翼ある者 Ⅲ
一度早乙女さんから連絡が入り、道警のデータからここ数年で30人もの行方不明者がいることが分かった。
「石神が、集落の襲撃者に襲われた可能性を言っていた」
「なるほど!」
俺たちの任務の重要性が増した。
水場が近くに無いため、紅が背負って来た水だけが頼りだ。
20リットルがあるが、長引くようであれば水場を探さなければならない。
身体を拭くこともせずに、少し濡らしたタオルで顔を拭っただけだ。
山の中腹なので、暑さはそれほどでもないのが助かった。
「紅、俺は水場を探して来る」
「そうか。あまり遠くまで行くなよ?」
「ああ、分かっている」
俺の位置は常に紅が把握している。
特殊な周波数の発信機を付けているからだ。
通信機もある。
危急の場合には連絡出来る。
GPSの情報で、近くに川が無いのはわかっていた。
俺は湧水を探した。
山を横に歩いて行き、岩場が剥き出しになっている場所を探した。
水が湧き出ていれば、周辺の土が洗い流されるためだ。
2キロほど進んだ場所に、やっと見つけた。
川になるほどではないが、水量は申し分ない。
持って来た水質検査キットで調べる。
飲料水として使えるかがすぐに分かるものだ。
「お! 大丈夫そうだな!」
結果は良かった。
俺は持って来た水筒に清水を汲み、また直接口を付けて飲んだ。
冷えて美味い水だった。
GPSの情報を紅に送る。
「紅、見つけたぞ!」
「そうか、じゃあ戻って来い」
俺はベールキャンプに戻った。
紅が俺の洗濯物を持って待っていた。
「おい!」
「すぐに戻る。お前はここにいてくれ」
「帰ってからでいいよ!」
「何を言う。どれだけここにいるのか分からんのだぞ」
「うーん」
紅が笑って俺にコーヒーを寄越し、走って行った。
まあ、自然の中でのんびりするのもいい。
紅が傍にいれば最高だ。
夕飯の準備をしていると、紅が俺に振り向いた。
「羽入! 来たぞ!」
「おし!」
火を消してピルちゃんの集落へ急いだ。
俺たちは足が速い。
1分で到着した。
黒い大きなものがピルちゃんたちと争っている。
「おい」
「ああ」
すぐに黒い者の正体が分かった。
「あれ、熊じゃねぇのか?」
「そうだな」
「妖魔の可能性は?」
「いや、熊だ」
ピルちゃんの一人が俺たちを見つけて飛んで来た。
「ピルピル!」
「なんだって?」
「恐ろしい襲撃者だそうだ」
「……」
取り敢えず、熊に接近した。
体高2メートル半のヒグマだった。
俺たちには見向きもせずに、ピルちゃんたちを威嚇している。
「ピルピル!」
「早く斃して欲しいと言っている」
「あいつを?」
「どうする、羽入」
「野生のヒグマはダメだろう」
「でも、ピルちゃんが困っているぞ」
「でもよー」
俺たちが話していると、突然上空から光が降って来た。
「「!」」
ピルちゃんの一人が口から何かを吐いた。
それがヒグマの横の地面を抉る。
「がぉー!」
ヒグマが怒って吼えている。
「おい、なんだありゃ!」
「分からん! 何かのエネルギーだ!」
「あんなの吐けんのかよ!」
「そうらしい!」
またピルちゃんの一人が吐いた。
今度は木の根元にぶつかった。
その箇所が爆散し、木が倒れた。
「おい、あれって!」
「羽入、離れるぞ!」
どうやら、ピルちゃんの攻撃は狙いが定まらないようだ。
だからヒグマには全然命中しない。
ヒグマも空中のピルちゃんたちには攻撃出来ない。
しばらく両者で争っていたが、やがてヒグマが立ち去った。
「「……」」
俺たちが集落の中央に戻ると、ピルちゃんたちが一斉に降りて来た。
「ピルピル!」
「ピルピル!」
「ピルピル!」
紅に翻訳されなくても分かる。
表情から、俺たちを非難している。
紅も何か言っているが、どうにも聞き入れられないようだ。
俺はその間、早乙女さんに状況を連絡した。
「襲撃者って、ヒグマだったんですよ!」
「なに?」
