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星の家族:シャルダンによるΩ点―あるいは親友の子を引き取ったら大事件の連続で、困惑する外科医の愉快な日々ー  作者: 青夜


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別荘の日々 Ⅹ

 昼食後、俺は皇紀を誘って散歩に出た。


 響子はまだ眠っていたので、起きたら少しスープを飲ませるように、六花に指示した。

 六花は寝巻きに着替えて、響子と一緒に俺のベッドに横になる。

 俺の枕に顔を埋めて「いってらっしゃいませ」と言った。




 散歩しながら、俺は皇紀に高校時代の大乱闘の話をする。


 「きっかけは、タカさんが先輩の「カタナ」を壊しちゃったことですよね?」

 「ああ、井上さんが改造して、結構ピーキーなセッティングだったんだよな。カーブを抜けかけてアクセルを開いたら、想像以上にスピードが出た。そのまま壁に突っ込んだんだよ」

 「タカさんは大丈夫だったんですか?」

 「バイクを横倒しにして、その上に乗って滑走したんだ。壁にぶつかる前にスピードが落ちて、俺は両足で壁を蹴った。そのまま地面を転がったんで、ショックはほとんど消されたんだよな」

 「スゲェー!」

 「その代わり、バイクはメチャクチャよ。滑走してる間にカウルは吹っ飛び、エキパイも吹っ飛び、フレームがひん曲がり、エンジンまで削れちまったしなぁ。修理とかって段階じゃなかったな」



 森の中は涼しい。

 双子との散歩は森の外に出てきつかった。

 それに俺は一応、飲み物を持っていた。



 「ゴチャマンってなんですか?」

 「大人数でやる喧嘩よな。一対一は「タイマン」。大人数のゴチャマンになると、どっから襲われるのか分からねぇ。まあ、だから楽しいんだけどな」


 「日本刀まで持ち出すなんて、怖いですよ」

 「ああ、どっかの金持ちの息子だったんだろうな。一応幹部の一人だったよ」

 「でも、タカさんがバイクを斬ったって、すごいです。乗ってた人は大丈夫だったんですか?」

 「タンクの途中で止まったわけだけど、太ももがずい分抉れてたよなぁ」

 「……」

 


 俺はちょっと開けた場所があったので、皇紀と横倒しになっている木に腰掛けた。

 水筒の麦茶を皇紀に飲ませ、俺も一口呑み込む。



 「そんなすごい喧嘩で、誰も死ななかったんですか?」

 「一応な。流石に新聞にも載って、重傷者30人くらいだったかな。でも死人は出なかった」

 「青さんも生きてて良かったですね」

 「そうだよなぁ。あれが死んでたら、警察も本腰入れただろうしな」


 「警察って、タカさんたちを逮捕しなかったんですか?」

 「うん。くだらねぇ、最底辺のウンコカス同士が勝手にやってることだったからな。面倒臭いんだよ。証拠もなかなか出ないしな。もちろん、一般人に被害があれば別だ。今なら全然話は違うけどな」

 「今と昔はどう違うのでしょうか」





 「「正義」というものの概念だよな。昔は、そんなもんドブに捨てておけって感じだったんだよ。意気地のねぇ、ダサい連中の口癖だからな。でも今は「正しい」ってことが最高の価値とされている。まあ、幻想だけどな」

 「よく分かりません」


 「政治家の言ってることを聞いてれば分かるよ。あいつらは、とにかく間違ったことを非難し、ちょっと「正しいこと」に抵触した発言をすれば、一斉に追求して大臣を辞任したり、政治家を引退させられる」

 「ああ、なるほど」


 「でも、自分たちだって、全然お綺麗な生き方をしてるわけじゃねぇ。だから政治家のゴシップって後を絶たないよな」




 木々の間を抜ける風が気持ちいい。




 「俺たちがやった乱闘なんて、今の人間には全員から否定されるよ。でもな、俺たちは正しいことのためにやってたんだよ。敵がいて、俺たちを狙ってる。だったら、仲間を守るために戦うのが人間だ」

 「人間を殴るのが正しい、ということですか」

 「な、そういう思考に陥るのが今の人間だ。「正しさの呪い」、よな」

 「殴っても良い理由がちゃんとあると?」

 「その通りだ。もちろん今回の話もそうだけど、負けりゃ悲惨よ。今の人間は、その悲惨を自分から遠ざけたいために、必死に幻想の「正しさ」に縋るのな」

 「温かい幸せの中にいたいということですね」

 「お前は理解が早くていいな!」




 俺は皇紀の頭を撫でる。




 「ピエロの人たちから集まったお金って、すごい金額ですよね。ええと数千万円?」

 「3500万円な。このくらいの計算は一瞬でしろ」

 「はい!」


 「もちろん、そんなに集まらなかったよ。中学生だっていたんだしな。大体1000万円くらいか。井上さんが700万くらい取って、あとは幹部で山分け。大体一人50万円くらいな。それでも、結構集まった方だと思うよ。だから手打ちにしたのな」

