表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星の家族:シャルダンによるΩ点―あるいは親友の子を引き取ったら大事件の連続で、困惑する外科医の愉快な日々ー  作者: 青夜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

178/3162

虎と龍 Ⅱ

 「どうだったよ、映画は」

 柳はまだボウッとしている。


 「よく分からないけど、美しい映画だったと思います」

 「「美しい」と感じれば、それでいいんだよ」


 「お前も美しいけどな!」

 「あ、くどいてくれてるんですか?」

 「バカを言うな」

 俺は笑って言う。柳が少し元気を取り戻した。




 「本当に美しいものは、悲しいんだよ」

 「そうなんですね」

 「まあ、悲しいから美しい、とも言えるんだけどな」

 「でも、ただ悲惨、ということもあるんじゃないですか」

 「悲惨、というのは、巨大な悲しみだ。だから後から誰かが必ず何とかしようとする。つまり、悲しみが美を産む、ということなんだな」


 「なるほど」




 「すべての「美」は、悲しみが根底にある。だから、楽しいだけのものが美を生み出すことはねぇんだよ」

 「難しいですね」

 「お前、そうやってうっちゃってると、いつまでも「美」をものにできねぇぞ!」

 「アハハハ」


 「お前の家は素晴らしい家だ。正巳さんも菊子さんもそりゃ立派な方々だし、御堂も澪さんも素晴らしい。だからお前たちは悲しみを感ずる間もなかなかねぇだろう」

 「そうかもしれませんね」

 「幸せだからこそ、弱点にもなる。人生というのは深いんだぞ」

 「はぁー」





 「そして、世界は泥である《 E fango e il mondo. 》。ジャコモ・レオパルディの詩集『カンティ』の中の言葉だよ」


 「人間が人間でなければ、この世界には何の価値もねぇ。世界が泥であることに気付いた人間が、何かをやるんだよな」


 「石神さんって、スゴイ人ですよね」

 「どうだ! スゴイだろう!」


 柳が笑う。




 

 「それでも、君は生まれたのだ。清澄な日のために…《 Doch du, du bist zum klaren Tag geboren. 》」


 「フリードリッヒ・ヘルダーリンの『エンペドクレスの死』の中の言葉だ。これもいいだろう!」

 「ステキです」

 「うん。この世は泥なわけだけど、俺たちはその中に生まれた。それは「清澄」を実現するためなんだよ。ドッホ・ドゥ、ドゥ・ビスト・ツム・クラーレン・タグ・ゲボーレン、というなぁ」


 「石神さんはスゴイです」

 「お前なぁ、それはもういいよ。もっと褒め称えられねぇのか?」

 「語彙が少なくて」

 「だからお前はダメなんだよ。ロマンティシズムがねぇ」

 「またそれですかぁ」




 「いいか、小3の双子だってなぁ。こないだもルーが「タカさんって、動物で言ったらライオンだよね!」って言うんだぞ。なんでだって聞くと「だって百獣の王だもん!」ってなぁ」

 「アハハハ!」


 「それでハーは「タカさんって、お寿司で言ったら大トロだよね!」って。なんでだって聞くと「一番高くて美味しいから!」ってなぁ。答えが分かってたって面白いよ」

 柳は大笑いし

 「負けました」

 と言う。




 ひとしきり笑い、ため息をつく。

 「私は全然ダメですねぇ」


 「お前、勉強はできるのかもしれねぇが、本を読んでねぇだろう」

 「確かにそうですね。受験勉強ばかりで、余裕がありません」


 「ばかやろー。読書っていうのは余裕があるからやるんじゃねぇ。人間に必須だから読むんだよ」

 「そうなんですか」

 

 俺は柳のこめかみをぐりぐりする。

 いたい、いたいと言う。


 「うちの子どもたちは全員、双子も含めて、相当な読書をしてるぞ?」

 「そうなんですか!」

 「双子なんて、カントの『純粋理性批判』なんかも読んだしなぁ」

 「?」


 俺はカントの話をしてやる。


 「私は石神さんの隣には、到底立てませんねぇ」


 「ばかやろう」

 俺はまたぐりぐりする。

 柳は痛がりながら喜ぶ。



 「できねぇ、と言うのはいいけどな。なら諦めることだ。人間はそれでもいいんだよ。でも後で泣いたりするな、ということだ」

 「……」




 「お前、本当はドラゴンなんだろ?」

 「母から聞きました」

 「ちっちゃい龍だよなぁ。トカゲか?」

 「もう!」


 「今日の映画に、ちゃんと答えはあったろう」

 「!」


 「俺は待ってるぞ」

 「ほんとですか!」


 「まあ、あんまり待つと死んじゃうけどな」

 「いやです!」

 俺たちは笑った。




 「まあ、待つっていうのは冗談だけどな」

 「えぇー! 冗談なんですか?」

 「お前が勝手に来るのはそれでいいんだよ。それはお前の人生だ」

 「がんばります!」


 「俺の「嫁」って言ってる女もいるからなぁ」

 「えぇー!」

 「明日会わせてやるよ」

 「ほんとですか!」


 「ああ。じゃあ、今日はもう寝ろ」

 「はい」

 「おい、俺の部屋に入ってくるなよな!」

 「鍵は閉めないでください」

 「このやろー!」





 俺たちは三階に上がり、それぞれの部屋へ入った。


 ガチャリ。


 「アァッー!」








 柳が叫び、亜紀ちゃんが何事かと顔を出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