六花、墓参り。
「愛が足りない」
響子がベッドの上に仁王立ちになって言った。
俺と六花は、顔を見合わせた。
「Love is not enough!」
「あ、お前、またあたしが分からないと思ってぇ!」
響子は六花を無視して、俺を指差す。
「栞も六花も、亜紀も皇紀も! みんなタカトラとドライブに行ってる!」
ああ、そういうことか。
「六花とはドライブじゃないぞ。出張で車を使っただけだ」
「とても楽しかったです」
おい!
「そういうことで、私はタカトラの恋人として、ドライブを希望します」
「いや、お前の体調じゃ無理だろう」
「いやいやいやいや!」
まったく、この辺はやはり子どもだ。
「分かったよ。お前の体調がいいときに、考えてやる」
「ほんとに!」
「俺がお前と約束して破ったことがあるか?」
「ありませんでしたぁ!」
まったくカワイイ。
ドライブかぁ。
俺は思いついたことがあった。
五月最後の土曜日。
俺は六花を誘った。
早朝5時。
俺は六花のマンションへ迎えに行く。
「石神先生、おはようございます」
六花は俺が黒っぽい服を着て来いと言ったので、白いブラウスに、黒の膝下の綿のスカート。
そして黒の薄手の革製のジャケットを着ている。
俺も黒のスーツを着てきた。
車はフェラーリだ。
今日は遠くまで行くので、給油が何度か必要かもしれない。
俺たちは早速出発した。
「ずい分と早いですが、今日はどこまで行くんですか?」
「栃木だよ」
「え? そうなんですか」
「お前も久しぶりだろう?」
「まあ、そうですねぇ」
腑に落ちないだろうが、俺はそれ以上は語らない。
中央道はずい分と空いていた。
俺はV8エンジンを唸らせながら疾走する。
「響子がドライブというのは、難しいのでしょうか」
「お前はどう考えるよ」
「そうですね。少なくともこういう車では振動があると思います」
「うん、響子の場合、車の振動はダメだよな。クッションのいい車でも、道の状態ではどうしても上下の運動がある」
「そうすると、やはり無理なんでしょうか」
「ちょっと考えているのは、キャンピングカーだよ。ベッドに寝転びながらなら、ある程度は大丈夫だろう。でも、それはドライブじゃねぇよなぁ」
「そうですよねぇ」
「なぁ、なんで響子はドライブに行きたいと言うのか分かるか?」
「いえ、突然でしたから」
「要は、病室のストレスだよ。外へ出たい、ということだ」
「なるほど」
「時々お前が車椅子で外に連れてはいるし、たまに俺の家に来たりな。それでも、もっと遠くへ行きたい気持ちは分かるよな」
「はい」
「いっそ、お前らの地獄の飲み会にでも誘うか?」
「!」
俺は冗談だ、と言い笑った。
しかし、俺はとんでもない冗談を言ったことを、後に反省することになる。
六花との会話は、響子以外はほぼ、エロだ。
だから俺たちはずっと響子の話をしながら走った。
中央道を降り、段々目的地が近づく。
ナビは入れていないので、六花も最後までどこに行くのか分からなかった。
「石神先生、ここって」
「ああ、久し振りだろう?」
「だって、私の町じゃないですか」
「そうだよ」
「こんなとこに、どうして」
「墓参りだよ」
「!」
「お前、全然墓参りをしてなかっただろう?」
「……」
「響子の世話で一生懸命なのはいいけどよ。たまには墓参りもしろよ」
「石神せんせい……」
六花はぼろぼろと大粒の涙を零した。
俺は路肩に車を寄せ、肩を抱いてやる。
「お前のたった一人の肉親だろう。元気な顔を見せてやれよ」
六花が落ち着くまで、20分もかかった。
いろいろ溜め込んでいたんだろうなぁ。
再び発進し、俺は六花に聞く。
「ちょっと飯でも食おう。どこか案内してくれよ」
「はい、じゃあタケの店へ」
タケ? まあ知り合いか。
「分かった、案内を頼むぞ」
俺たちはほどなく、大きな定食屋の前に着いた。
地方はどこも駐車場があるので、ありがたい。
フェラーリのエンジンを空ぶかしすると、店から人が出てきた。
降りた俺たちを見て、出てきた中のでかいエプロンの女性が叫ぶ。
「総長!」
女性は駆け寄ってきて、六花に抱きついた。
「オス! お久し振りデス!」
「おう、タケ、元気か」
「オス! 元気でやらさせていただいております!」
腰を90度に曲げ、両手で拳を作り、腰の後ろで合わせている。
「こちらの御仁は、どちらさまでしょうか!」
「うん、ええと…」
六花はしばらく考えている。
上司だろう。
「……ああ、「ご主人様」!」
こいつの語彙はぁ!
「????」
「いや、職場の上司だよ」
タケと呼ばれた女性は、俺を訝しげに見ている。
「タケ、あたしのマブな方だから、失礼なことはするなよ!」
「オス! 失礼しましたぁ!」
店の看板には「弱肉強食」と書いてあった。




