別荘の日々 Ⅲ
「本当に御堂さんとは違う方ですね」
亜紀ちゃんが言った。
「そうだろ? もうバカすぎて喧嘩ばっかりやってた」
「なんかお二人がよく似ていたようですが」
「何を言うんだ! イヌイットも知らねぇようなバカだぞ?」
亜紀ちゃんは何か言いたげだったが、口を閉じる。
「俺のオオカミが泣いているぜぇー」
ハーが真似をする。
ルーも喜んで真似をした。
「あの、お二人はライフルが上手かったんですか?」
皇紀だ。
「まあな。銃器は二人とも好きで、しょっちゅうやってたからな」
「それで、その子どもたちはどうなったんでしょうか」
「それは分からないな。今じゃ人種差別はアメリカではご法度だ。少しは良くなってるといいよな」
「そうですよね」
亜紀ちゃんは悲しげに言った。
「それでやっと空港まで戻って、食事を食おうとしたんだよ。でもレストランには、またサーモンしかねぇの」
みんな爆笑する。
「ああ、それと。帰り道の両脇は原生林なんだよ。それで、ところどころ爪痕があるのな」
「なんの爪なんですか?」
皇紀が聞く。
「熊だよ。グリズリーな。やばかったよなぁ。自分の身長の高さに縄張りの印をつけるんだよ。そんなのに襲われたら大変よな。俺たちがいくら強いったって、すぐにグリズリーのウンコよ」
「途中で気付いたんですか?」
「いや、空港のレストランで聞いてみたら教えてくれたのな。歩いて来る奴は、だからいないんだって」
「怖いですねぇ」
「ほんとにな」
「なあ、亜紀ちゃん」
「なんでしょうか」
「あの三人のことを気にしてくれてありがとうな」
「!」
「俺もずっと気になってる。でも、どうにもできないんだ。世の中で、自分ができることなんて、ほんの少ししかねぇんだよな」
「でもタカさんは一緒に遊んであげたんですよね」
「そんなこと。まあ、それだけよな」
みんな黙っている。
「タカさん!」
皇紀が言う。
「僕たちのことを引き取ってくださって、ありがとうございます!」
「「「ありがとうございます!」」」
双子が泣き出した。
「やめろよ。俺もありがとうだ。お前たちが来てくれて、本当に楽しいからな」
俺はルーとハーの頭を抱きしめてやる。
「なんだよ、学校を支配するって二人が。まあ、お前たちならいつか街くらい支配できるかもな」
「アラスカを支配する!」
「絶対行くから!」
「サーモンしかねぇぞ?」
みんなが笑った。
「あの、ところで二人はしょっちゅう喧嘩してたんですよね?」
また皇紀だ。
「ああ、そうだな」
「怪我とかしなかったんですか?」
「うん、俺もあいつも強かったからな。基本的に当たらないんだよ。決定的なものって、ほとんど無かったよな。まあ、俺の方が強いけどな!」
「アハハハ」
「花岡さんの道場でも凄かったですよね」
「ああ、アレなぁ。でも花岡さんもあのじじぃも、亜紀ちゃんの才能を褒めてたぞ?」
「そうなんですか!」
「行くか?」
「絶対嫌です!」
またみんなが笑う。
「ああ、明日から響子が来るから宜しく頼む」
「「「「はい!」」」」
「一応また説明するけど、響子はまだまだ体調が完全じゃない。ちょっとのことで弱るし、熱も出す。毎日寝てばかりだしな」
「「「「はい」」」」
「それと、俺によく甘えてくるけど、あれも精神的に安定を求めてのことだ。決してあいつは甘ったれた人間ではない」
「身体が弱ると精神も弱るのが普通なんだよ。だけどあいつはギリギリまで頑張ってるんだ」
「「「「はい」」」」
「こないだな。柳と一緒に夜に響子の病室に行ったんだ」
子どもたちはじっと俺を見ている。
「六花も帰っていて、病室には響子一人だった。寂しそうに窓を見ていたよ」
「響子ちゃん……」
亜紀ちゃんが目を潤ませている。
「でもな、あいつは絶対に寂しいとか悲しいとか言ったことはねぇ! たった一人でアメリカから遙か離れた日本で。たった一人であいつは生きている。それが寂しくないわけはない。分かるよな?」
「「「「はい!」」」」
「そりゃ、俺がいるし、六花もいる。他の病院のスタッフだって響子に優しい人はたくさんいる。だけどな、あいつは毎日一人なんだ。それに耐えている」
「別に可愛そうだと思うな。あいつの、あいつだけの人生だ。だけど、甘えた人間じゃないということだけは分かってくれ」
「「「「はい!」」」」
「それとルーとハー!」
「「はい!」」
「お前らさっきからレモネードをガブ飲みしてるけど、寝小便をするなよ!」
「しないもん!」
「いやらしー!」
なんでだよ。
「今日は俺と一緒に寝るか?」
「やらしー王様だからいや!」
生意気なことを。
「ぱらのーまる」
「ぎゃー、それだけはやめて!」
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
結局二人は俺と一緒に寝た。
夜中にムズムズしているので、起こしてトイレに行かせる。
ジャージャー出していた。
よかった。




