緑の丘
イギリス政府を経由して、「虎」の軍に南アフリカ共和国が「業」のバイオノイドに襲撃されたことを知った。
もう三日前のことらしい。
内陸の都市マンガウングがポーランドと同様に予告襲撃を受けた。
機甲師団を含む三個大隊が出動したが、襲撃から僅か1時間で壊滅し、その1時間後には全住民が虐殺された。
ターナー少将に、状況を聞いた。
「どうして俺たちに情報が来なかった?」
「南アフリカは「業」に降った。あまりにも一方的な攻撃だったからな」
「「業」に降伏など通用しないだろう」
「その通りだ。だが、それ以上襲撃されないでいる」
「バカな」
どのようにしてか、南アフリカは「業」に全面降伏を宣言したようだ。
しかしそれは、単に「業」の実験運用が一つ終わっただけに過ぎない。
もう南アフリカへの攻撃は急がないというだけのことだ。
もしかしたら、すぐに次の攻撃があるのかもしれない。
「イギリスは南アフリカ共和国とは近しい」
「ああ、ダイヤモンドの採掘があるからな」
イギリスは世界のダイヤモンド市場を握っている。
以前より凋落したとはいえ、今でもイギリスが大国であるのは、ダイヤモンドや様々な資源の市場を掌握しているからだ。
まあ、今となっては多くの資源は「虎」の軍なのだが。
俺にダイヤモンド市場への興味が無いから、今でもイギリスが台頭している。
南アフリカ共和国は、ダイヤモンドの世界最大の採掘国だ。
「イギリス政府から南アフリカ共和国へ「業」の世界侵略は説明している。だが、もう南アフリカ共和国は「業」と事を構える気力が無い。蹂躙するにしても、逆らうつもりもないのだろう」
「マンガウングはどうなっている?」
「放置だそうだ。復興するつもりも、犠牲者を葬るつもりもないらしい。救援活動もな」」
「バカな連中だ!」
ターナー少将も顔を歪めていた。
勇敢に戦った兵士も、何の罪もない無辜の民も、国が放置しているだと。
「ターナー、「虎」の軍を派遣するぞ」
「おい、国際問題的に不味いんじゃないか?」
「知るか! 犠牲者を葬るぞ!」
俺がいきり立つと、ターナー少将も笑った。
「そうだな。やろう、タイガー!」
ターナーが有志を募り、2000名の人間を揃えた。
「ターガー・ホール」で1週間仕事を空けられる人間たちだ。
ソルジャーは500名ほど。
他の人間は非戦闘員だった。
マンガウングの悲劇を知り、死者を悼むのだということで、希望者が集まった。
南アフリカ共和国政府に、俺たちがマンガウングの死者を葬るために行くことを伝えた。
最初は「業」を刺激したくないと断って来たが、俺たちが勝手に行くことを告げると、そのまま何も言われなかった。
俺たちは「タイガーファング」に乗り込み、マンガウングに飛んだ。
俺の子どもたちも同行を希望したので、連れて行った。
蓮花研究所のブランたちも希望したが、防衛任務があるので断った。
千万グループと稲城グループ、そして神戸山王会から大勢の希望者があった。
御堂が特別機を調達し、別途南アフリカ共和国に向かった。
全部で5000人もの人間が集まった。
デュールゲリエも100体同行する。
万一の生存者の捜索のためだ。
マンガウングに到着した俺たちは、地獄のような光景を見ることになった。
80万近い住民が虐殺され、その遺体は既に腐敗を始めていた。
建物はほとんど倒壊し、かつて都市だった面影は無い。
戦乱で破壊されたものとは違う。
強大な力を持つ人間が蹂躙したその跡は、想像以上に悲惨だった。
生存者がいるのではないかという僅かな希望もすぐに消えた。
徹底して虐殺されたのだ。
死者を葬るという目的で来た者たちも、多くが呆然とし、ショックを受けていた。
俺は全員を集めた。
「今日観たことを忘れるな!」
俺の怒号が響いた。
「絶対に忘れるな! これが「業」がやろうとしていることだ! 忘れるな!」
泣いている者もいる。
地面にへたり込む者もいる。
「死んでいい人間などいなかった! みんな恐怖の中で! 嘆き悲しみ! 悔しさの中で死んで行った!」
都市に風が吹いた。
死臭を運んで来る。
「だから! 俺たちの手でせめて葬ってやろう! それしか出来ない! そのために俺たちは来た!」
全員が俺を見た。
みんなで叫び、死者を探しに行った。
遺体は遺体収納袋へ納め、都市の中心を拡げてそこへ集めた。
