道間家の休日 Ⅶ
夕飯は京懐石だった。
鮎の焼き物と唐揚げ(俺の好物。唐揚げも美味かった)。
丸ナスの甘煮(あまりに美味くてお替りした)。
牛フィレのロースト。
各種御造り。
うざくと胡麻豆腐。
鯛と新生姜の御飯(絶品だった)。
各種器。
それに俺がリクエストして葛のシャーベットのバニラアイス添え。
「本当にこの家にはいい料理人がいるよな」
「オホホホホ、ありがとうございます」
「石神様、是非こちらへ御移り下さい」
「ああ、考えちゃうなー」
本当に美味い食事だった。
夕飯の後で、風呂に入った。
麗星と一緒だ。
「あなた様、また変わられましたね」
麗星が俺の身体を洗いながら言った。
「ああ、こないだ散々虎白さんたちからやられたしな」
「いいえ、お身体の疵ではなく」
「なんだ?」
麗星が背中から俺に抱き着いて来た。
そして泣きそうな声で俺に言った。
「御身を覆う炎でございます」
「ああ」
麗星や他の道間の人間には見える者もいる。
「紅い色は濃く、そしてその先が青みを帯びて参りました」
「そうらしいな。前に院長にも言われたよ」
「はい。紅の色は、この世で戦う者の力を示します。ですので、あなた様ほどではなくとも、赤い柱を帯びる者はおります」
「石神家の剣士は戦いになるとそうなるらしいぞ。ルーとハーが言ってた」
「さようでございますか。それでは、さぞお強い方々なのでしょうね」
「間違いなく世界最強だろうな」
「なるほど」
俺は石鹸を付けたまま、麗星を前に回し、タオルを受け取って俺が洗ってやった。
「青の色は、神の世界でございます」
「神……」
「はい。人の身では到底行き着くことは。でもあなた様は……」
「俺は人間だ!」
「オホホホホ」
「笑うんじゃねぇ!」
ゆっくりと洗い終え、二人で湯船に入った。
大分温くしてあり、気持ちがいい。
「あなた様はどんどん変わってしまわれる」
「そんなことはねぇよ」
「いいえ、あなた様は死を乗り越える度に、お強くなられます。そして人から離れてしまう。わたくしの所から離れてしまわれる」
「おい、俺はお前と一緒にいるぞ」
「はい。どこにも行かないで下さいませ」
「当たり前だ」
「お願い致します」
「おう! 任せろ!」
俺がそう言うと、麗星が嬉しそうに俺に抱き着いて来た。
長いキスをする。
そうしながら俺は考えていた。
俺自身も、俺の変化は感じている。
格段に自分が強くなっていることの自覚ももちろんある。
どうしてそうなっているのかは分からない。
以前の俺であれば、シベリアで戦ったような神に勝つことは出来なかっただろう。
最大戦力の亜紀ちゃんでも通用しなかった相手だ。
しかし、俺は難なく勝利した。
そしてまた死に掛け、さらに一段と強くなった。
自分は神を殺せる、その確信が俺の中に焼き付いた。
もしかしたら、俺が子どもに戻ったちびトラちゃんのことも、また過去にさかのぼって六花の危機を救ったことも、何か関係があるのかもしれない。
要するに、死や非日常の出来事が俺に訪れることで、俺は変わって行ったのかもしれない。
麗星の不安も何となくわかる。
人の身としてこの世に存在し続けることだ。
俺は大きく逸脱してしまっている。
だが、一方で俺自身は何も変わっていない。
どうしようもなくダメで、いい加減で、何も分かっていない。
だから人を悲しませてばかりで、何も大したことはしてやれない。
全然ダメだ。
妖魔化した片桐の犠牲になった土谷美津。
あの女の最後の泣き顔が忘れられない。
自分の小さな恋を実らせたかっただけの、何の罪もない女。
それを俺は殺すことしか出来なかった。
「俺はずっとお前と一緒だ」
「はい……」
麗星も泣いていた。
風呂から上がり、また少し麗星と五平所と一緒に話し合った。
「先日、正式に神戸山王会が俺の傘下に入ることになった」
「はい」
関東の千万組、稲城会に続いて、日本最大の暴力団組織が俺の下に付いた。
