石神家 歓待 Ⅱ
「やっとこのメンバーになったな」
ワイルドターキーを出し、つまみを並べた。
雪野ナス。
ラムチョップ。
冷奴。
チーズとソーセージ盛り合わせ。
カプレーゼ。
マッシュルームのアヒージョ。
キャビア。
ムール貝の酒蒸し。
「今日は俺の奢りじゃねぇな」
「何言ってんだよ、奢れよ」
「どうやるんだよ!」
聖が笑う。
三人で乾杯した。
「まあ、日本でこの三人で飲むとはな」
「トラのお陰だな」
「そうだな」
色々な人間がいるが、俺もこの三人で飲むのは格別だ。
「しかしよ、何度も言ったけど、あのトラの演奏って最高だったぜ」
「おい、もういいよ」
「だけどよ!」
「いいって。もう勘弁してくれ」
俺は好きなギターを弾いて来ただけだ。
他人に評価されるためじゃない。
「ジャンニーニ、トラはシャイなんだぜ」
「そうなのかよ!」
「おい!」
聖が笑っていた。
「こいつ、いつもカッコ付けてるくせによ。肝心なことはいつも口にしねぇ」
「ああ、なるほどな」
「トラはさ、いつもお前のことを心配してる」
「え?」
「俺と話す時は、毎回お前のことを聞くよ。それで最後にはお前のことを護ってやってくれってな」
「言ってねぇよ!」
「トラ、ほんとかよ?」
「だから言ってねぇって!」
聖の胸を叩いた。
「な、シャイだろ?」
「そうだな」
二人で笑いやがった。
ジャンニーニは聖が純粋な男で、嘘を言わないことを知っている。
「まあ、お前らは大事だからな」
二人が微笑んでいた。
「ジャンニーニ、仕事の方はどうだよ?」
「ああ、儲かってるぜ! 軍の方からバンバン仕事が入って来るし、建設関連でもあちことでなぁ! トラのお陰だ!」
「俺は手伝ってもらってありがたいだけだよ」
ジャンニーニ一家の流通と建設の会社を使っている。
それらの企業はどんどん拡大し、全米屈指のものとなっていった。
また、昔からの特殊なコネクションでの情報もありがたい。
政治や司法にまで食い込んでいる。
千石の情報を最初に掴んでくれたのもジャンニーニだった。
そこからアメリカの司法に俺が圧力を掛けることが出来た。
「今度はフィリピンだな!」
「ああ、皇紀が渡りをつけた。大変だったぜ」
俺はちょっと待ってろと言い、ノートPCを持って来た。
二人に皇紀の金髪ポンパドールを見せてやった。
「「ギャハハハハハハ!」」
「な、いいだろ? 舐められちゃいけねぇから、俺がこの格好にして送り込んだ」
基盤の弱い現大統領のために、敵対するギャングや軍の連中をぶっ潰して回った話をする。
「二人のデュールゲリエを付けてやったんだ。戦闘狂のモードにしてなぁ。まあ、派手に暴れまくったぜ」
「すげぇな!」
幾つか戦闘シーンを見せた。
でかいマシンガンで敵を即座に制圧していく。
「それでよ、皇紀ってお年頃じゃない」
「なんだ?」
「溜まってんだよ! だからあいつ、毎晩女を買いに行った」
「おお」
「それが全部記録されててなぁ。婚約者の風花にバレた」
「「ギャハハハハハハ!」」
「こないだ謝りに行ってなぁ。面白かったぜ」
「ひでぇな」
「あいつ、女性は風花さんだけです、なんて言ってたからな。風花も若いしショックを受けてたしよ」
何とか許してもらった。
2日間、風花の家の庭で土下座をした。
まあ、元々愛情がある二人だったので、それで終わった。
「またやるだろうけどな」
「トラの子どもだしな!」
「ジャンニーニ、俺は溜まってねぇ」
「おお、あちこちに女がいるしなぁ」
「うるせぇ!」
その通りだ。
楽しく話して、またジャンニーニが潰れた。
酒に弱い男ではないのだが、俺たちと飲むとペースを忘れて飲み過ぎてしまう。
俺が笑って担いで、部屋に運んだ。
マリアが起きて、俺に礼を言った。
「何かあったら、内線で呼んでくれ」
「はい、いつもありがとうございます」
「幻想空間」に戻り、聖と飲み直した。
「トラ、いよいよ戦争が始まるな」
「ああ」
聖も感じている。
戦争の風が吹き始めた。
「多分、南米が主な戦場になる」
「そうか。何か掴んだか?」
「こないだ羽入と紅がブラジリアに出張っただろう。お前に助けてもらった」
「ああ、相当な施設だったな」
「あれだけの規模で、しかも厄介な新種まで開発してやがる。それは「業」がブラジルに深く喰い込んでいるからだろうよ」
「そうだな。他の国にもな」
南米の多くは政府の力が弱い。
政治的に反米の人間も多くいる。
それにアマゾンや多くの人間が入らない土地が広大にある。
資源もだ。
「業」にとっては喉から手が出る程に欲しい場所だろう。
「あの柱の化け物はヤバかった。俺も初見でぶつかったら危なかったかもしれねぇ」
「何しろ紅が羽入を護ることに夢中だからな。だから何とか凌いだ」
「あの二人はいいな」
「そうだろ! 最高の連中だぜ」
羽入たちには危険な任務をさせてしまっている。
俺たちが予想できなかった危地に何度も立たせてしまった。
それでもあの二人の愛がそれを突破させてきた。
「本当に愛し合っているんだ。だから強い」
「そうだな。お互いに命を擲って相手を救おうとしている」
「ああ、美しい連中だ」
