16キロは、消えました。
まず、静子さんが大量の食材に驚く。
「これ、いくらなんでも作りすぎじゃない?」
「ご心配なく」
鶏肉は16キロ買った。
そこから鳥団子が200作られている。
俺は日本酒がお好きな静子さんのために、山田錦の「光明」を用意した。
冷酒で飲んでいただく。
院長は酒は一切飲まない。
配置は最も鍋に近い俺の両側に院長と静子さんを。
院長側は皇紀と亜紀ちゃん。
静子さん側はルー、そしてハー。
「あの、石神さん、ハーちゃんをもっとお鍋のそばにしてあげて」
「ご心配なく」
鍋に火を入れる。
すでにある程度温めていた出汁汁は、すぐに煮え立つ。
俺は食材を投じ、子どもたちに言う。
「いいか、お前ら! 今日は俺にとって最重要のお二人をお招きしているんだ」
「はい」「へい」「おす」「うす」
「絶対に、お二人が掴んだものには手を出すなよ! それとハー!」
「うす」
「絶対に二人の箸をへし折ったらダメだからな!」
「うす」
「ルー!」
「おす」
「奥様へのボディアタック、パンチ等の攻撃は絶対にするなよ!」
「おす」
「亜紀ちゃん!」
「はい」
「皇紀への攻撃は許可する」
「分かりました」
院長夫妻は何事かと俺を見ている。
「状況を見て、ダメなら俺が境界線を作りますので。最初は驚くでしょうが、早く慣れてくださいね」
食材に火が通ってきた。
「それでは、いただきます!」
「「「「「「いただきます」」」」」」
いきなり亜紀ちゃんが殺りに来た。
こいつ、菜ばしを持ってやがる。
するとハーが亜紀ちゃんの領域を外しておたまで掬っていやがる。
「おい、特殊兵装は禁止だ! すぐに普通の箸に変えろ!」
「「チッ!」」
院長夫妻が口を開けている間に、見る見る肉が消えていく。
俺は手早く次の肉を投入し、しばらく待てと告げる。
そして状況を見て、キッチンの出汁スープの入った寸胴に火を入れ、肉を予熱しておく。
いつもよりペースが速そうだ。
「石神、驚いた……」
「まあ、これからですよ」
俺が食べてもいいと合図すると、箸を伸ばした皇紀が亜紀ちゃんのパンチでのけぞる。
ルーとハーが早くもつかみ合いを始めた。
俺は双子の頭に拳骨を落とし、引き剥がす。
皇紀は放っておく。
あとは寸胴から肉を掬い、鍋に投入。
合間にご飯のおかわりを減りを見て俺がよそっていく。
お二人は唖然としていたが、そのうちに箸を伸ばすようになった。
何とか食べれているようで、安心する。
静子さんが、おかしそうに笑っている。
「ああ、こんなに楽しいお食事は久しぶりよ」
「あ、言い忘れてました。鳥は名古屋コーチンです」
「そうなの、じゃあ私も一杯頂かなくちゃ!」
どんどん食材が消えていく。
院長は必死の顔で食べていた。
右奥の亜紀ちゃんに、油断すると全部持っていかれるからだ。
皇紀が時々、鳥団子を院長のそばに持って行ってやる。
そのたびに、院長は顎を下げて礼をしていた。
「このお酒も美味しいわねぇ」
「そうですか。じゃあ、俺もちょっといただきますね」
俺は静子さんに出したのと同じ江戸切子のグラスを出してくる。
静子さんが、俺に注いでくださった。
軽くグラスを鳴らす。
二時間ほどで、食材が大体終わった。
肉は全部片付いた。
俺が雑炊の希望を聞くと、流石にお二人は遠慮された。
「ああ、楽しかった! 本当に元気な子どもたちねぇ」
「うん、俺もどこに入ったのかわからん」
そう言いながら、院長は双子を見ていた。
「奥さん、すごいでしょう? 鍋をやるとこうなんですよ、いつも」
「まったくねぇ。私もつい、つられて一杯食べちゃったわ」
俺は二人にお茶を煎れた。
「石神くんも、よく食べてくれてたけど、この子たちには及ばないわねぇ」
「そうですね。奥さんの料理はどれも本当に美味かった」
「そういえば、一度泣いちゃったこともあったわよね!」
「え、何を言うんですか」
「ほら。お母様が亡くなった後で」
「ああ、やめてくださいよ」
お袋は68歳で脳腫瘍で死んだ。
奇跡的に、腫瘍で苦しむことなく、静かに息を引き取った。
葬儀が終わって数日後、俺は院長に家に呼ばれた。
静子さんが、たくさんの手料理を作って待っていた。
「おい、石神、腹いっぱい食べろ」
「そうよ、石神さんが好きなものを全部作ったからね」
カレーにシチュー。肉じゃがに芋の煮ころがし。オクラのわさび和えに冬瓜のそぼろ和え。その他、その他。
俺は最初の一口から、涙が流れた。
「石神、お前、「天涯孤独です」なんて言ってたけどな。バカだな、相変わらず。いつでもここに来いよ。俺たちがいるんだからな」
「そうよ、いつでも好きなものを作ってあげるからね」
目の前の料理が見えなかった。
静子さんが優しく、俺の頭を抱いてくれた。




