花岡流暗殺拳 Ⅲ
老人は無言で近づいてくる。
「あ、おじいちゃん」
栞がそう言ったのが聞こえたが、俺は近づいてくる老人から目が離せなかった。
殺気が迸っていた。
老人は途中で駆け出し、俺に飛び蹴りを放つ。
咄嗟に俺は蹴り足を左手で跳ね上げると、そのまま足が巻き付いてきた。
俺は右手で老人の股間に掌底を。
両手で掌底は防がれたが、俺は身体を捻り、老人の身体ごと床に叩きつけようとする。
両手で受身を取ろうとするのを見る前に、もう一度股間へ右手を伸ばした。
老人は絡めた足をほどき、床を転がりながら、距離を取る。
コンマ数秒判断が遅れたら、俺の左腕は粉砕されていただろう。
老人は一呼吸置いて、俺に高速の拳を放ってくる。
俺は軌道を見て、顔を振って拳を受け流す。
「ほう、「流れ」か!」
そのまま右手を老人の顔へ。
手を広げ、指で眼球を狙う。
「「絶花」が使えるか!」
のけぞりかわされると同時に、老人は右手で俺の脇腹に鋭いフックを。
俺は左腕でそれを受け流しながら、老人の身体へ密着させる。
「なに、「無間」!」
俺と老人は互いに額を打ち鳴らす。
もの凄い音がした。
同時に俺は上から右手を老人の肩へ肘を。
老人は右手を俺の肝臓へ打ち込む。
俺の肘は身を捻った老人にかわされ、俺は離れた身体を追って密着させ、老人の右手は俺の背中を抜けた。
かすった背中から、妙な振動が伝わった。
俺の体勢が有利だった。
僅かに跳んで身を捻った老人は、俺にそのまま押され倒される。
老人が足を上げ、その身体が床につく僅かな間、俺は右脚で老人の尻を蹴る。
もの凄い勢いで、老人の身体は背中で滑りながら、道場の壁に当たって止まる。
「そこまで! そこまでだから! もうやめてぇ!!」
栞が大声で叫んだ。
「おじいちゃん、もうやめて! 石神くんも、そこまで!」
老人は立ち上がり、ゆっくりと俺に近づいてくる。
両手を上に上げている。
「分かった、もうここまでじゃ! 急に悪かった!」
子どもたちが泣いていた。亜紀ちゃんまで大泣きしていた。
栞が駆け寄り、みんなを抱きしめながら宥めた。
「じじぃ、殺すぞ!」
「はっはっは! これはなんということじゃ。お前、何者なんじゃ?」
俺は笑顔になり、右手を差し出す。
「いや、驚きましたが、大変にいい勝負でした」
老人もにこやかに近づき、俺の右手を握り、握手を交わした。
「急に襲ってすまんかった。つい、年甲斐もなくはしゃいでしまいましたわ」
その瞬間、俺は左の拳を老人の頬に放つ。
老人の口から入れ歯が飛んだ。
「もう! 本当にやめて!」
十分後、子どもたちも泣き止み、老人は床に土下座をしている。
俺は立ったままだ。
「申し訳ない!」
栞が隣に座って、同様に土下座をしていた。
「道場で栞が型を教えるというから、覗きに来たんじゃ」
「そして、あんたと栞の組み手を見た! 見た瞬間に、もう身体が止まらんかったわ!」
そう言って老人は高らかに笑う。
冗談じゃねぇぞ!
「石神くん、本当にごめんなさい! うちのおじいちゃんで、花岡斬です」
名前まで物騒なじじぃだ。
そこへ、先ほどの雅氏と、恐らくは母親らしき女性が道場に慌てて入ってきた。
二人とも栞に並んで土下座をする。
「親父の気迫を感じて、妻と飛んできました。止めなければと思っていましたが、間に合わず申し訳ない!」
子どもたちはまだ震えている。
「栞!」
「は、はい!」
「ナイフかドスはあるか? 無ければ出刃包丁でもいい。俺たちがここにいる間、持たせてもらう!」
「え、は、はい!」
「じじぃ!」
「はい!」
「今度少しでも殺気を感じたら、遠慮なくぶち込むからな!」
「おう!」
俺は先ほどかすった背中の痛みを感じていた。
何だったんだ、あれは。
刃物じゃなく、銃が欲しかった。




