別荘の日々 XⅡ
俺は響子をまた寝かせた。
「まだ眠くない」
さっき寝たばかりだ。
「今日はバーベキューと、その後で花火大会をするからな」
「うん」
「約束したからな」
「うん」
「タカトラ」
「なんだ」
「今晩も硝子の部屋に行く?」
「ああ、行こう」
「うん」
響子は嬉しそうに笑って目を閉じる。
「無理に眠らなくてもいいからな。目を閉じて横になっていればいい」
「うん」
六花が入ってくる。
「響子は寝ましたか?」
「いや、まだだ」
響子は六花も来たことで、目を閉じながらニコニコしている。
「お前、ちょっと子守唄でも歌えよ」
「いえ、自分は歌はあんまり」
「いいから歌え!」
六花は『竹田の子守唄』を歌う。
ひでぇ歌だ。
「もういい、なんでそんなひでぇ歌を響子に聞かせるんだ!」
「石神先生が!」
「うるせぇ!」
響子が笑い出した。
「ほら、起きちゃったじゃないか!」
「最初から」
「うるせぇ!」
俺が『竹田の子守唄』を歌ってやる。
響子が目を開けて俺を見ている。
六花が手を合わせて聞いている。
お前のためじゃねぇぞ。
「綺麗な歌……」
響子はそう言って、また目を閉じた。
やがて寝息をたて始めた。
俺は六花と静かに話す。
「お前の家は栃木だろう。どうして『竹田の子守唄』なんだよ」
「幼い頃に母がよく歌ってくれました」
「だったらもうちょっと上手く歌え!」
俺は六花の頭を両手でグリグリした。
「いたい、いたい、いたい! でもいいかも」
六花が叫ぶ。
クスクスという声が聞こえ、見ると響子が起きてしまっていた。
「おまえぇー!」
「だって石神せんせいがー!」
響子は笑っていた。
仕方ないので、俺は六花と一緒に響子をはさんでベッドに横になる。
響子は嬉しそうに、俺と六花を交互に見た。
「二人は仲良しね」
「そうか?」
「そう」
六花が嬉しそうに笑った。
もう響子は眠れないだろう。
仕方がないので、俺のアラスカ物語を二人にも話してやる。
「そういうことだったのね」
響子が夕べの話との関連を理解した。
「石神先生は最高です!」
六花は目を潤ませてそう言った。
そろそろいい時間だ。
バーベキューの準備を始めることとする。
響子は六花に任せた。
「あまり疲れさせないようにな。今日はちょっと遅くまで起きることになると思うから」
「はい、分かりました」
キッチンに行くと、亜紀ちゃんが食材を取り出して並べていた。
中山さんのお蔭で、野菜がずい分と増えた。
俺たちはまず、野菜を徹底的に洗った。
バーベキューの他に、野菜たっぷりのスープも作ることにした。
俺と子どもたちは、ひたすらに食材をカットしていく。
串は打たない。
基本は俺が焼くが、子どもたちもトンで好きに材料を選んで焼けるように考えている。
響子が飽きたのか、六花と一緒に来て、俺たちの作業を眺める。
六花は手伝いますと言ったが、響子の傍にいさせた。
俺は響子を手招きして、スープの味見をさせる。
出汁は、スーパーの肉屋で譲ってもらった、鳥の骨だ。
朝から弱火で煮込んである。
「うん、美味しい」
スープには白菜、玉ねぎ、メイクイーン、人参、コーン、エノキダケ、シメジ、冬瓜、アスパラ、カリフラワー、大根、油揚げ、豆腐、グリーンピース、ソラマメ、それに鳥の腿肉を小さく切ったものと薄い輪切りにしたソーセージが入っている。
塩コショウで味を調整したが、これだけの野菜が入ると唸るように美味い。
寸胴で二つある。
まだ明るい6時頃。
バーベキューを始めた。
一畳分もあるでかい焼き網の下の炭に火を入れ、安定するまで待つ。
俺は木のベンチを置き、響子を右隣に座らせている。
響子の前には、専用の食事スペースがある。
左側にはコンパネで簡易的に作った食材テーブルがある。
なるべく座りながら焼けるように、との工夫だ。
まだ火が温まる前に、既に子どもたちが囲んで待っていた。
このまま何もしないでいたら、こいつらはどうするのか。
一瞬そんなことを考えたが、涙すら浮かべて待っている双子を見て、悪いことを考えたと反省した。
俺は肉を置いていく。
途端にいい匂いがする。
早めに肉を返し、数秒後。
「よし、食べていいぞ!」
双子が皇紀の紙皿を下から突き上げて吹っ飛ばした。
皇紀は叫びながら皿を拾いに行く。
亜紀ちゃんが背中からフライ返しを取り出し、一気に肉を攫っていく。
「亜紀ちゃん、飛び道具は反則だよー!」
そう言いながら双子は、重ねて持っていた紙皿を広げ、次々に肉を掻き集めた。
うーん、こいつらの創意工夫はいつ見てもすばらしい。
六花はジャージだ。こいつの戦闘服だ。
子ども相手に、本気で肉を奪い、喰う。
響子は横で手を叩いて喜んでいた。
俺が絶対的に食糧を確保してくれると信じている。
その期待に答え、俺は自分の手元で良い肉を焼き始める。
「あ、タカさん、そこは!」
「今頃気付いたかぁ! 何のためにでかいバーベキューセットを用意したと思ってやがる!」
はい、きょーこちゃんどーぞ、と言いながら、A5ランクの牛肉を響子の皿に置いてやった。
響子はニッコリと俺を見て、モギュモギュと肉を食べた。
一応、3メートル離れて食事用のテーブルを用意している。
そこに焼肉のタレやポン酢、マヨネーズや七味、塩、コショウなどの調味料を置いている。
しかし、最初は下味だけの肉を奪い合った。
一段落し、俺が野菜も焼き始めると、ようやく子どもたちもテーブルで食べ始める。
既に10キロあった肉は、半分に減っていた。
響子は100グラムほども肉を食べ、今は野菜を欲しがった。
俺は響子が食べたいという野菜を焼き、スープをよそって前に置いてやる。
子どもたちもスープを飲み始め、その美味さに驚く。
たちまちスープが減っていった。
六花は今も肉を狙って焼き網の前にいた。
いきなり上着のファスナーを開けた。
「見てもいいですから、早くお肉を焼いてください」
お前のは見慣れたよ!
「おい、あとは好きに焼いていいぞ!」
俺が言うと、子どもたちは喜んでトンで好きに焼き始めた。
「響子、美味しいか?」
「うん、美味しい」
辺りが暗くなってきた。
響子は家族でこんなバーベキューとかをしただろうか。
ふと、そんなことを考えた。
まあ、なんにしても、こんなゴチャマンのようなものではなかったはずだ。
皇紀が間違えて亜紀ちゃんの皿の肉を食い、殴られていた。




