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星の家族:シャルダンによるΩ点―あるいは親友の子を引き取ったら大事件の連続で、困惑する外科医の愉快な日々ー  作者: 青夜


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小さな魂

 俺は二階に上がったところで、皇紀を呼び止めた。


 「皇紀、ちょっと付き合えよ」

 「はい」



 俺は皇紀をリヴィングのテーブルに座らせ、梅酒を作ってやる。


 「あ、これって」

 「おう、亜紀ちゃんに聞いたぞ。お前、俺と亜紀ちゃんに遠慮して入ってこないんだってなぁ」


 「すいません。何だか二人が楽しそうで、邪魔しちゃいけないかと」


 「お前もいい加減、無法松よなぁ!」


 俺は皇紀の肩を叩いてやる。


 「お前のその心は非常に美しい。自分のことよりも、他人のことを思うってなぁ。そうだろう」

 「そうなんでしょうか」


 

 「なあ、皇紀。お前は無法松がどうして奥さんからもらったお金に手を付けなかったと思う?」

 「大事なお金で、とても使えなかったんだと思います」


 「その通りだ! だからな、あの奥さんというのは、無法松の中で、神様になっていたんだよ。まあ、天使でも仏様でも大


精霊でもいいんだけどな」

 皇紀がちょっと笑った。


 「要は、神に通ずる、というほどに尊いものになっていた。だから受け取ったものは、神様から預かったようなもんだ。と


てもじゃねぇけど、使うことは出来ない」


 「ああ、だから奥さんのお金はそのままで、別に子どもの貯金があった、ということですね」


 「そうだ。やっぱりお前は頭がいいなぁ」

 俺は皇紀の頭を撫でた。


 「あれがただの「お金」なら、奥さんのお金も全部貯金にしてやれば良かったんだよ。でも別になってたろ? それは、そ


ういう理由だ」

 「はぁー。映画って凄いですね」


 「そうだよなぁ」


 「僕も、松五郎のようになります」

 「生意気だな、お前は!」

 皇紀の頭をグリグリする。

 痛がりながら、皇紀は喜ぶ。


 「あの、映画じゃないんですが、いいですか?」

 「おう、何でも聞け」


 「タカさんが話してた、四階から投げたって話」

 「ああ」


 「その後、タカさんはどうなったんですか?」

 「ああ、そういうことか」



 俺は皇紀に詳しく話してやった。










 「プールでさ、木林の水着に手を突っ込んで、オッパイもんでやったぁ!」


 夏休み明けの教室。朝礼を待っていた。


 俺はその言葉を聞いた瞬間、そいつの席に行き、担ぎ上げて、開いていた窓から放り投げた。


 何故って? 頭に来たから。

 

 凍っていた教室が騒然となり、何人かが叫びながら先生を呼びに行く。

 担任が駆けつけ、俺を殴り飛ばす。

 同時に下で大声で

 「無事だぁー!」

 という声が聞こえた。

 なんだ、そうだったのか。


 救急車とパトカーが来た。

 俺はいつもの校長室で待たされ、刑事と思しき人に、説明させられた。


 短い説明内容だったが、俺は何度も繰り返し聞かれ、長い時間が経った。



 そのうちお袋が来て、木林の母親と俺が放り投げた奴の母親も来た。


 大人たちが、また長い時間話し合っていた。


 また一人増えた。

 木林の父親らしい。

 大人たちの輪に入り、また話し合う。


 木林の父親が俺に言った。


 「君は石神くんだったね。娘から時々話を聞いているよ」

 俺は嬉しくなった。

 木林は俺のことをどんな風に話しているんだろう。


 結局、俺は無罪放免となった。

 木林の父親は県会議員で、被害者もほとんど怪我もない、ということで警察と他の親たちも説得してくれたようだ。


 「娘のために、ありがとう」

 俺は握手を求められ、その手を握った。


 その夜、親父が帰ると死ぬかと思うほど殴られた。




 「結局なぁ、偉い人の権力で救われたわけだけどな。でも、俺は全然後悔してなかった。木林を傷つける奴は、絶対に許さ


んと思っていたからな」


 「今でも同じなんですか?」


 「いや、ちょっとやり過ぎだろう!」

 俺たちは肩を組んで笑った。



 「でもな、無法松もそうだけど、バカはいいんだぞ? 人間はバカにならないと見えない美しい世界があるんだ」

 「僕もバカになります」


 「ああ、そうしろ。でも言っておくけど、バカというのは悲しいんだよ。あの無法松のようになぁ」

 「はい」


 「バカというのは、損する、ということだからな」

 「はい」



 「お前は鍋とかで、妹たちによく肉を譲ってるよなぁ」

 「いえ、そんな」


 「お前は本当にバカでいいよなぁ」

 皇紀はちょっと照れながら笑う。


 「タカさん!」

 「なんだよ」


 「僕はタカさんからいただいたお小遣いは、今後使いません!」


 「バカ過ぎだろう、それは」

 俺が笑って言う。


 「あれはな、お前たちにお金の使い方を覚えて欲しくて渡しているんだよ」

 「はぁ」


 「それで、お金というのは、バカな使い道をしなきゃ覚えられねぇんだ」

 「そうなんですか?」


 「ああ、最初は、思い切り下らねぇことにバンバン使って、その後で本当の価値が分かる」

 「はい」


 「でも、大人になってからやれば、身の破滅よ。だから今のうちに覚えろ、ということだ」

 「分かりました!」


 「エロ本とかでもいいんだぞ?」

 「え、でも子どもには売ってもらえないですよ」


 「だからお前はダメなんだよ。悪になれ、と言ってるじゃないか」

 「バカでワル、ということですか。難しいです」


 「ああ、バカであり頭がいい、というな。これを「絶対矛盾的自己同一」というな」

 「ニーチェですか!」


 「ばかやろー、西田幾多郎大先生だ!」

 「そのお話を詳しく!」










 俺たちは深夜まで話し込んだ。

 無法松の美しさが余りにも焼き付き過ぎた皇紀も、笑顔を取り戻した。

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