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2012/3031

翼ある者 Ⅲ

 一度早乙女さんから連絡が入り、道警のデータからここ数年で30人もの行方不明者がいることが分かった。


 「石神が、集落の襲撃者に襲われた可能性を言っていた」

 「なるほど!」

 

 俺たちの任務の重要性が増した。


 水場が近くに無いため、紅が背負って来た水だけが頼りだ。

 20リットルがあるが、長引くようであれば水場を探さなければならない。

 身体を拭くこともせずに、少し濡らしたタオルで顔を拭っただけだ。

 山の中腹なので、暑さはそれほどでもないのが助かった。

 

 「紅、俺は水場を探して来る」

 「そうか。あまり遠くまで行くなよ?」

 「ああ、分かっている」


 俺の位置は常に紅が把握している。

 特殊な周波数の発信機を付けているからだ。

 通信機もある。

 危急の場合には連絡出来る。


 GPSの情報で、近くに川が無いのはわかっていた。

 俺は湧水を探した。

 山を横に歩いて行き、岩場が剥き出しになっている場所を探した。

 水が湧き出ていれば、周辺の土が洗い流されるためだ。

 2キロほど進んだ場所に、やっと見つけた。

 川になるほどではないが、水量は申し分ない。

 持って来た水質検査キットで調べる。

 飲料水として使えるかがすぐに分かるものだ。

 

 「お! 大丈夫そうだな!」


 結果は良かった。

 俺は持って来た水筒に清水を汲み、また直接口を付けて飲んだ。

 冷えて美味い水だった。

 GPSの情報を紅に送る。

 

 「紅、見つけたぞ!」

 「そうか、じゃあ戻って来い」


 俺はベールキャンプに戻った。

 紅が俺の洗濯物を持って待っていた。


 「おい!」

 「すぐに戻る。お前はここにいてくれ」

 「帰ってからでいいよ!」

 「何を言う。どれだけここにいるのか分からんのだぞ」

 「うーん」


 紅が笑って俺にコーヒーを寄越し、走って行った。

 まあ、自然の中でのんびりするのもいい。

 紅が傍にいれば最高だ。



 




 夕飯の準備をしていると、紅が俺に振り向いた。


 「羽入! 来たぞ!」

 「おし!」


 火を消してピルちゃんの集落へ急いだ。

 俺たちは足が速い。

 1分で到着した。

 黒い大きなものがピルちゃんたちと争っている。


 「おい」

 「ああ」


 すぐに黒い者の正体が分かった。


 「あれ、熊じゃねぇのか?」

 「そうだな」

 「妖魔の可能性は?」

 「いや、熊だ」


 ピルちゃんの一人が俺たちを見つけて飛んで来た。


 「ピルピル!」

 

 「なんだって?」

 「恐ろしい襲撃者だそうだ」

 「……」


 取り敢えず、熊に接近した。

 体高2メートル半のヒグマだった。

 俺たちには見向きもせずに、ピルちゃんたちを威嚇している。


 「ピルピル!」

 「早く斃して欲しいと言っている」

 「あいつを?」

 「どうする、羽入」

 「野生のヒグマはダメだろう」

 「でも、ピルちゃんが困っているぞ」

 「でもよー」


 俺たちが話していると、突然上空から光が降って来た。


 「「!」」

 

 ピルちゃんの一人が口から何かを吐いた。

 それがヒグマの横の地面を抉る。


 「がぉー!」


 ヒグマが怒って吼えている。


 「おい、なんだありゃ!」

 「分からん! 何かのエネルギーだ!」

 「あんなの吐けんのかよ!」

 「そうらしい!」


 またピルちゃんの一人が吐いた。

 今度は木の根元にぶつかった。

 その箇所が爆散し、木が倒れた。


 「おい、あれって!」

 「羽入、離れるぞ!」


 どうやら、ピルちゃんの攻撃は狙いが定まらないようだ。

 だからヒグマには全然命中しない。

 ヒグマも空中のピルちゃんたちには攻撃出来ない。

 しばらく両者で争っていたが、やがてヒグマが立ち去った。


 「「……」」


 俺たちが集落の中央に戻ると、ピルちゃんたちが一斉に降りて来た。

 