申し訳ないが、身元の確認は出来なかった。
デュールゲリエに住民の名前が分かる台帳かデータを探させた。
後で慰霊碑を建てるつもりだった。
80万人の住民と、2000名の兵士。
しかし、遺体が残っている者は半分もいない。
「虚震花」などで霧化した者が多かった。
千切れた肉片なども、出来るだけ集めた。
ハエが大量発生し、損傷の激しい遺体が多い。
みんなそういうものに慣れて行った。
俺の子どもたちが、泣きながら作業をしていた。
「柳、大丈夫か?」
「はい! でも悔しいです!」
「そうだな」
普段はあんなに明るいルーとハーも、悔しそうな顔で遺体を運んでいる。
皇紀も寡黙な顔で、作業を進めていた。
亜紀ちゃんは怒り狂っていた。
「タカさん! ぜったいにぶっちめに行きましょう!」
「おう!」
街の中心部に大穴を空け、そこへ遺体を横たえて行った。
遺体を埋め、別な場所へ移動しながら、同様に葬って行った。
倒壊したビルや建物をどかしながら、俺たちは遺体を見落とさないように注意した。
1週間で、ほぼ作業は終わった。
ここからは更に徹底して探していく。
俺は一人も見落とさずに葬るつもりだった。
「石神さん、下水道も探してみたいんですが」
諸見が俺に言った。
「ああ、そうだった。もしかしたらそこから逃げようとした人間もいるかもな」
「自分にやらせて下さい」
「頼む。他にも何人かやらせるよ」
「はい!」
亜紀ちゃんが希望した。
俺も行く。
もしかしたら、本当に生存者がいるかもしれない。
それに、死んでいたとしても、下水道で亡くなった人間は早く回収してやりたかった。
30人で手分けして下水道を探索した。
もしも逃げようとしたのなら、都市の外の河川へ向かったと予想した。
俺は亜紀ちゃんと一緒に、下水道の下流へ向かって探した。
10分程で出口まで走った。
「タカさん! あちらに二人!」
「おう」
出口近くで二人の遺体を見つけた。
「やっぱりいたか」
「あの鉄格子が……」
前方の出口には鉄格子が嵌っていた。
二人の遺体は、頭を拳銃で撃って死んだものと分かった。
やはり損壊が激しい。
ネズミに喰われたか、半分骨になっていた。
「あ、何か書いてありますよ!」
亜紀ちゃんが二人のそばの壁を見つけた。
赤い何かで文字が書かれている。
亜紀ちゃんにデュールゲリエを呼ばせ、俺は二人のドッグタグを見た。
クッツェ中尉とサリフ軍曹。
クッツェ中尉は顔面が真横に破壊されていた。
恐らく、バイオノイドの攻撃を喰らった後で、必死に二人でここまで逃げて来たのだろう。
そして、鉄格子に絶望した。
亜紀ちゃんが鉄格子を破壊し、デュールゲリエが中へ入って来た。
「ここに書かれている文字は分かるか?」
「はい。《私はクッツェ中尉を愛しています》と書いてあります。口紅のようです」
「「!」」
俺にはそれで全てが分かった。
「亜紀ちゃん、クッツェ中尉は恐らく両目を喪っていた」
亜紀ちゃんが遺体を見て理解した。
「サリフ軍曹が、女性でありながらここまで運んで来たのだろう」
「はい」
「拳銃を調べた。残弾は無かった」
「はい」
「もう限界だったのだろう。だから二人でここで自決した」
「はい!」
サライ軍曹は、クッツェ中尉のことを慕っていたのだろう。
その思いは告げたのだろうか。
それは俺には分からない。
亜紀ちゃんが大泣きし、絶叫した。
「この二人を丁寧に運ぶぞ」
「はい!」
俺と亜紀ちゃんて遺体収納袋に二人を収容し、そっと運んだ。
下水の出口から飛んで出て、俺たちは向かいにある山の麓に向かった。
草で覆われた丘があり、そこに二人を並べて埋めた。
現地入りしてから十日後、俺たちは作業を終えた。
クッツェ中尉とサライ軍曹を葬った場所に、プロテアやヒースなどの花の種を植えた。
双子に「手かざし」をしてもらった。
下水道には他に遺体は無かった。
潜る間もなく殺されたのだろう。
諸見には、クッツェ中尉とサライ軍曹のことを話した。
一緒に丘に行き、あいつは泣き崩れた。
ただの一度も会ったことの無い二人だったが、俺たちには忘れられない人間になった。
緑の丘に、二人は眠る。
《無頼非情の流浪の歳月 未知の異郷に捨て去りし夢と希望 かくて失われし価値を数え 暗黒の岸辺に眸めぐらせば 地球の緑の丘はうるみて美わし》(C,L,ムーア『地球の緑の丘』より)