虎と龍 Ⅲ
朝食を食べ、俺と柳は東大へ出かける。
その前に病院へ寄り、響子に会わせるつもりだ。
今日はフェラーリを出す。
柳は予想以上に驚いてくれ、恐る恐るシートに座った。
「本当にこれで行くんですか?」
「そうだよ」
それ以上は語らず、発進させる。
「みんな見てますよ」
「いつものことだぁ!」
俺が笑い、柳も笑った。
病院でみんなから挨拶されるが、柳をいちいち紹介はしない。
響子は俺が知らない女性を連れているのを見て、顔を堅くさせた。
「響子、こちらは俺の親友のお嬢さんで、「柳」と言うんだ」
響子は誰に教わったのか、まあ六花だろうが、ベッドの上に正座し、挨拶する。
「はじめまして。タカトラの嫁、響子です」
柳は目を丸くした。
「はじめまして。御堂柳です」
流石に所作が美しい。
響子も感じたようだ。
「あなた、只者ではないですね」
「はじめまして。二号の、ゲフッ!」
俺が割り込んできた六花の脇腹を突いた。
「こいつは俺の奴隷の一色六花だ。別に覚えなくていいからな」
柳が笑った。
「響子、今日は顔色が一段といいな。カワイイぞ」
響子は照れて笑う。
「まあ、響子がカワイイのはいつもだけどなぁ」
響子が手を伸ばしてくる。
甘えたがっている。
俺は身を屈め、響子の腕に抱かれてやる。
頬にキスしてくる。
「今日は二人でお出かけ?」
「そうだ。俺の大学を案内するんだよ」
「そう、行ってらっしゃい」
「うん、行って来ます」
響子は手を振って俺たちを見送った。
六花は頭を下げている。
「あれが「嫁」ですか」
「どうだ、カワイイだろう」
「はい。驚きました」
「助からないはずの手術が成功して、奇跡的に生き延びたんだよ。でも、普通の生活はできねぇ。恐らく一生そうだ」
「だから石神さんが面倒をみてるんですか?」
「まあ、それだけじゃないんだけどな。大人っていうのはいろいろあるんだよ」
柳は子ども扱いされたことに文句を言わず、俺の腕をとって絡めてきた。
「父から聞いています。石神さんの女性のモテ方は異常だって」
「あいつ、そんなこと言ってるのかよ」
「いろいろ聞いちゃいました。学食ではいつも大騒ぎだったって」
「ああ、あのなぁ」
「いいんです。私が惚れた男ですから。モテるに決まってます」
「お前なぁ」
御堂や澪さんには見せられねぇ。
駐車場に着いた。
「それじゃあ、東大に行くか」
「はい、お願いします」
「あの、石神さん」
「あんだよ」
「東大に入らずに、なんで私たちは定食屋にいるんでしょうか。目の前まで来たのに」
「東大以上に大事な場所だからだよ」
「そうですか」
俺は学生時代に行き付けであった定食屋に入っていた。
大学のすぐ近くにあり、学食でない時には、大体ここに通っていた。
東大生は学割があり、他の学生にも人気だった。
俺は柳に好きなものを喰えと言い、自分は赤魚の煮つけを注文する。
柳はサバの味噌煮を頼んだ。
「石神くん、久しぶりじゃないか!」
奥から木下さんが出てきた。
俺が学生時代から店主をやっている。
「お久しぶりです。こっちは御堂の娘の柳です。再来年から東大生になりますから、こちらにもお世話になると思います」
「そうかぁ、御堂くんの。やっぱり綺麗な子だねぇ」
柳は立ち上がって挨拶した。
ちょっと俺たちの学生時代の話をし、厨房に下がった。
「父も通っていたんですね」
「ああ。俺たちはいつも一緒だったからなぁ」
「羨ましいです」
「それにしても、あのご主人は学生全員を覚えているんですか?」
「ああ、多分な。東大生が日本を支えるって言って、ずっとここで定食屋をやって応援してるんだよ」
「そうなんですか」
注文の品が来て、俺たちはいただいた。
「美味しい」
柳が言う。
「そうだろう」
「おい、柳、ちょっとそれくれよ」
「あ、いいですよ」
俺は柳のサバを一口もらう。
追加で生卵を二つ頼んだ。
小さなお椀にご飯もつけてもらう。
「ちょっと下品だけどなぁ」
俺はそう言って、赤魚の煮汁をそれぞれの茶碗に注ぐ。
そして生卵を溶いて、上に流した。
「あ、それ絶対美味しい奴だ!」
柳が喜んで茶碗を掻き込んだ。
「やっぱり!」
生臭さのない品のいい煮汁と、卵の味わいが口の中に広がる。
「父もこうやって?」
「いや、あいつはやらなかったなぁ」
「えぇー、もったいない」
「あいつはロマンティストだったからな」
「あ! 騙しましたね!」
俺たちはまた笑った。
木下さんも笑って見ていた。
二人で1000円でいいと言う木下さんに、俺は無理矢理1万円札を渡した。
「散々お世話になりましたから。また学生たちによくしてやってください」
「じゃあ、御堂くんの娘さんが来たら、いつでも500円で腹いっぱい食べさせるよ」
「儲かっちゃいましたね!」
「だからロマンティシズムがなぁ」
柳は嬉しそうに、また俺の手を組んだ。