「野生のヒグマです。どうやら集落の場所がそのヒグマの縄張りのようで。だから争っていたんでしょう」
「そうか。じゃあ、行方不明者は関連はないのかな」
「そうでしょうね。まあ、ヒグマに襲われた可能性はありますが」
「でも、報告された場所は随分と離れているんだがな」
「じゃあ、本当に別件でしょうね」
「分かった。じゃあ撤収してくれ。悪かったな」
「はい、了解です!」
俺は通信を切ろうと思った。
でも早乙女さんがまだ話しているのでそのままにした。
「ああ、羽入。念のためだが、そいつらは人間は襲わないんだよな?」
「ええ、なんかごつい脚と遠距離攻撃は持っていますけどね」
「じゃあいいんだ」
「なんか、この辺で遊んでいるだけだってことです」
「ほう、どういう遊びなんだ?」
「さぁ……おい!」
俺は通信の途中で走り出した。
紅が襲われていた。
「羽入! どうした!」
「ピルちゃんに襲われてます!」
「ピルちゃん?」
紅が大きな脚の鉤爪で襲われていた。
すぐに「槍雷」で応戦する。
俺も「カサンドラ」で斬り裂いた。
身体をバラバラにされたピルちゃんたちが地面に落ちて来る。
「紅!」
「大丈夫だ!」
「こいつら凶暴だぞ!」
俺が言うと紅が辛そうな顔をした。
「ピルちゃーん!」
「いいからどんどん殺せ!」
「ピルちゃーん!」
紅は叫びながらも「槍雷」を撃ち込む。
俺は逃げようとするピルちゃんたちを全て「ロングソード・モード」で斬り裂いた。
周囲に死骸が散乱する。
紅の傍に行った。
「急に襲い掛かって来た」
「そうか」
「どうして熊を殺さないのかと言われていたんだがな。野生動物は殺せないと言うと、突然「お前たちは役立たずだ」と言われた」
「そうか」
「だから喰ってやると」
「……」
早乙女さんが怒鳴っていた。
通信をオンにしたままだった。
俺は再び通信機を握った。
「今、全部殲滅しました」
「何があったんだ!」
「友好的だったんですが、熊を逃したことを怒り出して。急に紅が襲われました。俺たちを喰うつもりだったようです」
「なんだと!」
早乙女さんも驚いていた。
紅も話す。
早乙女さんも状況を呑み込んだ。
「死骸は持って帰れそうか?」
「ダメですね。受肉した妖魔ではないんで、もう崩れてます」
「そうか」
妖魔は死ぬと分子分解し、死骸が残らない。
「分かった、じゃあ、撤収してくれ」
「あの、一つ調べたいものが」
「なんだ?」
俺は何も無い集落に、一つだけ塚のようなものがあると話した。
一旦通信を切って、紅とそこへ向かった。
蟻塚のような形で、もっと大きい。
直径は5メートルで高さは4メートルほど。
土を固めているので、一見は岩にも見える。
紅が一部を崩した。
「これは……」
人間の白骨が出て来た。
二人で全部崩すと、数十人分の骨が出て来た。
「あいつらの「遊び」というのはこれだったか」
「ああ、人間を襲っていたんだな」
早乙女さんに連絡し、白骨を発見したと話した。
早乙女さんから道警に連絡すると言われ、俺たちは帰ることにした。
ベースキャンプに戻る。
途中だった食事を作って食べ、テントを畳んだ。
「気の良い連中かと思ったんだが」
「気にするな紅。俺もそう思ったよ」
「石神様の言う通りだったな」
「ああ、そうだな。油断するなと言われたな」
確かに美しい妖魔だった。
美しい顔、美しい翼の残酷な妖魔。
妖魔に人間の善悪は無い。
だから殺し合うしかなかった。
「綺麗な妖魔だったな」
「そうだな」
紅がそう言った。
俺も同意した。
「胸も綺麗だったな」
「お前ほどじゃないさ」
「そうか」
紅が向こうを向いた。
微笑んでいるのが分かる。
「ピルちゃんってなぁ」
「おい! それはもうよせ!」
「お前にそんな感覚があるとはな」
「だからよせって!」
俺たちは美しい翼の者を殺した。
ただ、それだけのことだ。
俺たちは大事なことがある。
そういうことだ。