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2016/3030

道間家の休日 Ⅲ

 翌朝。

 俺は一人で朝食を摂った。

 麗星と五平所は、俺が持ってきたデータを朝早くから検討しているようだ。

 午前中俺は庭を散策し、少し鍛錬をさせてもらった。

 麗星から庭で自由にしててくれと許可は得ている。

 神剣を持ってくるのは気が退けたので、虎徹で演武をする。

 庭の手入れをしていたか、道間家の人間が俺を見ていた。


 「すいません。勝手にやらせてもらってます」


 俺は一通りの演武を終えて挨拶した。

 

 「素晴らしい舞でした。思わず見とれてしまい、申し訳ありません」

 「とんでもない。拙い手でお目汚しを」


 麗星と五平所にはもっと砕けた口調だが、他の道間家の人間には丁寧に接していた。

 ここには古代より続く規律と重みがある。


 「宜しければ、茶でもお持ちしましょうか」

 「本当ですか! どうも妻には嫌われているようで、何もしてもらえなくて」

 「アハハハハハ!」


 30代前半の若い男性だった。

 白の作務衣のようなものを着ている。

 髪を短く刈り、濃い眉の精悍な顔だった。

 俺は東屋で待つように言われ、虎徹を脇に置いて待った。

 すぐに、先ほどの若い男性が盆に冷えた緑茶を持ってきてくれた。


 「ありがとうございます」

 

 礼を言うと、盆をテーブルに置いて一緒に座った。


 「石神様とはあまりお話ししたことがなくて、少し宜しいですか?」

 「もちろんです」


 男性は蓑原と名乗り、代々道間家に仕えているそうだ。

 

 「前に、庭をお屋形様と歩いているのを拝見しました」

 「そうですか」

 「石神様が美しく、驚いたものです」

 「俺が? そんなことは」

 「いいえ。ああ、石神様の外見ももちろんなのですが、その火柱の美しさが何とも」

 「ああ、あなたには見えるのですね」

 「はい。うちの家系などは大したものではないのですが、私はたまたま少しばかり見えるようです」


 蓑原は俺に興味を持っているようで、俺自身に関して聞いてきた。


 「「虎」の軍を統べられている方とは存じています。それにあの石神家の方であることも」

 「ああ、何なのか今でも分からないのですが、俺が勝手に当主に祭り上げられてしまって。でもね、他の剣士からは下っ端扱いだし、引っぱたかれるどころか、真剣でブスブス刺されて死にそうになるんですからね!」

 「えぇ!」


 俺は昨年の当主就任の一連の鍛錬や、先日の牛鬼狩の顛末などを話し、蓑原は爆笑した。

 明るい青年だった。


 「とにかく、あの人らには逆らえないんですが、それ以上に大事な人間たちなんですよ」

 「そうですか。何やら素敵ですね」

 「道間家も同じですよ」

 「はい?」

 「麗星や天狼ばかりじゃない。五平所も他のあなた方も、俺にとっては大事な人間たちです」

 「本当ですか!」

 「麗星がどれほどの人間の愛に支えられているのかが、来るたびに分かります。ありがたいことです」

 「とんでもございません!」


 俺が時間を持て余しているので相手をしてくれたのだと思ったが、本当に俺と話したかったようだ。


 「石神様は、この道間家を御救い下さいました」

 「俺のやったことなんて。皆さんがやってらっしゃるんですよ」

 「いいえ、道間家が滅びるかという時に、道間家の念願の「道間皇王」が石神様のお陰で御生誕なさいました」

 「ああ、あれはちょっとエッチなことをしただけで」

 「なんと!」


 蓑原がまた爆笑した。


 「私にも少し、道間の血が流れておるのです」

 「そうですか」

 「そうは言っても先祖に何人か血が入ったというだけで」

 「それでも「業」に殺されなくて良かった」

 「はい。父と兄は殺されましたが」


 「業」と宇羅の道間家の血筋を狙った殺戮は徹底していたようだ。


 「あなたは?」

 「たまたま吉野で修業をしておりました。私の所にも妖魔が来たのですが、いらっしゃった石神家の方々に助けられました」

 「ああ! じゃあ堕乱我狩ですか!」

 「はい、御存知でしたか。あの時期でした」

 

