聖、石神家本家へ Ⅲ
俺が剣を構えると、周りでゲラゲラと笑う声が聞こえた。
必死に立ち向かった。
動く度に激痛が走ったが、俺は何とか堪えた。
全身が燃えるように熱くなり、俺は大勢の人間と遣り合った。
なんか技の名前を叫んでいたが、一つも覚えていない。
言葉が言葉で無くなっていた。
俺は、ただひたすらに剣を受け、自分で振るった。
夕方になり、ようやく全員で山を降りた。
俺は若い奴二人に抱えられた。
自分の足で歩けなかった。
虎白さんの家で横に置かれ、また真白のババァが来た。
全身にまた幾つか鍼を打たれる。
「ちょっとは動けるかい?」
「……」
返事をせずに、身体を起こした。
全身が痛い。
でも先ほどまでの激痛が嘘のように引いていた。
もう耐えられないほどの痛みではない。
虎白さんが俺の荷物を持って来て、中から「Ω」と「オロチ」の粉末を出した。
コップに水を汲んで来て、俺に飲ませる。
全身の痛みが更に消えて行った。
「お前、よく耐えたな」
「……」
虎白さんが笑っていた。
女たちが夕飯を運んで来た。
俺も畳に座り、一緒に飯を喰った。
焼き魚に煮物、丼飯に漬物と汁物。
畳も久しぶりだ。
一口入れると、猛烈に空腹を感じた。
「おう、もうそんなに喰えるか」
「……」
美味い飯だった。
和食はほとんど喰わない俺が、本当に美味いと思った。
虎白さんが、喰いながら俺に話した。
「高虎をアメリカに連れてったのはお前だろう?」
「そうだ」
虎白さんが遠い目をしていた。
何か思い出しているのだろう。
「高虎の親父は虎影って言うんだ。俺らの当主だったんだけど、最高に強かった」
「そうなのか」
虎白さんは、俺に虎影さんの話をした。
トラから大体のことは聞いていたが、詳しいことが分かった。
「俺たちは虎影がいなくなって、慌てたんだよ。ずっと虎影とは時々連絡を取っていたからな」
トラがいなくなったのを知ったのは、俺たちが日本を出て行った後らしい。
「虎影は消えた。高虎も孝子さんもどこに行ったか分からねぇ。散々探したんだ。全員鍛錬もしねぇでさ。必死だったぜ」
この人らが鍛錬を休んでまで探したというのは、本当にトラたちのことが大切だったからだろう。
「高虎をお前がアメリカへ連れてったと知って驚いたぜ。傭兵になるってなぁ。しかもあのチャップマンのとこだったろ? みんなで笑ったぜ」
「どういうことだ?」
「ああ、ちょっと縁があってな。チャップマンのことは知ってたんだよ。一流の人間だったろ?」
「そうだ。最高の傭兵だった」
「だな。一応俺も、高虎を宜しくと頼んだんだ」
「え!」
驚いた。
まさか、そんなことがあったとは。
「チャップマンも、高虎が俺らの家の人間と知って驚いてたよ」
「それじゃ……」
「お前らさ、随分と活躍したらしいな。チャップマンも喜んでたぜ」
「……」
虎白さんは口には出さなかったが、俺たちが特別に優遇されてたのは、多分虎白さんの口利きがあったためだろう。
今から思えば、幾ら優秀な人間だったとしても、18歳のガキの俺たちが、チャップと一緒に最初からチームが組めるなんてあり得ない。
俺は後に自分で傭兵会社を設立してから、ずっとそのことが気に掛かっていた。
余りにも厚遇過ぎだ。
その俺の心を読んだかのように、虎白さんが言った。
「ああ、確かにお前らのことは頼んだけどよ。でも、チャップマンは本当に高虎とお前のことを高く評価してたよ。高虎が傭兵を辞めて日本に帰ると言った時には、俺にも頼み込んで来やがった」
「そうだったのか……」
「お前らは、最高の兵士になるってさ。自分を超える才能は初めて見たとよ! すげぇな!」
「いや、俺たちは……」
虎白さんが笑った。
「まあ、お前が残ったからさ。チャップマンも嬉しかっただろうよ。それにその後もずっと、高虎が時々手伝ってたんだろ?」
「そうだ。トラと一緒に戦場を周るのは、本当に楽しかった」
「そっか!」
食事を終え、そのまま酒の席になった。
「お前、呑めんだろ?」
「ああ、日本酒は飲んだこと無いけど」
「呑めよ」
コップに注がれ、キュウリと味噌、干した肉や魚が出て来た。
「高虎の喧嘩好きはよ、間違いなく石神家の血だ」
「ああ、そうなんだろうな」
「あいつ、人を殺しても平気だったろう?」
「そうだな」
「お前はどうだった?」
俺は考えた。
「俺も大したことは無かった。最初はトラと50人の小隊を二人だけで襲うように言われたけどな。別に終わっても何も」
「お前の血も、大概染まってやがんな!」
虎白さんが大笑いした。
「普通はよ、まあ特に戦後の日本に生きてたら、人間を殺すなんて大騒ぎよ。相当染まった血じゃないとな」
「俺はトラを護るのに必死だったからな」
「そっか」
虎白さんが嬉しそうな顔をした。
この人のそういう顔は好きだ。
だから、トラと一緒の戦場の話をした。
「トラがとにかく突っ込んで行く。俺が離れた場所で狙撃していく。それが俺たちのスタイルだったよ」
「高虎らしいな」
「トラはどんな相手でも弾丸を避けて行く。俺にも出来るけど、あいつほどじゃない。俺はトラを撃とうとする奴を殺す。トラはその間に敵をどんどん殺して行く」
「高虎はお前のことが大事だったんだな」
「!」
この人はトラのことが分かっていた。
これまでいろんな人間に同じ話をしたが、トラの優しさに気付いた人間はいなかった。
単に、俺たちの戦闘スタイルだとしか認識されなかった。
「そうだぁ! トラは最高だ! 俺のために、自分の命を張って! だから俺は絶対にトラを護ると誓ったんだぁ!」
「そうか。ありがとうな」
俺たちの絆だった。
トラは俺を安全な場所にいさせようとし、俺はトラを絶対に護る。
俺は虎白さんにいろいろトラの話をしたかった。
だけど、急に眠気に襲われた。
「おう、今日はそこまでだ。まだ明日からもある。今日は寝ろよ」
「わ、分かった」
もう立つことも出来ず、虎白さんが俺に肩を貸してくれた。
布団が敷かれ、横になった。
「じゃあ、明日も宜しくな」
俺は返事も出来ずに眠り込んだ。
懐かしい、ニカラグアの戦場の夢を見た。
俺とトラの青春だ。
俺たちは、地獄のような戦場で、光り輝いていた。
そうだろう、トラ。