俺は虎白さんたちの話をした。
「あの人らは親父のことが大好きでさ。だからな、俺は心のどこかで死なせたくないと思ってたんだ」
「ああ」
「でもな、こないだ虎白さんに言われた。俺の戦場でみんな死にたいんだと。本気だったよ。俺はぶん殴られた以上に驚いた」
「そうか」
「石神家っていうのはさ、戦って死にたいっていう狂信者なんだよ。それは知ってたけどな。でも俺なんかのためにと思っていたようだ」
「いい人たちなんだな」
聖に言われて嬉しかった。
「最高だぜ! あんなに純粋な人たちはいねぇ。昔の侍だってよ、あんなに純粋に死ぬことを求めていた奴はいないと思うよ。だから石神家っていうのは、どこの大名にも恐れられていた。徳川からもな」
「そうか」
「聖、あの人たちを使ってくれ」
「俺が?」
「まあ、他の軍隊組織じゃ無理なんだよ。誰にも止められねぇ」
「トラが使えばいいじゃないか」
「俺なんか全然言うこと聴いてくれねぇよ!」
「お前が当主なんだろ?」
「名前だけだって散々言われてるよ!」
聖が大笑いした。
「じゃあ、俺なんかも無理だろう」
「いや、お前は目標を与えるだけでいい。絶対に撃破するから、そのつもりで突っ込ませればいいから」
「なんだ、そりゃ」
「強さは保証する。でも言うこと聞かねぇってだけだからな。作戦にはそういうつもりで組み込んでくれ」
「殲滅戦ってことか?」
「そういうこった。皆殺しとぶっ殺しとぶっ壊しだ。誰かと連携しろとか拠点を防衛しろとか無理だからな!」
「ミサイルみたいな連中だな」
「その通り!」
撃ったら爆発させるしかない人たちだ。
「ただな、自分たちを上回る強敵には「見切り戦」というのをやる」
「それは何だ?」
「一人が残って出来るだけ敵の攻撃を出させる。数人が離れてそれを見て、その情報を持って帰るんだ」
「おい、すげぇな」
「石神家はそうやって技を練り上げて来た。だから最強なんだよ。必ず撃破する方法を見出す」
俺は前に「花岡」を使おうとして、それが既に返し技があったことを話した。
「「花岡」まで知ってるのか!」
「そうだよ。前に磯良が使う「無限斬」を虎白さんが使ってた。一子相伝の技のはずだぞ?」
「とんでもねぇな」
「だろ?」
遅くまで聖と話しながら飲んだ。
3時を回り、そろそろ寝るかと言った。
「トラ、明日頼みたいことがあるんだ」
「なんだよ?」
「帰る前に、お袋の墓参りがしたい」
「!」
「ずっと行ってなかったからな。トラ、お前がいつも俺の代わりに行ってくれてたんだってな」
「おい……」
「知らなかったよ。ありがとうな」
「いや、お前、どうして……」
聖にも話していなかった。
こいつが気にして俺に礼なんか言うのが嫌だったからだ。
俺が勝手にやっているだけで、聖が気に病む必要はない。
「トラ、お前には本当にいつも感謝しかない。ありがとう」
「よせよ、俺が勝手にやってただけだ。お前はアメリカにいるんだからしょうがないだろう」
「うん。こないだ小島将軍から教えてもらった」
「なに! お前、小島将軍に会ったのかよ!」
「突然会いに来てな。ニューヨークのアパートメントだ。驚いたぜ」
「……」
まさかと思った。
だが、日本で俺が聖のお母さんの墓参りをしていることは、ほとんど知らない。
「俺ってこんなだろ? だからお袋に会わせる顔もなくてさ。行っても誰もいないしな」
「聖……」
「だから、日本にいた時にも全然行かなかった。もう死んじまった人だから、俺には関係ねぇってさ。でも違ったよ。トラ、お前がずっと大事にしててくれた。俺が見捨ててたのによ! トラ! お前は俺の最高の友達だ!」
聖が泣いていた。
「小島将軍は、アンジーと聖雅に会ったか?」
「ああ、一緒にいたからな。聖雅を抱かせて欲しいと言うんで、そうしたよ」
「そうか」
「おっかない人だって知ってるけどな。意外と優しい顔をしてたぜ」
「そうか」
親子の名乗りはしなかったのだろう。
まあ、今更だ。
「「虎」の軍と一緒にやって欲しいと言われた。もちろんだ。俺はそのために生きていると言ってやった」
「そうか」
「トラのことを相当気に入っているみたいだったぜ。だから俺なんかのとこにも来たんだな」
「そうかもな。ああ、前に小島将軍がお前のことを褒めていたよ」
「そうなのか? まあ、帰り際にな、お袋の墓にお前がよく行ってることを教えてもらった。日本に行ったら自分でも行くといいってさ」
「そうだったか」
「ああ、土産ももらった。なんか白い陶器の像でな。仏像だと思うんだけど、俺、よくそういうの知らないから」
聖がスマホで撮ったものを見せてもらった。
「!」
「トラ、お前分かる?」
「あ、ああ。俺にも分からない。観音像だと思うんだけどな」
「そっか。まあいいや。凄く綺麗だよな!」
「そうだな、綺麗だ」
聖の母親の顔だと思う。
一度だけ、聖のお母さんの初さんの法要に呼ばれ、写真を見せて頂いた。
その顔に似ている。
「何だか分からないけどな。大切にするよ」
「それがいいだろう」
俺が何かを話すべきことではない。
でも、聖も気に入ったようで良かった。
俺たちは解散して寝た。