能力は、二次関数で
みんなで食後のお茶を飲んでいる。
子どもたちが他愛のない話をしている中で、俺は切り出した。
「最初に話した通り、みんなには学年でトップクラスの成績を出してもらう。そのために昨日は教材を配ったよな」
俺は紀伊国屋で大量に買い込んだ参考書、問題集を子どもたちに配った。
俺の提示する勉強法はいたってシンプルだ。
要は問題集をしこたまやり込むことだけだ。
参考書は最初に軽く一通り読む。
分かっても分からなくてもいい。
とにかく文字を追うつもりでいいから、最後まで読む。
それからもう一度読む。
そこでもまた、分からないことがあっても構わない。
そうやって二度読んだら、あとは問題集をガンガンやっていくだけだ。
亜紀ちゃんと皇紀は大丈夫だろう。
問題は双子の瑠璃と玻璃だ。
まだ小学二年生だから、集中力がない。
無理に勉強をさせようとすると、精神的に辛くなってしまう。
俺は亜紀ちゃんに相談し、みんなで食堂のテーブルを使って勉強をしてくれないかと頼んだ。
人間の能力、人間そのものと言ってもいいが、それは「日常性」にある。
つまり、その人間ができて当然と思っているものが能力であり、これが当たり前と思っているものがその人間そのものだ、ということだ。
昔の上流階級は子どもの頃から、その日常性を高めて教育をほどこす。
だから優秀な人材が育つのだ。
明治時代に西洋と莫大な格差ができていた日本がたちまち追いついたのは、武士階級という超英才教育を施された層が国の中心を担っていたからだ。
俺が考えたのは、勉強を当たり前にこなす姉、兄の姿をみて、双子も勉強を当たり前に受け入れるという日常性を求めたということだ。
それに、分からないことを遠慮なく聞ける相手がいることは良い環境だ。
それと、上の姉兄たちも妹たちの手前真面目にやるだろう。
この勉強法は成功だったと言える。瑠璃も玻璃も懸命に自分の毎日のノルマをこなすようになった。
「亜紀ちゃんは二次関数を知っているよな」
勉強中の子どもたちに向かい、俺は亜紀ちゃんに言った。
「はい、知っています。「Y=aX二乗+k」ですよね」
「その通りだ。一次関数はだから「Y=aX+k」というものだよな」
小学生の皇紀と双子は分かっていない。
俺はこないだ用意したホワイトボードにその式を書いた。
「じゃあ、皇紀。365頁の本があったとして、これを一年間で暗記するにはどうする?」
皇紀は立ち上がって答える。
「毎日1頁を覚えていけばいいと思います」
その理屈は双子にも分かったようだ。
「そうだな。そうすれば一年は365日だから、丁度暗記できるわけだ。だけどなぁ、現実的にはそれではダメなんだよ」
「「「「?」」」」
「人間の能力の向上というのは、二次関数なんだよ」
小学生の三人のために、俺は二種類の関数グラフを描いてやった。
「この一直線に右上がりになっていくのが、一次関数というものだ。そして最初はゆるいけど、どんどん尻上がりに上がっていくのが二次関数というものだ」
俺は簡単に数字を代入してよく分かるように示してやる。
「現実に今言ったように本を暗記しようとして、等分にやっていくと最初でつまづいて、結局できなくて終わってしまうことが多い。だから最初は「絶対にこれならできる」という量だけやることが重要なんだ」
「「「「!」」」」
「簡単なことなら続けられる。でも、そうすると決まった期間でやり遂げることはできない。でも安心しろ。人間の能力はどんどん高まっていくんだからな!」
双子のために、グラフをもう一度たどってやる。
「いいか。毎日、一行だけ暗記するのなら何とかなりそうだろ? そういう時期がこのグラフの最初の方なんだよ。だから最初のうちは実績が少ない。だけどなぁ、ちょっと時間がたつと、ほんの少しもっとできるようになる。毎日2行か3行暗記できるようになっていくんだよな」
「数週間は1行。での次の数週間は2行。そして二ヵ月後には1頁。そして半年後には数十頁が無理なく暗記できるようになってくる。そうすると一年間の予定だったのが、8ヶ月とかで完了してしまうことも多い」
双子が喜んでこの二次関数の現実を受け入れた。
もちろん、喜ぶようにちょっと大げさに当てはめたんだが。
「俺がみんなに提示した「最初は」という量は、この二次関数の曲線に沿ってのことなんだ。だからこの後はみんなの余裕を見て、ちょっとずつ無理ない範囲で量を増やしていく。この「無理がない」ということが重要なんだよな」
みんなを見回して、続ける。
「俺はみんなにトップ10に入れと言った。それはみんなが真面目にやってくれれば、必ず達成できるものなんだ」
「「「「はい!」」」」
「それからなぁ。これは段々と分かっていくことだけど、勉強は楽しいものなんだぞ」
子どもたちは、またちょっと不安そうな顔をした。
「勉強の本当の面白さというのは、与えられていない領域に踏み込んでからだけどな。「やれ」と言われた範疇だけやっていては、人間はただの奴隷だ。自ら範囲を超えていくことが、楽しい人生になるコツなんだよ」
「それは「運命への愛」というものですね!」
亜紀ちゃんが言った。
俺は笑って、そうだと応えた。
「何ですか、運命への愛って?」
皇紀が聞いてくる。
俺は亜紀ちゃんに説明を任せる。
人間というのは、他人に教えることでより思考を浸透させる性質があるからだ。
亜紀ちゃんは説明が上手い。
瑠璃と玻璃にも分かりやすく、俺に聞いた話を説明していった。
亜紀ちゃんの説明が終わり、俺はまた子どもたちに言った。
「学校の勉強は俺が話した方法で簡単にできる。だけど人生で重要なことは、学校では教えてくれない」
「僕はそういうのを勉強したいです!」
皇紀が言った。
「エッチなことじゃないぞ?」
「分かってますよ!」
「ほんとに?」
俺は皇紀の頭を撫でてやる。
「それでだなぁ。今日は金曜日だ。これから毎週金曜日は、地下の音響ルームで映画鑑賞をみんなでするぞ」
理由は分からないだろうが、みんな喜んでくれた。
地下の部屋はまだみんな使ったことがないからだ。
「じゃあ、7時までに勉強を終わらせるように。あと1時間だな。7時に地下へ集合だ!」
みんな必死で問題集に取り組む。
最初に見せる映画はもう決めている。
栄えある第一回石神家映画鑑賞は『蒲田行進曲』にする。
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