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2023/3030

道間家の休日 Ⅷ

 話し合いが終わり、天狼の顔を見に行った。

 9時になっており、もうすぐ眠る時間だ。

 俺の顔を見て天狼が喜んだ。


 「おう、顔を見に来たぞ」


 俺が言うと布団の上で天狼が俺に抱き着いて来る。

 俺は抱き上げて軽く回った。


 「お前のことは毎日思っているぞ。俺の大事な子だ」

 「はい!」

 

 俺は天狼を布団に寝かせ、小椋佳の『揺れるまなざし』を歌った。

 麗星が隣に座って一緒に聴いていた。


 ♪ 昨日までの寂しさ嘘のように 君の姿に色褪せて ♪


 「お前が生まれて来てくれて、俺はこれまでの人生が全部変わった。士王や吹雪もそうだけどな。それに亜紀ちゃんたちがうちに来てくれたことが始まりだ」


 天狼が俺を見詰めている。


 「俺の人生には確かな意味があった。お前たちがそれを感じさせてくれた。ありがとう」

 「はい!」


 天狼の額を撫でて眠らせた。

 麗星が俺に腕を絡めて、嬉しそうに笑っていた。






 庭に案内され、ハスの池の畔に板が敷かれてテーブルと椅子が置いてあった。


 「蓑原から、石神様がこのハスを気に入られたと聞きましたので」

 「それでわざわざ用意してくれたのか」

 「はい」


 俺と麗星、五平所と三人で飲む。

 今日は俺のためにワイルドターキーが用意してあった。

 

 「おい、洋食かよ!」

 「はい! うちの料理人は洋食も中華も一流です!」

 「ほんとにこっちに来ようかなー」

 「是非!」


 ポテトの香草焼き(ジャガイモは俺の好物)。

 タコとキャビアの和え物。

 ラムチョップ。

 厚揚げのオリーブオイル炒め。

 オイルサーディン。

 カプレーゼ(俺の好物)。

 それにサラミやソーセージ。


 ハスの香りがまた漂って来た。


 「ハスの花は美しいよな」

 「はい」

 「泥の中からこのような美しい花を咲かせる。だからこそますます美しい」

 「はい」

 

 しばらく美しい花を眺めた。


 「あなたはお庭にお好きな花を植えていらっしゃいますね」

 「ああ、大分頑張ったよ」

 

 花など育てたことのない俺だったので、最初は大分苦労した。

 庭師に世話してもらいながら、自分でも一生懸命にやった。

 竜胆や月下美人など、その思い出と共に特に苦労した話を二人に話した。


 「お宅で庭を拝見した時に、竜胆の花から特に強いものを受けました」

 「そうか」

 「特別はお花だったのですね」

 「俺の中ではな。俺に命とは何なのかを教えてくれた思い出だからな」


 口には出さなかったが、怒貪虎さんのことを思い出した。

 この世ではあの姿なのだろうが、本当は俺が子どもの頃に見たあの侍なのだろう。


 「他のものも、みんなあなた様が大好きのようでしたよ?」

 「そうか。それは嬉しいな」

 

 俺は最近は食い物ばかり増えたと言った。


 「双子がなぁ。スイカから始まってカボチャとかジャガイモとかなぁ。まあ、みんな俺の好物をあいつらがやってるもんで、文句も言い難くてな」


 二人が笑った。


 「しかも抜群に美味いんだよ! まいるぜぇ」

 「みんなあなた様が大好きですからね」

 

 隅にギターが置いてあった。


 「おい、あれって俺に弾けってことかよ」

 「はい!」


 麗星と五平所が一緒に嬉しそうに笑った。


 「じゃあ、篠笛を持って来いよ。一緒にやろう」

 「は、はい! しばらくお待ちを!」


 嬉しそうに笑い、麗星が母屋に走って行った。


 「歩け! 転ぶぞ!」


 振り向いて頭を少し下げ、ゆっくり歩いて行った。

 待っている間、俺は五平所に少し聞かせていた。


 「あぁ! 五平所! お前はわたくしのいない間に!」

 「お屋形様!」


 俺は笑って、麗星に篠笛を吹かせた。

 その音律に合わせて俺も弾き始める。


 麗星の音が以前と変わっていた。

 自由で明るい音が、しっとりと温かいものになっていた。

 麗星が変わったのだ。

 甲音から大甲音への移行が、心地よい裏返りを見せながら展開していく。

 以前はそれが自由奔放に繰り広げられて良かったのだが、今は優しく思い遣りのある音の追い方だった。

 二人で自由に鳴らしながら演奏し終えた。


 「おい、五平所! お前泣いてんのかよ!」

 「い、いえ、すみません!」

 「なんだよー」


 麗星と二人で笑った。

 俺がベートーヴェンの『月光』を奏でた。

 二人が黙って聴いていた。


 「おい、何で今度は泣いてねぇんだ!」

 「す、すみません!」


 俺はギターを置いてまた飲んだ。


 「来週は絶対に来てくれよな」

 「はい! もちろんです」

 「五平所もな!」

 「はい、あの、私なども宜しいのでしょうか?」

 「当然だ! お前はもう家族みたいなもんだからな」

 「ありがとうございます!」

 「泣け!」

 「はぁ」


 泣かなかった。

 来週の土曜日の晩に、俺のサントリーホールでのコンサートがある。

 橘弥生に無理矢理セッティングされたものだ。

 うちの子どもたち、六花、鷹、栞も桜花たちを連れて来る。

 蓮花とミユキたち、紅六花の中からも大勢来るし、竹流も来る。

 千両と桜、柿崎一家、大阪から風花と野薔薇、絶怒の連中も来るらしい。

 塩野社長や杉本たち。

 御堂はもちろんで、大渕教授。

 「カタ研」の連中。

 院長夫妻に病院の俺の部下たちやその他のスタッフ。

 病院ではナースたちの間でシフトの争奪戦が起きた。

 ヤマトテレビの『虎は孤高に』の出演者たちやスタッフに緑子。

 アメリカからロックハート家とブロード・ハーヴェイの関係者たち。

 亜紀ちゃんがエミーたちも誘ったようだ。

 聖とアンジーが来るのは嬉しい。

 南とミユキも来てくれる。

 その他にも俺と関りのある人間たち。

 そういうことで、俺の関係者でほとんど埋まった。

 他は橘弥生が呼ぶ音楽関係の人間たちだ。

 自由党の政治家や企業の偉い人間たちも来たがったようだが、俺が一江に命じて俺の関係者で予約を瞬時に取らせた。

 あんまり知らない人間たちよりも、俺の知り合いで埋めたかった。

 その反面、花輪や生花などは多くなるだろう。

 俺へのアピールが予想される。

 きっと大混乱になる。

 俺は知らねぇー。


 





 俺は京都の静かな夜を味わった。

 騒々しい俺の人生だが、こういう時間がまだ味わえる。

 麗星と五平所に感謝した。 

 

 「よし! 今晩は五平所がまた泣くまで弾くぞ!」

 「はい!」

 「いえ、あの!」


 俺は笑ってギターを弾いた。

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