 蓑原に縁を感じた。


 「それでは吉野の修行というのは、石神家と一緒に堕乱我を狩っていたのですか?」

 「はい。未熟ながら、日本最高の妖魔殺しの方々に同行させていただきました」

 「あの人ら、そんなこともやってたんだぁ」

 「愉快な方々ですよね?」

 「そんないいもんじゃないですよ!」

 「アハハハハハ!」


 蓑原は、自分が道間家の衛士なのだと言った。


 「大した働きは出来ませんが、精一杯にやらせていただいております」

 「そうですか。今後ともよろしくお願いいたします」


 それで俺の演舞を興味深く見ていたのか。


 「普段は庭の手入れなどをしているのです」

 「そうですか。ああ、夕べハスの花の美しい香りがしました」

 「はい! 宜しければご覧になりますか?」

 「是非」


 俺は蓑原に、庭の池に案内してもらった。

 池の一角に、ハスの美しい花が沢山咲いていた。


 「夕べも見たいと思ったのですが、余りにも良い香りで花まで観るのがもったいなくて」

 「さようでございますか。石神様は本当に奥ゆかしい」

 「とんでもない。ただの臆病ですよ。良い物を全部手にしてしまうのが怖いだけで」

 「なるほど」


 二人でしばらくハスの花を眺めた。


 「兄もここのハスの花が大好きでした」

 「そうでしたか」


 俺は手を合わせ、般若心経を唱えた。

 蓑原が俺をずっと見ていて、俺が唱え終わると黙って頭を下げた。


 「石神様とご縁が出来て、本当に良かった」

 「こちらこそ」


 麗星が俺を呼びに来た。

 昼食の時間のようだ。


 「蓑原さんが案内してくれていたんだ」

 「そうですか。あなた様をお一人にして申し訳ありませんでした」

 「いや、蓑原さんと一緒で楽しかったよ」


 蓑原は頭を下げて去って行った。





 昼食は鰻だった。

 俺の好物なので用意してくれたのだろう。

 今度はテーブルで食べる。

 天狼が俺の向かいで、麗星と一緒に食べた。

 一口食べる度に、俺を見て微笑んだ。


 「あなた様が御一緒で、天狼も嬉しいようです」

 「俺もだよ」


 天狼が嬉しそうに笑った。

 

 「なんだ、五平所は食べないのか」


 五平所は焼き魚の膳だった。


 「年を取ると脂っこいものがあまり」

 「お前、まだまだ天狼の孫を見る役目があるんだぞ?」

 「いえ、そんなには」


 麗星が笑った。


 「なんだよ! 見たくないのかよ!」

 「いえ、それはもう見てみたいですが」

 「じゃあ頑張れ」


 後で「Ω」と「オロチ」を飲ませよう。


 「ああ、さっきの蓑原さんは良かったなぁ。本当にいい人だった」

 「さようでございますか」

 「一緒にいて、実に気持ちがいい。道間家の人たちはみんなそうだけどな」

 「ありがとうございます」

 

 麗星が話し出した。


 「あなた様と出会わなければ、蓑原と一緒になっていたやもしれません」

 「そうなのか!」

 「他に道間の血を支えられるものは少なく」

 「そうかぁ」


 麗星が微笑んだ。

 

 「蓑原の家は道間家の衛士を担っておりました」

 「ああ、蓑原さんもそうらしいな」

 「はい。でも、あの蓑原には幼い頃から親しくしていた女性がおりました」

 「ほう!」

 「今は一緒に暮らしております」

 「ヤバかったな!」

 「はい!」


 みんなで笑った。

 道間の家は深い。

 個人の感情など入り込むことは出来ない。


 「わたくしも、あと二人は産まねばなりません」

 「そうなの?」

 「次も男児、その次は女の子でお願いします」

 「なんだ、そりゃ」


 俺は笑ったが分かった。

 麗星には二人の兄がいた。

 それを取り戻したいのだろう。


 「じゃあ頑張んないとな!」

 「はい!」


 麗星が明るく笑った。

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