 「ピエロは解散したんですか?」

 「ああ、半分くらいはうちのチームの下に入れて、それが嫌だって連中はチームを辞めた。でも実際にはそいつらは新しいチームを立てて、またでかくなりゃ抗争よ」



 しばらく俺たちは黙って、風に浸った。



 「あの、一つ気になってたんですが」

 「なんだよ」


 「切田さんって、何がしたかったんですか?」

 「ああ、あれな。あいつは俺を罠にはめようとしたんだよ」

 「下着で待ってることがですか?」

 「俺が手を出したら大声で叫んで、俺に襲われたってことにしたかったんだよな」

 「なるほど!」


 「音楽室の隣では、文化部の連中が部活で残ってる。俺が呑気にしてればダメだったろうな」

 「タカさんは、最初から罠が分かってたんですね」

 「当たり前だろう!」




 俺は皇紀の頭をグリグリする。

 皇紀は笑いながら痛がる。




 「あいつが俺を大嫌いだったのは分かりきってるんだから。それが好きだの放課後にだのって言えば、企んでるに決まってるじゃないか。あいつは勉強はできても、頭が悪かったんだよ」

 「なるほどです。でも、なんでそんなにタカさんが嫌いだったんですかね」


 「切田は必死に猛勉強してた。それは確かだよ。それなのに、暴走族の集会に出かけて、女たちにいつも囲まれて、遊んでばかりいる俺に、全然敵わないんだよ。そりゃ頭にも来るよな」

 「そうですかね」

 「結局、あいつは頭が悪くて、俺が頭が良かった、ってだけのことだよな」

 「でも、勉強法もありますよね?」



 俺は皇紀の額を押して、後ろに転げさせる。

 皇紀は倒されながら喜ぶ。



 

 「そうだな、それも大きいな」

 「僕たちもタカさんから言われた方法でやり始めて、成績がどんどん伸びました。みんなそうです。でも、タカさんは誰から教えてもらったんですか?」

 「静馬くんだよ」

 「……」



 「静馬くんは、本当に頭が良かった。それでいつもベッドの枕元に参考書なんかと一緒に文学や哲学書なんかを積み上げていた。だったら、見れば分かるじゃないか」

 「そうか!」


 「大脳生理学の本や心理学の本を読めばわかるよ。人間の記憶のシステムなんかはな。短期記憶の海馬は別として、シナプスは連結して人間の記憶や思考を定着し拡大させるのな。「関連付け」というものが重要なんだよ」

 


 皇紀は背中についた葉っぱや土を払い落とした。

 手の届かない場所は、俺が落としてやる。



 「皇紀だって、小学一年生の問題で分からないことやミスは無いだろ?」

 「はい、そうですね」

 「その「問題」を、お前たちの現状のテストにしているのが、俺の勉強法だということだ」

 「教科書を全部読めとか、上の学年の勉強をしろとかいうのは、そういうことなんですね」

 「そうだ。それと、勉強を楽しむコツよな」

 「コツですか?」

 「ああ。優秀になるのは楽しいだろ?」

 「そうですね!」


 「どんなことでも、勝てば楽しいし、負ければ悲惨なんだよ。そうじゃなくたって、人生は辛い、悲しいことばかりなんだからな。だから自分の役目ではせめて優秀になれ、ということだ」

 「よく分かりました!」




 俺は思いついて、先日たくさんの野菜をもらったお礼を言おうと、中山さんの畑に挨拶に行った。

 野菜が新鮮で大変美味しく、子どもたちも喜んでいたと言うと、とても喜んでいただけた。

 皇紀のことも、美男子だと褒めてくれる。




 皇紀と家に戻り、俺は響子と六花の寝顔を見ながら本を読んでいた。


 別荘の前に軽トラが停まり、窓から覗くと中山さんが出てきた。

 俺が亜紀ちゃんと外に出ると、荷台には大量の野菜が乗っている。



 「場所を聞いて、野菜を持ってきました。みなさんで召し上がってください!」


 







 亜紀ちゃんが「またやりなおしかぁ」と呟き、俺を睨んだ。

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