思い出したよ。
事故的要素もあったが、一江たちは一週間の停職となった。
「石神、お前の監督不行届きだぞ、これは」
「申し訳ありません」
今回は、俺も反省している。
全員が俺の部下と関係者だ。
しかも五回目だ。
言い訳のしようもない。
さらに、病院内で全員が要職、重要な役目を持っている。
一江と大森は俺の第一外科部のトップだし、栞は薬剤部の中心的人物だ。役職は副部長。六花は、もちろん響子の専任看護師だ。
そういった状況を鑑みても、今回の失態は隠して収めることは出来ない。
医療従事者が集まって、集団食中毒などありえない。
これが外食でのことであれば、問題はない。
しかし、自分たちで調理してのことでは、大問題だ。
医師、看護師は、当然のこととして食中毒の専門的知識がある。
それにも関わらず、ということが大問題なのだ。
普通の勤め人であれば、笑い話にもなるのだろうが。
「四人は一週間の停職と減給。石神、お前は減給と始末書だ」
「分かりました」
栞は薬剤部長から、六花は一応小児科長から処分を言い渡された。
一江と大森は、俺の部屋で。
俺は滅多に降ろすことにない窓のロールスクリーンを降ろし、処分を伝えた。
バシン、バシンと肉を殴る大きな音がし、一江たちは顔を腫らせ、口からちょっと赤いものを流しながら、部屋へ戻る。
今日から、あのむかつく顔をしばらく見なくて済む。
ロールスクリーンを引き上げると、こっちを見ていた部下たちが、一斉に視線を戻し、仕事を始める。
なんか、面白くねぇ。
「なんか、壁にぶつかってたよね?」
「おい、大森、大丈夫かよ?」
「ちょっと処置室へ行こうぜ」
小声でコソコソと聞こえる。
「お前ら! 余計なことをするな!」
「ヒィッ!」
おとなしくなった。
さて、困った。
今日から一江と大森がいねぇんじゃ、スケジュールを見直さなければ。
俺は斉木を呼んだ。
取り敢えず、一週間のオペのスケジュールを確認させ、その他各科との連携、学会の有無、その他の細かい打ち合わせをする。
一江が資料をまとめてくれていたので、その辺はスムーズにいった。
問題は幾つかのオペだ。
一江と大森に任せるつもりだったものは、主に俺と斉木で賄うことになる。
「部長、このオペはちょっと私では……」
「情けないことを言うな。お前だってベテランなんだぞ?」
「はぁ」
しょうがねぇ。本人がビビっているものは俺がやるしかねぇ。
俺には響子の世話もある。
あのワガママ娘は、俺と六花以外に裸を見せねぇ。
俺がしばらく風呂に入れるしかない。
食事も、六花がいないと「食べたくない」なんて言う。
しょうがねぇ。
あの方に頼んでみるか。
幸い、俺の機嫌が悪いので、部下たちはいつも以上に真剣に働く。
ミスでもすれば、えらいことになるのを分かっているのだ。
まあ、緊張のあまりにミスする奴もいるのだが。
斉木もなんとか、難しいオペをこなしていく。
最初は緊張しきりだったが、次第に落ち着いていった。
響子の食事には、一之瀬さんに来ていただいた。
最初は知らない人物相手に響子も戸惑っていたが、一之瀬さんは響子のことを一目で気に入ってくれ、愛情をもって世話をしてくれた。
一応スタッフではなく、見舞い客としての立場だ。
だから支払いは俺の私費だ。
一之瀬さんの会社を通しては病人の世話は受けてもらえないので、俺が個人的に頼んだ。
「石神先生のためですから、お金は要りません」
そう断られたが、俺は無理に渡した。
昼食と夕食をお願いした。
朝食は別な看護師にやらせた。
「タカトラ、一之瀬さんはすごく優しいの」
響子が話す。
一之瀬さんは、響子の状態をすぐに把握し、無理はさせないのはもちろん、必要なことはすべて覚えて世話をしてくれる。
「無理」というのは、響子にとって非常に繊細だ。
普通の病人なら、例えばベッドに起き上がっていることはなんのこともない。
疲れたら自分で寝るだけだ。
響子の場合は違う。
響子は自分で辛い、と感ずる感覚が麻痺している。
だから付き添いの人間が響子の体調を把握し、その前に止めなければならない。
一之瀬さんは、それがすぐにできるようになった。
響子は昼食の後で眠る。
その間に一之瀬さんは食事をする。
俺はそのタイミングで、一之瀬さんと一緒に食事をした。
「響子のことを、本当にありがとうございます」
「いえいえ、響子ちゃんは本当に可愛らしくて、私も楽しいです」
「あの先生、こないだは翼のお墓にステキなお花を、ありがとうございます」
俺は翼の月命日には墓へ寄っている。
先日は、ちょっと思いついて、墓花を生花のようにアレンジした。
時間帯が違うので、一之瀬さんとはあまり墓前で会ったことはない。
しかし、同じ日に一之瀬さんも行っているだろうから、俺の生けた花を見たのだろう。
「ああ、ちょっと思いついて、たまにはいいだろうと」
「本当にステキな生花でした」
「先生」
「なんだよ?」
「みんな花を持ってきてくれるんですけど、僕は興味がないから、申し訳ないんです」
「ああ、そうか」
俺は時間があったので、見舞い客用の花鋏で、花瓶の花と、外から枝を少し切ってきて生けた。
ガーベラと横に広がる枝とで、結構いい感じに仕上がった。
「先生、スゴイ! なんかカッコイイです!」
「そうかよ。まあ、喜んでくれて何よりだ」
「石神先生って、なんでもできるんですね!」
「まーなー! アハハハ」
俺たちは一緒に笑った。
思い出したよ。
すまんな、あの時お前が褒めてくれたのに、忘れていたよ。
またたまに生けてやるからな。




