世界が、愛している。
「響子、あのなぁ。俺は人からキャーキャー言われるのが大嫌いなんだよ」
「ごめんなさい」
俺は響子が勝手に俺の画像をネットに流したことを諌めていた。
「でもね、最初はものすごくよく言われてたのに、「ブサイクなやつだったW」なんて言われ始めて」
ああ、便利屋な。
「だから本当はカッコいいんだって言いたかったの」
俺は左手で響子の頭を撫で、ほっぺたをつついた。
「分かったよ。ありがとうな」
「だけど、お前カメラとか持ってたっけ?」
「六花に頼んだ」
「……」
三浦海岸に着いた。
まだ6月ということもあり、海水客はいない。
サーフィンをやっている人々がまばらにいる程度だ。
昼食後は、響子は寝る。
俺は毛布を取り出し、響子を抱き上げて浜辺を歩いた。
薄い水色の建物を目指す。
俺が特別に借りた、浜辺のカフェだ。
電気も水道もガスも止まっている。
ただ、掃除だけ頼んだ。
鍵を開け、中へ入った。
「タカトラ、ここは?」
「ああ、今日のために借りたんだ」
「私のため?」
「当たり前じゃないか」
響子は俺の首を抱き、キスをしてきた。
俺は隅にある三人掛けのソファのカバーを外し、響子を座らせる。
そのまま、大きな床までの窓の前に持ち上げて移動した。
「きゃー!」
響子が喜んでいる。
響子を横にし、端に俺が座った。
響子に毛布をかけてやる。
「響子、少し寝ろよ」
「うん」
「タカトラ」
「なんだ」
「いい所ね」
「そうだな」
「タカトラ」
「なんだ」
「何か歌って」
♪かまきり かまきり ワオー ワオー
響子が楽しそうに笑う。
「なにそれ」
俺はちょっとカマキリ好子の話をしてやった。
「タカトラって面白い」
「そうかよ」
「でも、ちゃんとした歌を歌って」
俺は井上陽水の『ジェラシー』を歌ってやる。
「いい歌」
響子は眠った。
俺は響子の小さな寝息を聞きながら、寄せては還す波を見ていた。
騒々しい日々、何かを求めあたふたと喘ぐ毎日、それらは、この小さな音楽に到底及ばない。
地球が奏でる波の音と、響子の小さな肺から吐き出される音色は等価だ。
この小さな命は、誰よりも狭い人生しか生きられない。
しかし、その人生を、俺は途轍もなく美しいものにしてやりたい。
響子が静かに笑った。
楽しい夢を見ているのだろう。
響子、夢の中で思い切り遊べ。
現実は俺に任せろ。
響子が手を伸ばした。
俺は優しく包んでやる。
響子がまた笑顔になる。
世界が響子を愛している。
俺はそう思った。




