軍のお力でお守り下さい」
「出来るだけのことはする。とにかく連絡を早くくれ」
「はい!]
アキフは自分のことを俺たちに話してくれた。
アキフの父親アルタイはジャンダルマの英雄として知られているそうだ。
「組織的な強盗団が来た時に、親父はたった一人で強盗団に攫われた女性を助けに行きました」
「他のジャンダルマの人間はどうしたんだ?」
「みんなその前の銃撃戦で死亡、負傷していたんです。その時には親父しか動ける人間がいなかった」
「応援は?」
「待っている時間が無かったんです。強盗団はすぐに移動するはずでしたから」
「そうか」
8人の強盗団だったようだ。
「ジャンダルマから迫撃砲まで奪われていました。親父は全身に7発もの銃弾を浴びながら強盗団を全滅させ、無事に女性を救出したのです」
「凄いな」
「はい! 俺はまだ6歳でしたが、親父のやったことは分かりました。親父は俺の尊敬する人物です!」
「そうか!」
アキフも気持ちの良い青年だった。
命がけで任務をこなす父親を尊敬し、自分もジャンダルマに入ったのだと言う。
「俺も結婚しまして、子どもが生まれるんです」
「そうなのか!」
俺は士王や天狼、吹雪の写真をアキフに見せた。
「俺の子どもたちだ」
「へぇー! この女性たちは?」
「あ、あー! 日本は一夫多妻なんだよ」
「そうなんですか!」
亜紀ちゃんが俺を睨み、双子が笑っていた。
「お、お前ら、もっと食えよ!」
「「「はーい!」」」
「でもみんなカワイイですね!」
「子どもはみんなそうだよ。アキフの子どもも間違いなくカワイイさ」
「そうですね!」
食事を終え、俺はアキフに俺の電話番号を教えた。
アキフが感謝し、俺たちは別れた。
「いい人でしたね!」
「そうだな。この街は守りたいな」
いい青年だった。