虎と龍 Ⅵ
柳は目覚めてから、俺に散々文句を言った。
「なんで私があんな怖い映画を見せられるんですか!」
「だから悪かったって」
「私、何か石神さんに悪いことしましたか!」
「本当にゴメン!」
柳は怒るうちに感情を激し、泣き出した。
「本当に怖かったんですから」
「俺が悪かったよ。子どもたちも見てみんな泣いたけど、お前なら大丈夫かと思ったんだよ」
「大丈夫じゃありません!」
気丈なようでいて、やっぱりまだ子どもだったなぁ。
「頼むから泣き止んでくれ」
「キスしてくれたら」
「あ?」
「キスしてくれたら許します。私のファーストキスです」
「重いよ! 三番目とか言えよ」
「三番目のキスです」
「……」
俺は柳の唇に、軽くキスをしてやった。
柳はベッドに立ち上がってガッツポーズをする。
「ったぁーーー!」
呆れ顔で見ている俺に、柳が言った。
「石神さん!」
「あんだよ」
「私、着実に嫁への道を歩み始めました」
「おめでとう」
「ありがとうございます!」
柳は颯爽と自分の部屋に帰った。
朝食の後、柳は双子の花壇を見せてもらった。
「なにこれ、スゴイのねぇ!」
双子は褒められてふんぞり返る。
「ヘンゲロムベンベ・タテ・シーナロケッツ様がね、ボワーッと光を出してくれたのね」
「それでね、花壇全体が光って、そうしたらこんなすごいのよ」
「ヘンゲロ?」
子どもたちが勉強を始め、柳を俺の部屋へ招いた。
院長が特別なまじないができるということで、自宅へ招いた話をしてやる。
大精霊の写真付きだ。
柳は俺のベッドで転げまわって笑った。
「石神さんて、やっぱり最高です」
こないだ、誘われて家に行った話もしてやる。
柳はさらに転げまわった。
「今度、うちの畑にもお連れしてください」
「でも、干からびちゃうかもな」
御堂家の畑は広い。
「柳、今晩はデートしようか」
「ほんとですかぁ!」
「ああ。レストランで美味いもの食べて、ドライブしよう」
「嬉しい……」
柳は御堂と同じくクラシック好きなので、地下の音響ルームを好きに使わせた。
CDやレコードのコレクションに唸り、何枚か選んで聴いた。
御堂もいい装置で聴いているが、うちは一段と凄い。
パラゴンなどの音に驚く。
またピアノも弾けるので、何曲か弾いてもらった。
まあ、まだまだだな。
柳が俺にも何か弾いて欲しいと、ギターをせがむ。
俺はレスポールを繋いで、レッドツェッペリンの『ブラック・ドッグ』を弾く。
昼食は子どもたちが茄子とひき肉、それに頂き物のハモンセラーノでポロネーゼを作った。
ショートパスタだ。
スペイン大使のサンチェスが時々ハモンセラーノを送ってくれるので、ハネモロを買った。
それに原木を固定して、亜紀ちゃんがでかいアルコスのナイフで豪快に削っていく。
「なんで、こんなに毎食美味しいの!」
柳が感動してくれる。
子どもたちも嬉しそうだ。
まあ、それより喰うのに夢中だが。
ああ、御堂の家にも原木を送ってやるか。
でも澪さんが大変かな。
今度電話で聞いてみよう。
食後は亜紀ちゃんと双子が家の中を案内する。
皇紀は、あの女の子たちと出かけるのだと言っていた。
俺は地下で音楽を聴いた。
モーツァルトの弦楽五重奏だ。
いつの間にか眠っていたらしい。
双子に「花岡流」で起こされた。
5時になり、俺は柳と出掛けた。
亜紀ちゃんには柳と外で夕飯を食べると言ってある。
出前を好きに取るように言い、一人二食まで、と伝える。
柳がまた響子に会いたいと言うので、一度病院へ寄る。
響子は一人だった。
響子は夕飯を食べ終えていて、六花は帰っていた。
「あ、タカトラぁ!」
響子は笑顔で俺を見る。
さっきまで寂しそうな顔をしていた。
「今日も来てくれたの?」
「ああ、柳がお前に会いたがったんだ」
俺は嘘を言わない。
子どもの響子相手にでもだ。
「そう」
「響子ちゃん、こんばんわ」
「あなたはいいわね。タカトラの傍にいられて」
「そうね」
「でもタカトラの嫁はわたしよ」
「うん、知ってる」
「私は明日帰るの」
「そう」
「その前に、もう一度石神さんの嫁の顔を見たかったの」
「そう」
「見られて良かったわ」
「そう」
俺は響子の頬にキスをした。
響子は俺に甘えることなく、柳を見ていた。
「柳、また会いたい」
「ええ、私も」
「あれで良かったのか?」
「はい」
フェラーリに乗り込む時、柳が言った。
「あんなに小さな子が迷ってませんよね」
「何にだ?」
「タカトラの嫁」
「ああ」
俺は笑って柳の側のドアを開けてやる。
「最高の嫁だろう?」
「そうですね」
予約していた銀座四丁目の駐車場に車を入れ、歩いてエスコフィエに向かう。
まったく銀座に車で来るのは不便だ。
狭い階段を二階へ昇り、俺たちは席に案内された。
フルコースのコルヌイエの他に、コンソメのゼリーを頼む。
少し早い時間のため、店内は俺たちだけだった。
「ステキなお店ですね」
「そうだろう。古くからある店だからなぁ」
東京のような人口が多くなければ成り立たない。
御堂家の人間は、なかなか食べられないだろう。
「石神さん、私とお付き合いしてください」
「ゴメンナサイー!」
「そういうのはいいですから!」
柳は笑って言う。
「私、本気ですよ?」
分かってる。
「私って魅力ないですか?」
「あのなぁ、いい女がいたから付き合うって。それじゃ俺は色情狂だろう」
前にもこんな話をしたことがあったなぁ。
「じゃあ、いい女なんですね」
「まあ、普通かな」
柳が怒った振りをする。
「分かったよ、正直に言う。柳、お前はいい女だ」
「ありがとうございます」
「うちの子よりも食事のマナーがあって、響子よりもオッパイが大きい」
「それだけですか?」
「まあ、御堂の血筋で間違いがねぇな」
「はぁー」
「顔は抜群に綺麗で、ガッツがある。まっすぐで、悪知恵も働く柔軟思考だ」
「それ、褒めてます?」
「褒めてるよ。俺がそうだしな」
二人で笑う。
「何かを成すには綺麗なだけじゃダメだからな」
「もしかして、そういうことも亜紀ちゃんたちに話してますか?」
「当然よ!」
「本当に、石神さんの傍にいないといつまで経っても私はダメですね」
「だったら大学に合格して東京に来いよ」
「そうしたら、あの家に一緒に住んでもいいですか?」
「御堂がそう言ったらな」
「約束ですよ!」
「まあ、18歳を過ぎたら手を出してもいいらしいからな」
柳は笑いながら、ちょっと赤くなった。
俺たちは食事を終え、子どもたちの土産に焼き菓子の詰め合わせも買った。
日が暮れ、銀座は沢山の灯が灯っていた。
柳は俺の腕に掴まり、身体を寄せて歩いた。




