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星の家族:シャルダンによるΩ点―あるいは親友の子を引き取ったら大事件の連続で、困惑する外科医の愉快な日々ー  作者: 青夜


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映画鑑賞『無法松の一生』(三船敏郎版)

 金曜日。


 先週は栞の家に行ったので、開催できなかった「映画鑑賞会」をやる。


 子どもたちは早々に勉強のノルマを終え、待ち構えている。


 俺は少し早めに始めることとした。


 今日は『無法松の一生』だ。ちなみに、三船敏郎主演のものにする。





 「ええ、今日は『無法松の一生』だ。この映画は、九州の小倉という場所が舞台になっている。松五郎という人力車夫が主人公だけど、人力車って知ってるか?」


 「人がお客さんを乗せて運ぶものですか?」

 亜紀ちゃんが答えた。


 「その通りだ。今じゃタクシーなんかがあるわけだけど、昔は人間が運ぶことも多かったんだな。屈強な男が、人力車を引いて運ぶ。松五郎は、そういう仕事をしていた」


 「無法ってどういう意味ですか?」

 皇紀が聞く。


 「法律が関係ない、つまり暴れん坊のことだ。うちのルーとハーだな」

 みんなが笑う。



 「暴れん坊なんだけど、もの凄く優しいんだよ。こんなに優しい人間はいない。それがこの映画によって魂に焼きつく。そういう作品だ。まあ観てくれ」


 俺は照明を落とし、DVDを流した。









 ラストシーンで、またみんなが泣く。

 特に、皇紀は「グゥッ」と呻き声を出しながら泣いていた。






 俺は照明を戻した。

 部屋が明るくなったことで、多少みんなが落ち着く。

 



 「どうだ、これもいい映画だろう!」


 「観ての通り、松五郎というのは学が無い。小学校さえ満足に通えなかった人間だよな。だけどどうだ、あの純心は! 素晴らしいだろう」


 「なんで松五郎は奥さんと結婚しなかったの?」

 ハーが真っ赤な目で問う。


 「そこだよなぁ。この映画で最も重要なことは、ハーが今言った部分だ」


 「恋の至極を尋ぬれば、忍ぶ恋こそ真なれ」


 「これは、『葉隠』という武士道の哲学書に書かれている言葉だ。意味は、本当の恋というものが、自分が忍んで我慢して、隠して行くものだ、ということだな。分かるか?」


 「ちょっと分かりません」

 亜紀ちゃんがそう言った。


 「そうだな。今は恋愛至上主義といって、恋愛が非常に素晴らしいことで、恋愛して男女が付き合って好き合っていくことが、幸せの最高の状態だと思われている」


 「違うんですか?」


 「違うんだよ、参ったか!」


 みんながまた笑う。


 「もし、男女が付き合わなければダメなのであれば、ほとんどの恋愛は失敗になる。ルー、もし便利屋に付き合ってくださいって言われたらどうする?」

 

 「え、ちょっとイヤ」

 済まない、便利屋。


 「だったら、好きになった便利屋は人生失敗だ。まあ、あいつはいい男だから、いつかステキな彼女もできるかもしれないけどな。多分、もしかしたら、ひょっとしたら、何かの間違いがあれば、な」

 爆笑する。


 俺は自分の経験を話してやった。


 「俺はなぁ。小学校から高校まで、ずっと一人の女の子が好きだったんだよ。もう、自分でもどうしようもないほどにな」


 「その人とどうなったんですか?」


 「何もねぇ」

 また爆笑される。


 「本当に好きだったんだよ。でも、その子の前に出ると、もう一言も口がきけねぇの。緊張して、動けなくなるんだよ」


 「ええ、じゃあ告白とかは?」


 「できるわけねぇ。ああ、俺も子どもだったから、付き合いたいとは思ったんだよ、百万回くらい」


 「ラブレターなんかも書いたの。それを出そうとすると、もうダメなんだよ。ポストの前で破り捨てたり、食っちゃったりしたよなぁ」


 みんなが笑いっぱなしになる。

 そんなに面白いかよ。


 「8年間くらいか。一度だけ、話をしたことがある。中学の時に、俺がずっと学年一番の成績だったんだよな。それで、合う時にテストの結果が廊下に張り出されてて、見てた俺の後ろに、その子がいたんだ」


 「「石神くんって、いつも一番よね」って。そう言われて「うん」って俺が言ったの。それだけよ」


 大爆笑になった。


 「小学五年生の時か。夏休みに学校のプールを地区ごとに子どもたちが使ってたんだな。俺とその子は違う地区だったから、一緒にはならなかった。それで、夏休み明けに、クラスの男子が、その子にプールで悪戯したって話してたんだよ。水着から手を入れたって。聞いた瞬間に、そいつを窓から投げ捨てたのな」


 「「「「えぇー!」」」」


 「四階からなぁ」


 「じゃあ、殺しちゃった……」


 「いや、丁度下に池があって、ほとんど無傷だった」

 みんなホッとした。


 「その子は、タカさんが好きだって、知ってたんでしょうか」

 「まあなぁ。俺は告白はしなかったけど、誰が見てもなぁ」


 「無法松もそうだったんだよ。好きでしょうがねぇのに、告白できないんだ。でも、俺と違うのは、その理由がもの凄く美しい、ということだな」


 「亡くなった大尉への気持ちですか?」


 「まあ、それも当然ある。でも、それ以前に、自分のような者が、という意識だな」


 「ああ!」


 「学がねぇ、喧嘩三昧、おまけに酒呑みでしがない人力車夫よ。とても釣り合わないと思ってる。だからいいんだよな」


 「あの「自信」の話ですね!」

 「そういうことだ」


 「ずっと、最初からそう思っている男だから、あの美しさよ。みんな、最後に松五郎の遺品を見て泣いただろ? それは、そこに松五郎の美しさがこもっているからだよ」


 皇紀がまた呻いて泣いた。


 「あんなに美しい人間は、日本でも、世界でも滅多にいない。本当にいい男だよなぁ」


 「でもかわいそう」

 「悲しいです」

 双子がまた涙ぐむ。



 「うん、松五郎のために泣いてやれよ」


 「じゃあ、今日はこれでお終いな。早く寝ろよ!」


 「「「「ありがとうございました!」」」






 ちょっと皇紀が心配になった。

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