今後の日本の情勢を鑑みて、俺の下に入らなければ存続が難しいと判断したのだろう。
関東のもう一つの広域暴力団「吉住連合」も既に傘下に入っている。
「小島将軍の力も大きい。裏社会が再編成されることになる」
「はい。あなた様は一層大きなお力を得たのですね」
「そういうことだが、裏社会の人間たちの多くは、「虎」の軍に編入されることになる」
「御存分に」
日本でも兵役が始まる。
だがそれにはまだ時間が掛かりそうだ。
国民の意識改革が進まなければ実現できない。
戦後の戦争忌避の思想は長い年月を経て強固なものになってしまっている。
だからその前に、「虎」の軍への希望者の募集という形で、超国家的規格で兵役を実現するつもりだった。
御堂と連携してのことだが、日本が軍隊を持つのではなく、日本に「虎」の軍が駐留する。
その構成員の大半は日本人ということだ。
現在アメリカがやっていることの移行なので、意識的にはスムーズに容認されるだろう。
「そこでだ。兵士の対妖魔の訓練の一部を、道間家にも協力して欲しいんだ」
「もちろんでございます。出来るだけのことをさせていただきます」
「今朝、蓑原という衛士と話した。ああいう人間がいいな」
「はい、蓑原であれば教導も適任でしょう。早速本人にも話しておきます」
「そうか! あれは本当にいい男だった。一目で気に入ったよ」
「さようでございますか」
麗星も五平所も嬉しそうだ。
身内のことを褒められたからだろう。
「蓑原は石神様のことを尊敬しておるのですよ」
「俺を?」
これまで接点は無かった。
ただ先ほど話した時に、天狼が生まれたことをとても喜んではいた。
「蓑原宗次。父親と兄の宋明は、あの宇羅の裏切りの際に殺されております」
「ああ、本人から聞いたよ。蓑原自身は虎白さんたちと堕乱我狩に行っていたそうだな」
「はい。道間家の血が少し入っているということで」
「少しでも入っている者は全員殺されたのか?」
「いいえ、でも蓑原の家に入ったのは道間典膳のものでしたので」
「道間典膳?」
五平所が話してくれた。
「二十代前の当主です。道間家でも指折りの実力のある当主でした。ですので、その血を多く残すことも役割でありました」
「なるほど」
正妻の他にも血筋を残したのだろう。
道間家のような特殊な名家であれば、よく分かる。
「典膳はあの「大堕陀王」を身に宿した者です」
「!」
初めてここに来た時に、地下闘技場で俺が殺した大妖魔だ。
「多くの期待を集めてのことでした。典膳であれば、必ずや成功するだろうと。しかし結果は石神様の御存知の通りで」
「そうだったのか……」
制御が出来ず、巨大な存在と化して日本を破滅させる寸前になっていた。
「そういう血でしたので、宇羅も無視するわけには行かなかったのでしょう」
「でも、蓑原は助かった」
「はい。石神家の方々に護られておりましたので。「業」たちも流石にあの時点で石神家と揉めることは出来なかったと」
「なるほどな。まだ「業」もそれほどの力は無かったんだな」
「そう考えます」
麗星が言った。
「蓑原を吉野の石神家の方々へ参らせたのは、ハイファの指示だったようです」
「なんだと!」
「ハイファには何かが見えていたのだと思います。蓑原の命を残すことで、道間家に役立つことがあったのかと」
「ハイファがか……」
ハイファは恐らく、宇羅の裏切りと「業」の襲撃を予見していたのだろう。
道間家に最大の危機をもたらした事件だったが、同時に道間家を大きく変える切っ掛けとなった。
俺と麗星の縁だ。
人間的に考えれば非道の行ないだが、ハイファは人間の概念で生きてはいない。
そうすると、蓑原の存在も何かあるのかもしれない。
一通りの話し合いが終わった。
「じゃあ、天狼も一杯嫁さんを貰うんだな!」
「もちろんでございます!」
「何しろ石神様が御父上ですので」
「おい!」
頑張れ、天狼。