ロケットボーイズ
7月最後の土曜日の夜。
「なんか、今週はいろいろありましたねぇ」
「そうだよなぁ」
亜紀ちゃんと恒例の梅酒会をやっていた。
しかし、今週は本当に疲れた。
乙女会議に響子が参加して、火事。
まあ、その原因が凄まじかったのだが。
それに子どもたちの自由課題。
そして皇紀のロケット打ち上げ失敗。
「皇紀のロケットはさ」
「はい」
「動画を編集して何とかしようと思ってるんだ」
「ああ、最後の集合写真ですね」
「そうだ。失敗はしたけど、前半は成功っぽいじゃない」
「はい」
「だから最後にみんなで残骸を囲めば、いかにも成功したかのようなものができるじゃないか」
「えぇー、でもそれって嘘ですよねぇ」
「まずいかな」
「ダメですよ。皇紀が嘘に耐え切れません」
そうかぁ。
「じゃあ、やっぱりある程度はちゃんと作るかぁ」
「あ、花岡さんも入れてくださいね」
「えー、あれはよく分からないだろう」
「でも綺麗でしたよ」
「うーん」
俺たちは更に話し合い、大体の編集方針を決めた。
「それにしても、花岡さんってあの時何をしたんでしょうか」
「さあなぁ。あの家の拳法ってよく分からないなぁ」
「スゴイ技でしたよねぇ」
まったくだ。
数十メートル離れた敵を粉砕する技なんて、とんでもねぇ。
実際に見た今なら、射線を予測して避けることもできるかもしれないが、じじぃとの戦いで使われていたらダメだったろう。
俺たちはルーの彫像の予想外の素晴らしさや、ハーの数学の才能について話した。
そして再びロケットの話になる。
「タカさんはどうしてロケットを思いついたんですか?」
「ああ、俺が中学生の時に作ったことがあるんだよ」
「そうだったんですか」
中学二年の夏。
俺は仲の良かった矢田と一緒に、化学の先生を巻き込んでロケットを作ろうとしていた。
矢田とは小学生の頃からよく一緒に遊んだ。
矢田の父親は工科大学の教授だった。
母親は非常に厳しい人だったと思う。
俺が常に学年トップの成績だったから、矢田と親しくするのを歓迎してくれていたように思う。
広い洋風の矢田の家に遊びに行くと、珍しいものがたくさんあった。
当時は誰も持っていない動画カメラにモニター。
それを使って、俺たちはミニカーを燃やしてリアルな事故映像などを撮影した。
録画機能はなかったから、その場で見るしかない。
しかしモニター画面に映る炎を上げる車体は、俺たちを興奮させた。
引田天功の脱出マジックが大流行した。
俺たちは橋の模型を作り、爆竹を仕掛け、川で捕まえた蟹を走らせた。
しかし蟹は難なく逃げ切り、全然盛り上がらなかったことに頭にきた。
俺たちは蟹の甲羅に大量の爆竹を結んで爆死させた。
中学生になり、俺は矢田とアポロの話をしていた。
「月にただのガレキしかねぇなんて、俺は頭に来たんだよ」
「石神は変わってるよね」
「月にはウサギがいるんです!」
「アハハハ」
どちらが言い出したのか、覚えていない。
俺たちはロケットを作ろうということになった。
化学の先生に、ロケットの推進剤を聞きに行った。
「君たちは、面白そうなことを考えるね」
先生は俺たちに加えてくれと言った。
「固体燃料にするか、液体燃料にするか。まあ、液体はちょっといろいろ不味い材料になるから、今回は固体燃料にしよう」
先生は俺たちがぶつかった壁を、次々にアイデアで乗り越えさせてくれた。
「ロケット花火を集めてくれ。僕は爆速を調整するのを考えるよ」
ロケット花火は、俺のファンクラブの子たちにねだって、大量に集まった。
矢田はロケットの本体を製作する。
50ミリ直径の塩ビ管を使い、先端のドーム型の製作に最も苦労した。
結局先生が鉄板を叩き出して整形してくれた。
大まかな外観が出来た。
「先生、先っちょに尖ったものがありません」
俺たちは、先端に針のような尖ったものが必要だと主張した。
「え、別にいらないんだけど」
サターンにしろアポロにしろ、みんな付いている。
何なのかは知らないけど。
俺たちが執拗に迫るので、先生が錐の刃を溶接してくれた。
小学校の校庭に集まった。
中学校でも良かったのだが、先生が誰かに見つかると不味い、と言ったのだ。