 「ピルピル!」

 「ピルピル!」

 「ピルピル!」


 紅に翻訳されなくても分かる。

 表情から、俺たちを非難している。

 紅も何か言っているが、どうにも聞き入れられないようだ。

 俺はその間、早乙女さんに状況を連絡した。


 「襲撃者って、ヒグマだったんですよ!」

 「なに?」

 「野生のヒグマです。どうやら集落の場所がそのヒグマの縄張りのようで。だから争っていたんでしょう」

 「そうか。じゃあ、行方不明者は関連はないのかな」

 「そうでしょうね。まあ、ヒグマに襲われた可能性はありますが」

 「でも、報告された場所は随分と離れているんだがな」

 「じゃあ、本当に別件でしょうね」

 「分かった。じゃあ撤収してくれ。悪かったな」

 「はい、了解です!」


 俺は通信を切ろうと思った。

 でも早乙女さんがまだ話しているのでそのままにした。


 「ああ、羽入。念のためだが、そいつらは人間は襲わないんだよな?」

 「ええ、なんかごつい脚と遠距離攻撃は持っていますけどね」

 「じゃあいいんだ」

 「なんか、この辺で遊んでいるだけだってことです」

 「ほう、どういう遊びなんだ?」

 「さぁ……おい!」


 俺は通信の途中で走り出した。

 紅が襲われていた。


 「羽入! どうした!」

 「ピルちゃんに襲われてます!」

 「ピルちゃん?」


 紅が大きな脚の鉤爪で襲われていた。

 すぐに「槍雷」で応戦する。

 俺も「カサンドラ」で斬り裂いた。

 身体をバラバラにされたピルちゃんたちが地面に落ちて来る。


 「紅!」

 「大丈夫だ!」

 「こいつら凶暴だぞ!」


 俺が言うと紅が辛そうな顔をした。


 「ピルちゃーん!」

 「いいからどんどん殺せ!」

 「ピルちゃーん!」


 紅は叫びながらも「槍雷」を撃ち込む。

 俺は逃げようとするピルちゃんたちを全て「ロングソード・モード」で斬り裂いた。

 周囲に死骸が散乱する。

 紅の傍に行った。


 「急に襲い掛かって来た」

 「そうか」

 「どうして熊を殺さないのかと言われていたんだがな。野生動物は殺せないと言うと、突然「お前たちは役立たずだ」と言われた」

 「そうか」

 「だから喰ってやると」

 「……」


 早乙女さんが怒鳴っていた。

 通信をオンにしたままだった。

 俺は再び通信機を握った。


 「今、全部殲滅しました」

 「何があったんだ!」

 「友好的だったんですが、熊を逃したことを怒り出して。急に紅が襲われました。俺たちを喰うつもりだったようです」

 「なんだと!」


 早乙女さんも驚いていた。

 紅も話す。

 早乙女さんも状況を呑み込んだ。


 「死骸は持って帰れそうか?」

 「ダメですね。受肉した妖魔ではないんで、もう崩れてます」

 「そうか」

 

 妖魔は死ぬと分子分解し、死骸が残らない。


 「分かった、じゃあ、撤収してくれ」

 「あの、一つ調べたいものが」

 「なんだ?」


 俺は何も無い集落に、一つだけ塚のようなものがあると話した。

 一旦通信を切って、紅とそこへ向かった。

 蟻塚のような形で、もっと大きい。

 直径は5メートルで高さは4メートルほど。

 土を固めているので、一見は岩にも見える。

 紅が一部を崩した。


 「これは……」


 人間の白骨が出て来た。

 二人で全部崩すと、数十人分の骨が出て来た。


 「あいつらの「遊び」というのはこれだったか」

 「ああ、人間を襲っていたんだな」

 

 早乙女さんに連絡し、白骨を発見したと話した。

 早乙女さんから道警に連絡すると言われ、俺たちは帰ることにした。

 ベースキャンプに戻る。

 途中だった食事を作って食べ、テントを畳んだ。


 「気の良い連中かと思ったんだが」

 「気にするな紅。俺もそう思ったよ」

 「石神様の言う通りだったな」

 「ああ、そうだな。油断するなと言われたな」

 

 




 確かに美しい妖魔だった。

 美しい顔、美しい翼の残酷な妖魔。

 妖魔に人間の善悪は無い。

 だから殺し合うしかなかった。


 「綺麗な妖魔だったな」

 「そうだな」


 紅がそう言った。

 俺も同意した。


 「胸も綺麗だったな」

 「お前ほどじゃないさ」

 「そうか」


 紅が向こうを向いた。

 微笑んでいるのが分かる。


 「ピルちゃんってなぁ」

 「おい! それはもうよせ!」

 「お前にそんな感覚があるとはな」

 「だからよせって!」


 俺たちは美しい翼の者を殺した。

 ただ、それだけのことだ。

 俺たちは大事なことがある。

 そういうことだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] まぁ…こういうのも居ますよね、という…。 しょうがない…。
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