大精霊ヘンゲロムベンベ・タテ・シーナロケッツ
「院長、どうぞこちらへ」
俺は2階の衣装部屋へ連れて行った。
茶も出さねぇ。
俺は院長に、LLサイズの衣装を渡す。
「石神、なんだこれは?」
「子どもたちに、精霊の力を与える、ということになってます?」
「それで?」
「院長に、その精霊になっていただきます」
「あんだと!」
「院長、急いでください。子どもたちが早く始めたがってて」
栞がタイミングよく呼びに来た。
「花岡くん! ちょっと待ってくれ、今石神と」
「院長、お願いですから、急いで!」
「わ、分かった、すぐに行く」
ちょろいわ。
院長は俺の用意した、背中に羽のある白い貫頭着を来た。
足は汚いので、白いタイツを履かせる。
ダメだ。
インパクトがスゴ過ぎる。
俺は身をよじりながら案内する。
「ど、どうぞ……こ、こちらへ」
階段を降り、用意してあった白いサンダルを履かせて外に出た。
俺は後ろを振り向かない。
栞は先に子どもたちの方へ行ったようだ。
「ああ、お待たせ。お連れするのにちょっと苦労してな」
みんなが目を丸くしている。
「こちらが、大精霊ヘンゲロムベンベ・タテ・シーナロケッツ様だ」
「「ブフォッ!」」
栞と亜紀ちゃんが堪らずに噴出す。
笑いを堪えるのに必死で、ついには背中を向ける。
皇紀は唖然として固まっている。
双子は目を細めて、疑い深そうな顔をしている。
「お前ら、ちょっと失礼な態度だけど、このヘンゲロムメーチョ」
「石神くん、名前違ってる! ヘンゲロムベンベ・タテ・シーナロケッツ、グフゥッ!」
栞は最後まで耐え切れなかった。
「ああ、申し訳ありませんでした。ヘンゲロムベンベ・タテ・シーナロケッツ様」
院長がものすごい目で俺を見ている。
ただでさえでかいギョロ目が、血走って迫力がすごい。
「この方はただの精霊ではありません。精霊王のご親戚の大精霊様なのです。今日はわざわざルーとハーのために、特別なゲートを通って、うちに来て下さいました。拍手!」
みんなが拍手をする。
双子はまた目を細めて睨んでいる。
「では、早速始めましょう。ヘンゲロムベンベ様はゲートの関係で、短い時間しかいられません。じゃあ、花屋さんで言われた通り、土に指を差して、穴を作ってください!」
双子は待ってました、と小さな指で穴をつくる。
「じゃあ、種をその中に落として。そーっとな!」
真剣な顔で、亜紀ちゃんから受け取った小さな種を入れる。
「それでは、ヘンゲロムベンベ・タテ・シーナロケッツ様、お願いいたします」
院長は俺を睨みながら花壇へ行き、両手の指先を穴にかざした。
「ああー! 青い光が出てるよ!」
「ほんとほんと、すごいよー!」
双子が突然大騒ぎした。
院長は咄嗟に俺を見て、信じられない、という顔をした。
院長の不機嫌は吹き飛び、すべての種に光を当て、そのたびに双子が興奮した。
「タカさん、これはどうしましょうか?」
亜紀ちゃんがスイカの種を出して聞いてきた。
花屋さんが、これもどうぞ、とサービスでくれたのだ。
なんでも、小さなスイカができるのだという。
「ダメで元々のつもりで、ね」
育てるのが難しいのだろう。
俺はそれを亜紀ちゃんにやらせ、院長に頼んだ。
「スイカか。じゃあ特別に力を入れるかぁ」
初めて野太い声で言った。
院長は気を集中させ、両手を一度打ってから、スイカの穴に掌を重ねて当てた。
背中の羽がフヨフヨと動いていた。
「ああぁー!! 花壇全体が光ってるぅー!」
双子が叫ぶ。俺たちには何も見えない。
院長は満足そうに笑った。
「ゲロオヤジって思ってごめんなさい!」
「ゴリラじゃん、って思ってごめんなさい!」
双子が必死で謝っていた。
俺は一瞬呆然としたが
「ああ、もうこんな時間だ。ヘンゲロムベンベ・タテ・シーナロケッツ様、急いでゲートに戻らないと!」
俺は院長の手を取り、ベンツに乗せてすぐに出た。
「おい、石神! 俺の服が!」
「あした病院へ持っていきますよ!」
「お前、このまま帰ったら!」
俺は無視して院長の自宅まで送る。
玄関で奥さんが出てきて、大笑いして腰を折る。
「あなた、その恰好は……!」
「お前、これは石神の……」
「ウフ、ハハハ! 勘弁してください、死んでしまいます」
「じゃあ、私はこれで! 奥さん、今度是非ご一緒にうちへ遊びに来てください!」
「おい、石神、待て!」
「分かりました、必ず! 今日は本当にありがとうございました!」
「ありがたくねぇ! おい石神、待て!!!」
俺は猛然とドアに手をかけようとする院長を振り切り、ベンツを発信させた。
V8のエンジン音の間に、張り裂けそうな呼び声が聞こえた。
二月後、ガウラは3メートルを超えて咲き乱れ、クレメオは七色の花弁を広げた。