俺が火薬を詰め、導火線に火をつける。
10メートルほど離れた。
俺たちは興奮しながら打ち上げの瞬間を待った。
シュゴッ! という音と共にロケットは飛び上がった。
しかしその直後、ロケットは横倒しになり、水平に飛んで行く。
「不味い!」
先生が叫んだ。
ロケットはそのまま、校庭に隣接していた家の窓を破り、室内へ突入した。
「ギャー!」
もの凄い女性の悲鳴が聞こえた。
俺たちはその家に駆け出した。
勝手に玄関を開け、俺たち三人はロケットの飛び込んだ部屋へ向かう。
ピアノを弾いていた若い女性の頭から、30センチ上の柱。
そこに俺たちのロケットが突き刺さり、激しい炎を上げていた。
女性は気絶していた。
俺は咄嗟に先生を逃がした。
子どもだけなら何とかなる。
しかし先生は不味い。
先生は無言で頷き、俺たちに手を合わせて逃げた。
大騒ぎになった。
消防車と警察が来た。
「またお前か!」
顔見知りの刑事が、取り敢えず俺の頭を殴る。
ピアノを弾いていたお嬢さんは意識を取り戻し、警察の事情聴取を受ける。
連絡して戻った父親と思しき初老の男性が唖然としていた。
俺と矢田は警察署に連行され、親が呼ばれた。
お袋は俺の顔を見るなり、頭を抱きしめた。
いつも、お袋は俺に優しく、甘かった。
矢田の両親が来ると、俺を睨み付けたあと、何も言わずに矢田を連れ帰った。
俺は二度と矢田と一緒に遊べなくなった。
幸いに、被害に遭った家の人が俺のことを知っていたため、無罪放免となった。
「よく知ってますよ。娘に言い寄っていたあのエロ外人を叩きのめしてくれた子でしょ?」
驚いたことに、お嬢さんに言い寄っていたというのはあの教会の外人だった。
クリスチャンであったお嬢さんは教会へ通っていたが、執拗に関係を迫る神父に困っていたらしい。
俺との壮絶な喧嘩で、あいつは神父をクビになってどこかへ行った。
その他にも、身体の大きな俺が10人相手に喧嘩をしたり、女の子の集団から追いかけられてたり、とお嬢さんが見ていて面白い子だと思っていたらしい。
ピアノを教えているというそのお嬢さんの願いもあり、俺たちに特にそれ以上は無かった。
金がないので弁償ができない。
だから俺は毎週その家に行き、庭や玄関先の掃除をさせてもらった。
お嬢さんは最初固辞しておられたが、そのうちに家に上がらせて下さり、お茶と菓子をいただくようになった。
それは俺が最初は固辞したが、美味しいからいただくようになった。
俺は常に空腹だったのだ。
「前にね、私がピアノを弾いてると、石神くんが女の子たちに追いかけられてたのね」
「はい」
「その時、君が「ショパンのノクターンだ!」って言ったの」
「へぇー」
「「こんな綺麗に弾く人はいないから、お前らも聴け」って言ってくれたのね」
「そうですか」
「嬉しかったなぁ」
何となく覚えているが、しつこいあいつらを止めるためだったと思う。
俺とお嬢さんはクラシックの話を主にした。
俺は静馬くんにもらったレコードを貸したり、お嬢さんから借りたりした。
そして時々、お嬢さんがピアノを弾いてくれた。
俺が中学を卒業するまで、そうした関係が続いた。
矢田の親からは、学校でも口をきかない約束をさせられた。
次男である矢田は、優秀なお兄さんと比較されいつも苦しんでいた。
俺の他に親しい友だちもおらず、矢田は孤立した。
三年生になると、矢田は一つ下の女の子と付き合い出した。
学校の駐輪場にいる二人を俺は時々見掛けた。
俺は矢田が誰かと楽しそうに話しているのを見て、嬉しかった。
しかしその夏。
矢田が女の子を妊娠させたと不良仲間から聞いた。
女の子は引っ越していき、以降、矢田はずっと暗かった。
卒業式の日、矢田が俺に話しかけてきた。
「俺さ、車の修理工になるんだ」
「高校は行かないのか?」
「うん、決めたんだ。俺はあの家を出る」
「そうか」
「なあ、石神」
「うん」
「お前と一緒にいた時と彼女と一緒にいた時が、一番楽しかったよ」
「ああ」
「またいつか」
「またいつか」
矢田は卒業証書を踏み潰し、ゴミ箱へ投げ捨てて去って行った。




