表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2085/3031

緑の丘

 イギリス政府を経由して、「虎」の軍に南アフリカ共和国が「業」のバイオノイドに襲撃されたことを知った。

 もう三日前のことらしい。

 内陸の都市マンガウングがポーランドと同様に予告襲撃を受けた。

 機甲師団を含む三個大隊が出動したが、襲撃から僅か1時間で壊滅し、その1時間後には全住民が虐殺された。

 ターナー少将に、状況を聞いた。


 「どうして俺たちに情報が来なかった?」

 「南アフリカは「業」に降った。あまりにも一方的な攻撃だったからな」

 「「業」に降伏など通用しないだろう」

 「その通りだ。だが、それ以上襲撃されないでいる」

 「バカな」


 どのようにしてか、南アフリカは「業」に全面降伏を宣言したようだ。

 しかしそれは、単に「業」の実験運用が一つ終わっただけに過ぎない。

 もう南アフリカへの攻撃は急がないというだけのことだ。

 もしかしたら、すぐに次の攻撃があるのかもしれない。

 

 「イギリスは南アフリカ共和国とは近しい」

 「ああ、ダイヤモンドの採掘があるからな」


 イギリスは世界のダイヤモンド市場を握っている。

 以前より凋落したとはいえ、今でもイギリスが大国であるのは、ダイヤモンドや様々な資源の市場を掌握しているからだ。

 まあ、今となっては多くの資源は「虎」の軍なのだが。

 俺にダイヤモンド市場への興味が無いから、今でもイギリスが台頭している。

 南アフリカ共和国は、ダイヤモンドの世界最大の採掘国だ。


 「イギリス政府から南アフリカ共和国へ「業」の世界侵略は説明している。だが、もう南アフリカ共和国は「業」と事を構える気力が無い。蹂躙するにしても、逆らうつもりもないのだろう」

 「マンガウングはどうなっている?」

 「放置だそうだ。復興するつもりも、犠牲者を葬るつもりもないらしい。救援活動もな」」

 「バカな連中だ!」


 ターナー少将も顔を歪めていた。

 勇敢に戦った兵士も、何の罪もない無辜の民も、国が放置しているだと。

 

 「ターナー、「虎」の軍を派遣するぞ」

 「おい、国際問題的に不味いんじゃないか?」

 「知るか! 犠牲者を葬るぞ!」


 俺がいきり立つと、ターナー少将も笑った。


 「そうだな。やろう、タイガー!」


 ターナーが有志を募り、2000名の人間を揃えた。

 「ターガー・ホール」で1週間仕事を空けられる人間たちだ。

 ソルジャーは500名ほど。

 他の人間は非戦闘員だった。

 マンガウングの悲劇を知り、死者を悼むのだということで、希望者が集まった。


 南アフリカ共和国政府に、俺たちがマンガウングの死者を葬るために行くことを伝えた。

 最初は「業」を刺激したくないと断って来たが、俺たちが勝手に行くことを告げると、そのまま何も言われなかった。


 俺たちは「タイガーファング」に乗り込み、マンガウングに飛んだ。

 俺の子どもたちも同行を希望したので、連れて行った。

 蓮花研究所のブランたちも希望したが、防衛任務があるので断った。

 千万グループと稲城グループ、そして神戸山王会から大勢の希望者があった。

 御堂が特別機を調達し、別途南アフリカ共和国に向かった。

 全部で5000人もの人間が集まった。

 デュールゲリエも100体同行する。

 万一の生存者の捜索のためだ。

 




 マンガウングに到着した俺たちは、地獄のような光景を見ることになった。

 80万近い住民が虐殺され、その遺体は既に腐敗を始めていた。

 建物はほとんど倒壊し、かつて都市だった面影は無い。

 戦乱で破壊されたものとは違う。

 強大な力を持つ人間が蹂躙したその跡は、想像以上に悲惨だった。

 生存者がいるのではないかという僅かな希望もすぐに消えた。

 徹底して虐殺されたのだ。

 

