花岡流暗殺拳
翌日、俺は荷物をハマーへ積み込み、出発する。
皇紀が助手席に座り、他の三人は後ろのシートだ。
「花岡さんの実家は群馬だから、3時間くらいかな」
ゴールデンウィークも三日目なので、それほど道も混んでいないだろう。
俺は6日、亜紀ちゃんたちは1週間の連休だった。
最初は騒いでいた双子も、いつの間にか寝ている。
群馬の高崎市内に栞の実家があるが、恐らく昼過ぎには着くだろう。
どこかで食事をしてから、伺おうと思っている。
「ずい分静かになったな」
亜紀ちゃんに話しかける。
「院長先生たちがいらして、はしゃいでましたからね」
「よく喰ったしなぁ」
皇紀も一緒に笑った。
「ああ、皇紀。「鍋の恩は忘れねぇ」とか言ってたぞ」
「え、いや別に」
「お鍋の恩ってなんですか?」
「亜紀ちゃんがあまりにも激しく食い荒らすんで、皇紀が院長の前に肉を置いてくれたんだよ」
「えぇー! そんなことありましたっけ?」
人格変わるからなぁ。
「そういえば、前に院長とお前らが鍋を凄まじく喰うって話をしたんだよ」
「そんなぁー」
「結局、医を極めた院長にも分からねぇ。謎。特に双子な」
みんなで笑う。
「でも、真面目な話。お前らって鍋とかになると異常に喰うんだよな」
「そうでしょうか」
俺はLD50の話をしてやった。
「LD50というのは、「Lethal Dose」の略で、実験動物の50%が死ぬという毒性検査の指標なんだ。いろんな方法があるんだけど、例えば100匹のラットに砂糖だけ食べさせて、 一週間後に50匹が死んだ。そうしたら、食べた砂糖の量とラットの体重、そして時間なんかを統計的に処理するんだよな」
分かってないかもしれないけど、話を進める。
「そうやって、体重一キログラムあたりに、どれだけの砂糖が毒になるのか、という値が出てくる」
「砂糖も毒なんですか?」
亜紀ちゃんが聞いてきた。
「もちろんそうだ。米だってLD50の値はあるんだぞ」
「えぇー!」
「まあ、俺が言いたいのは、LD50の実験では胃に一杯の量を入れることが多いんだ。で、双子が食う量って、その胃の限界を超えてるんだよ」
「え?」
「あの小さな身体で、二時間の間に6キロの肉を喰うなんて、ありえないんだよな。胃の容量を超えている。LD50の実験なら、ラットの胃が破裂しちゃうよ。でもルーもハーもなんともないだろ?」
「言われてみれば」
「「食べすぎ」というのは、大人だってあるよ。でもその場合、口から戻すか、下痢になって素早く体内から出そうとするのが身体の機構だ。俺も注意深く見ていたけど、まったくねぇ。どうしたことだ?」
段々と亜紀ちゃんも皇紀も、その異常さが理解できたようだ。
「まあ、楽しく喰って上機嫌だから、俺も放置してきたけどな」
「そういえば、私も皇紀も、これまで普通だったと思うんです」
「ほんとかよ」
「ほんとですよ! でも、石神さんの家で美味しいものを食べるようになってから、自分が何か変わったようなことがあるんです。特にお鍋とかになると、引っ張られるような」
俺は笑って聞いていたが、亜紀ちゃんは何か重大なことを話したように感じた。
それにしても、俺のせいなのか?
その後、皇紀の女がどうなったのかという話などをしているうちに、俺たちは高速を降り、高崎市内に着いた。
あまり食事する店もないだろうと、駅前に行く。
幸い、駅の近くに美味しそうな洋食屋があり、そこで昼食をとった。
一人一人前だ。
普通なんだよなぁ。
俺たちは店を出て、亜紀ちゃんに栞に電話をさせた。
ナビに道順は出ているので、もうすぐだと伝えてもらう。
人知れず長い年月隠されてきた暗殺拳の家系。
どんな家かと思ったが、でかい道場だった。
巨大な板張りの正門があり、4メートルはある高い塀。
「でっかい……」
双子が圧倒されていた。
すると、正門の横の小さな戸が開いて、子どもたちがゾロゾロと出てきた。20人ほどもいただろうか。
その最後に栞が出てきた。
道着を着ていた。
「あ、石神くん!」
「どうも、こんにちは」
「しおりせんせー、ありがとうございましたぁー!」
子どもたちが一斉に挨拶し、走って行った。
「しおりせんせー、こんにちは」
「やだ、もう!」
車の入り口を教えてもらい、俺は裏手に回る。
正門の看板には
『現代合気道 花岡流 初心者・子供大歓迎!」
と書かれていた。
暗殺拳は?




