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星の家族:シャルダンによるΩ点―あるいは親友の子を引き取ったら大事件の連続で、困惑する外科医の愉快な日々ー  作者: 青夜


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吉田教授

 名古屋市内に入り、俺はナビに従って大学へ向かった。


 大学の敷地内の駐車場に車を入れ、医学部の受付へ向かう。

 名前を告げると、すぐに案内された。


 「石神先生のお名前は存じております」

 案内の女性に言われ、あらためて俺たちは挨拶をする。


 「それにしても、ずい分とお綺麗な方ですね」

 また六花が褒められる。


 こいつは、こういうのを何万回もスルーしてきたのかよ。





 吉田教授は、俺よりも一回り上の年代だった。

 研究畑で過ごしてきた人間独特の、知性と落ち着きを感じた。


 「最初は気付かなかったのですが、あの石神先生だったんですね。失礼しました」

 「とんでもありません。まだまだ修行中の身で、吉田先生のご高名には到底及びません」


 

 またしても六花が綺麗だという言葉が出て、俺たちは早速吉田教授に質問をしていく。


 「僕の論文を読んで下さっているということですので、その前提でお話しします」

 

 俺が吉田教授に聞きたかったのは、ガン患者の術後の経過についてだ。



 俺自身もこれまで結構な数で経験はしている。

 自分なりに研究もしてきた。


 しかし、専門に研究をされてきた吉田教授の見識は、遙かに高かった。




 「最も重要なことは、患者一人一人が全部違う、ということです。私も若い頃には共通する因子的なものを見つけようとし


ましたが、ここまで研究してきて、やっとそれが間違いであることを理解しました」

 「なるほど」


 「もちろん、データの積み上げは有用です。しかし、そこから外れるものがある、という前提で動かなければ、最良の治癒


には至りません」


 俺は言葉を選んで言う。


 「かなり特異な現象がある、ということですね」

 「その通りです」


 俺が吉田教授の論文で興味を持ったのは、それだった。

 あるガン患者の事例をまとめた論文だった。


 「論文に書かれていることは、すべて事実です。そして、書かなかった事実もあります」


 「吉田先生は、常識を覆すもののことに触れようとされていたように感じました」


 吉田教授は、上着からタバコを取り出した。

 「構いませんか?」


 「どうぞ、ご遠慮なく」


 ジッポのライターで火を点け、深く吸い込んだ紫煙を吐く。




 「16歳の少女でした。石神先生の患者と同じ、スキルス性のガンです」


 「幸いに肺の一部で早期に発見され、切除して終わりました。予後の経過は順調なはずでした。しかし思いも寄らない減少


が現われたのです」


 話は核心に迫っていく。



 「患者の回復に、極端な幅があったのです。最初は非常に思わしくなかった。しかし一ヵ月後に劇的に快癒に向かった。そ


して退院を検討していた時に、突然」

 「ガンが再発したのですね?」


 「その通りです」


 六花はメモを取っていたが、その遣り取りを聞いて、ペンを落とした。


 「もちろんすぐに対処しましたので、問題ありません。それでも、抗癌治療は細心の注意でやっていたのに、快癒から激変


したことに、我々はショックを受けました」


 「患者は抗がん剤を使用していたと」

 「はい。○○を使いました。副作用が少なく、比較的効果があると認められる」


 「吉田先生は再発の後で、放射線に切り替えられましたよね」

 「そうです」

 「それは何故ですか?」


 「あの子がそう言ったのです……」


 吉田教授は二本目のタバコに火を点けた。


 「信じてもらえない、ふざけていると思われても仕方がない。でも患者自ら抗がん剤ではなく、放射線治療に切り替えて欲


しいといったのです。その理由も述べました」


 「なんと言ったのですか?」

 「ゲッセマネから声が聞こえた、と」


 ゲッセマネ。その単語をここで聞くとは思わなかった。


 「私はすぐにその言葉の意味を調べました。キリスト教に関わる土地の名前であることはすぐに分かった。でも患者はキリ


スト教徒でもなんでもない。聞いてみると、その意味すら知っていなかった」

 「でも、そこから声が聞こえたと言ったのですね?」


 「はい」




 俺は吉田教授に面会を求める際、治療方針に関して不思議な体験をした、と伝えていた。

 それがきっかけになり、吉田教授は時間をとることを約束してくれたのだ。


 俺も放射線治療を決めた際に、自分の中で声が聞こえたような気がしたのだ。





 「石神先生もご存知の通り、抗癌治療は何がどれだけいいのか、ということが分かっていません。医師の経験によるところ


が大きいと言えるかもしれません。患者に選択させる者もいる」


 「自分が分かってもいないことで、どうして命に関わることが決められるでしょうか。しかし私は、その選択を指定された


。明確な、正しいという保証を持ったものでした」


 医者として、非常に言い難いことを、初対面の俺にしてくれた。

 有難い話だ。




 俺はその後、幾つか免疫に関する質問をし、吉田教授は丁寧に解説してくれた上、必要な資料を送ると約束してくれた。





 吉田教授は話が終わった後も、大学内を案内してくれ、幾つか興味深い研究も見せてくれた。

 

 俺と六花は吉田教授に深い感謝を告げ、大学を出た。

 

 今日は名古屋に一泊するので、ホテルへ向かう。




 六花は、ずっと黙っていた。

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