 死者を葬るという目的で来た者たちも、多くが呆然とし、ショックを受けていた。

 俺は全員を集めた。


 「今日観たことを忘れるな!」


 俺の怒号が響いた。


 「絶対に忘れるな! これが「業」がやろうとしていることだ! 忘れるな!」


 泣いている者もいる。

 地面にへたり込む者もいる。


 「死んでいい人間などいなかった! みんな恐怖の中で! 嘆き悲しみ! 悔しさの中で死んで行った!」


 都市に風が吹いた。

 死臭を運んで来る。


 「だから! 俺たちの手でせめて葬ってやろう! それしか出来ない! そのために俺たちは来た!」


 全員が俺を見た。

 みんなで叫び、死者を探しに行った。

 遺体は遺体収納袋へ納め、都市の中心を拡げてそこへ集めた。

 申し訳ないが、身元の確認は出来なかった。

 デュールゲリエに住民の名前が分かる台帳かデータを探させた。

 後で慰霊碑を建てるつもりだった。

 80万人の住民と、2000名の兵士。

 しかし、遺体が残っている者は半分もいない。

 「虚震花」などで霧化した者が多かった。

 千切れた肉片なども、出来るだけ集めた。

 ハエが大量発生し、損傷の激しい遺体が多い。

 みんなそういうものに慣れて行った。

 俺の子どもたちが、泣きながら作業をしていた。


 「柳、大丈夫か?」

 「はい! でも悔しいです!」

 「そうだな」


 普段はあんなに明るいルーとハーも、悔しそうな顔で遺体を運んでいる。

 皇紀も寡黙な顔で、作業を進めていた。

 亜紀ちゃんは怒り狂っていた。


 「タカさん! ぜったいにぶっちめに行きましょう!」

 「おう!」


 街の中心部に大穴を空け、そこへ遺体を横たえて行った。

 遺体を埋め、別な場所へ移動しながら、同様に葬って行った。

 倒壊したビルや建物をどかしながら、俺たちは遺体を見落とさないように注意した。



 1週間で、ほぼ作業は終わった。

 ここからは更に徹底して探していく。

 俺は一人も見落とさずに葬るつもりだった。


 「石神さん、下水道も探してみたいんですが」


 諸見が俺に言った。

 

 「ああ、そうだった。もしかしたらそこから逃げようとした人間もいるかもな」

 「自分にやらせて下さい」

 「頼む。他にも何人かやらせるよ」

 「はい!」


 亜紀ちゃんが希望した。

 俺も行く。

 もしかしたら、本当に生存者がいるかもしれない。

 それに、死んでいたとしても、下水道で亡くなった人間は早く回収してやりたかった。


 30人で手分けして下水道を探索した。





 もしも逃げようとしたのなら、都市の外の河川へ向かったと予想した。

 俺は亜紀ちゃんと一緒に、下水道の下流へ向かって探した。


 10分程で出口まで走った。


 「タカさん! あちらに二人!」

 「おう」


 出口近くで二人の遺体を見つけた。


 「やっぱりいたか」

 「あの鉄格子が……」


 前方の出口には鉄格子が嵌っていた。

 二人の遺体は、頭を拳銃で撃って死んだものと分かった。

 やはり損壊が激しい。

 ネズミに喰われたか、半分骨になっていた。


 「あ、何か書いてありますよ!」


 亜紀ちゃんが二人のそばの壁を見つけた。

 赤い何かで文字が書かれている。


 亜紀ちゃんにデュールゲリエを呼ばせ、俺は二人のドッグタグを見た。

 クッツェ中尉とサリフ軍曹。

 クッツェ中尉は顔面が真横に破壊されていた。

 恐らく、バイオノイドの攻撃を喰らった後で、必死に二人でここまで逃げて来たのだろう。

 そして、鉄格子に絶望した。


 亜紀ちゃんが鉄格子を破壊し、デュールゲリエが中へ入って来た。


 「ここに書かれている文字は分かるか?」

 「はい。《私はクッツェ中尉を愛しています》と書いてあります。口紅のようです」

 「「!」」


 俺にはそれで全てが分かった。


 「亜紀ちゃん、クッツェ中尉は恐らく両目を喪っていた」


 亜紀ちゃんが遺体を見て理解した。


 「サリフ軍曹が、女性でありながらここまで運んで来たのだろう」

 「はい」

 「拳銃を調べた。残弾は無かった」

 「はい」

 「もう限界だったのだろう。だから二人でここで自決した」

 「はい!」


 サライ軍曹は、クッツェ中尉のことを慕っていたのだろう。

 その思いは告げたのだろうか。

 それは俺には分からない。

 亜紀ちゃんが大泣きし、絶叫した。


 「この二人を丁寧に運ぶぞ」

 「はい!」


 俺と亜紀ちゃんて遺体収納袋に二人を収容し、そっと運んだ。

 下水の出口から飛んで出て、俺たちは向かいにある山の麓に向かった。

 草で覆われた丘があり、そこに二人を並べて埋めた。


 



 現地入りしてから十日後、俺たちは作業を終えた。

 クッツェ中尉とサライ軍曹を葬った場所に、プロテアやヒースなどの花の種を植えた。

 双子に「手かざし」をしてもらった。

 下水道には他に遺体は無かった。

 潜る間もなく殺されたのだろう。


 諸見には、クッツェ中尉とサライ軍曹のことを話した。

 一緒に丘に行き、あいつは泣き崩れた。


 ただの一度も会ったことの無い二人だったが、俺たちには忘れられない人間になった。

 緑の丘に、二人は眠る。





 《無頼非情の流浪の歳月 未知の異郷に捨て去りし夢と希望 かくて失われし価値を数え 暗黒の岸辺に眸めぐらせば 地球の緑の丘はうるみて美わし》(C,L,ムーア『地球の緑の丘』より)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