御堂正嗣
ベッドの上では、誰が端になるのかで揉めた。
左側では、ルー、ハー、そして皇紀が一番端だ。
本当は皇紀が最も怖がっているので、可愛そうな気もするが、仕方がないだろう。
問題は右側で、栞と亜紀ちゃんがいつまでも言い合った。
「花岡さん、お願いしますぅ」
「今日だけはダメ。もし何かあったら私が亜紀ちゃんを守るから!」
いや、だったらお前が譲ってやれよ。
結局、泣く泣く亜紀ちゃんが端になる。
「花岡さん、前に観たんでしょう?」
「うん」
「だったら、どうしてそんなに」
「途中までだったの」
「?」
「怖くて、途中でやめたの、観るのを」
ああ、なるほど。
「あれが実話だなんて、知らなかった」
いや、それはね。
「生きてる相手だったら、誰だって粉砕する自信はあるの」
「……」
いい加減に、寝た。
翌朝、今日は祝日で休みだ。
俺は朝食の準備をしていたが、栞と亜紀ちゃんも起きてきた。
「夕べは怖かったけど、楽しかったですね」
亜紀ちゃんが笑いながら言った。
栞はまだ引きずっているようだ。
ちょっとの隙に、俺にピッタリと寄って来る。
邪魔だなぁ。
朝食を終え、子どもたちは勉強を始める。
そろそろ栞を送っていこうと考えていた時、電話が鳴った。
亜紀ちゃんが出た。
「はい、父ですね、少々お待ちください」
「誰からだ?」
「ミドウさんという方です」
俺の大学時代の親友だ。
「久しぶりだな」
『もうすぐ子どもたちは夏休みだろう?』
「ああ、そうだな」
『うちに、遊びに来ないか?』
御堂は山梨に住んでいる。
夏休みを利用して、子どもたちと一緒に来いと誘ってくれた。
俺も久しぶりに会いたいので、調整して是非行くと伝えた。
「ああ、今花岡さんもいるんだ」
栞に電話を替わる。
「御堂くん、久しぶり」
少し話して、俺にまた電話を戻した。
「じゃあ、また連絡するからな」
亜紀ちゃんがこちらを見ている。
「ああ、大学時代の親友なんだ。山中とも一緒につるんで、よく遊びに行ったんだよ」
「そうなんですか」
「夏休みに遊びに来いってさ。8月に入ってからになると思うけど、みんなで行くぞ」
「分かりました」
俺は子どもたちに、御堂のことを話してやる。
東大では、二年度まで学部に関係なく一般教養の授業を中心に受ける。
理系は特に実験関連の授業があり、最初はペアを組んで実験をこなしていく。
教室で、俺は一人の男に目を惹かれた。
その男は静謐と言うか、学生とは思えない落ち着きを持っていた。
ガリ勉は確かに多いが、どいつも「余裕」がない。
もしくは反対に、自分の能力を誇って鼻持ちならない連中も多い。
俺は近寄って声を掛けた。
「石神と言うんだ、君は?」
「ああ、御堂正嗣です。よろしく」
俺たちは少し話しただけで、すぐに意気投合した。
読書の趣味、クラシック好き、そうしてことが即座に繋ぎ合った。
御堂のマンションは大学のすぐ近くにあり、よくそこに入り浸った。
御堂のクラシックのコレクション、俺が持ってくるレコード、それを聴きながら、よく話し、またお互いに黙って本を読ん
だりした。
弓道部で奈津江に会い、奈津江の友だちの栞とも仲良くなる。
そして山中ともよく一緒に過ごすようになった。
山中は奈津江や栞を敬遠していた。
「綺麗すぎて、ちょっとな」
そう言っていた。
御堂はまったく意識することなく、奈津江や栞と遊ぶときには、御堂だけが一緒だった。
山中は男同士の付き合いだけだった。
俺は御堂が育ちのいい人間であることは、最初から感じていた。
やはり、山梨の旧家の人間だった。
夏休みに誘われ、一週間もお邪魔したこともある。
卒業以降も連絡は絶やさず、数年に一度は会っていた。
「大学生のくせに、カラトラバなんかしてたんだよ」
「カラトラバって何ですか?」
皇紀が聞いてくる。
「パテックフィリップという、世界最高峰の時計ブランドの代表的なモデルだ」
「へぇー」
「まあ、見た目は本当にシンプル、悪く言うと、全然面白みがねぇ。だけどなぁ、一部の人間が嵌めると、恐ろしいくらい
の存在感になるんだよ」
「そうなんですか!」
「ああ。御堂のカラトラバは凄かったよなぁ。まあ実際500万円以上もするものなんだけどな」
「ゲェッ!」
「じゃあみんな、あと一週間で夏休みだ。宿題は全部今月中に終わらせるように」
「「「「分かりました!」」」」
「なんか、石神くんの家ってすごいよね」
「そうですか?」
俺は栞を送りながら、『パラノーマル・アクティビティ』はまったくの創作だと教えた。
「良かったぁ。もう石神くんの家にずっと泊まらなきゃと思っちゃってた」
「あははは」
「それでもいいんだけどね」
「……」
栞は笑いながらマンションに入って行った。
御堂の電話を受けてから、栞は少し暗かった。
奈津江のことを思い出したのだろう。




