映画鑑賞:『レオン』(完全版)
皇紀がふてくされている。
毛が生えたチンコを亜紀ちゃんたちに見られ、ショックだったらしい。
別にいいじゃねぇか。
まあ、翌朝はなんでもなかったんだが、俺が
「おはよう、大人チンコ!」
とか呼んだり
「皇紀、毛にはミネラルが大事だからな。たくさんワカメとか食べろよ!」
とか、散々いじった後で、皇紀はふてくされた。
亜紀ちゃんが
「タカさん、なんとかしてください!」
とちょっと怖い顔で言う。
しょうがねぇなぁ。
金曜日の夜。
恒例の映画鑑賞だ。
俺は正月以来、久しぶりに響子を家に呼んだ。
ちょっと子どもたちの視線が最近痛いせいもあった。
夕飯に、特性釜揚げ白子丼を作った。
最近響子が和食に興味を持っているので、そのようにした。
一杯ずつ、俺がご飯をよそり、白子ときざみ海苔とうずら卵とほぐした梅干とちょっとだけわさびを乗せて作った。
おかわりも俺が毎回作る。
希望により、だし汁をかけてやり、子どもたちは大いに食べた。
皇紀も旺盛だ。
「おねがいします!」
とつっけんどんにどんぶりを突き出す。
俺はうずら卵を三つ乗せてやった。
「ありがとうございます!」
みんな風呂に入り、地下室に集合。
「ええー、今日は響子も来ているので、洋画を観ます。『レオン』です」
拍手が起きる。
「あらすじは、殺し屋の話だ。一人の殺し屋が、ある日女の子を助けてしまう、というな。まあ観てくれ」
俺は照明を暗くした。
響子には申し訳ないが、今日も字幕なしの日本語吹き替えだ。
映画のラストで、いつも以上に子どもたちが泣く。
特に双子は大泣きで、亜紀ちゃんが抱きしめている。
皇紀もまだボロボロと涙を零して、小さな声で唸っている。
響子も俺の腹に顔を埋めて泣いていた。
いつもより、照明を戻すのを遅らせる。
「どうだ、いい映画だっただろう」
「「「「はい!」」」」
「映画って、いいだろ? 俺が映画の中に真実があるって言うのもわかるだろう。お前たちがそんなにも泣いたのは、そういうことだからな」
「人間は嘘では泣かないんだよ。本物だから泣くんだ」
「これは、本当にあった話なんですか?」
亜紀ちゃんが手を挙げて言う。
「そうじゃない。虚構だよ」
「でもな、創作されたものだって、「真実」はある、ということだ。要は、人間が普遍的に持っている「崇高」ということだな。それがある作品には、真実があり、涙を流させる、ということだ」
『レオン』は、相当子どもたちに響いたらしい。
「レオンは殺し屋だ。殺せと言われたら、何も悩むことなく相手を殺す。まあ、もちろん殺し屋というのはダメな生き方だけど、「仕事観」としてはちゃんとあるわけだな」
「仕事観ってなんですか?」
皇紀が聞いてくる。
「仕事というのは、やれと言われたことを「やる」ということだ。サラリーマンは、それで給料を貰っているよな」
「まあ、レオンはボスのトニーに騙されてるよな。報酬の大半を言われるがまま、トニーに預けてる。自分は必要な分しかもらってない。でもな、あれでいいんだよ」
「人生は金銭の報酬が報酬じゃないんだ。もっと崇高なことなんだよな」
「それがマチルダとの関係だった、ということでしょうか」
「その通りだ、亜紀ちゃん」
「マチルダを助けることは、1円の得もねぇよな。そればかりか、危険を買うことでもあった。でもレオンはかくまったよ。それは、そこに「崇高」という報酬が在った、ということだ」
「あの二人の温かい日々も報酬だったんでしょうか?」
皇紀が言う。
「その通りだ。さすが大人になるとわかって来るな!」
「もう、いいですよ、それは」
「あれは、お互いがお互いを思い合っている、ということだよな。だから温かいんだ。そこに報酬を投げ合っている関係があった、ということだよ」
「そしてあのラストだよなぁ。レオンの崇高が爆発する。あの姿に荘厳を感じねぇ奴はダメだな。まあみんな感じたようだから良かったよ」
またぐずり出した双子が、俺の言葉で泣き止む。
「あの荘厳を、マチルダはちゃんと受け止めた。絶対に嫌がっていた学校へ通い、レオンの鉢植えを庭に植える。学校の庭だった、ということは、マチルダが絶対にまっとうに生きる、という決意でもあったわけだ。最後の最後まで、いい映画だよなぁ」
片付けて電気を消すと、皇紀が俺に言った。
「本当に、いい映画をありがとうございました!」
「ああ、また来週もな」
「はい!」
ベッドに響子を横たえる。
「ねえ、タカトラ」
「なんだ」
「タカトラは私のために死なないでね」
「なんだよ、それは」
「お願い、ね?」
響子は一緒に横になった俺の首に手を回してくる。
「それはダメだな」
「ダメじゃダメぇ!」
「俺は響子のためなら、いつでも簡単に死ぬ。サクっといくからな」
「ダメよ、ぜったいにダメ!」
俺は笑って響子の頭をなでてやる。
「だって、レオンだってそうしたじゃないか」
「……」
響子は俺に一層抱きつき、唇を重ねてくる。
「それでも、死なないで」
子どもが死を恐れるのは、きちんと成長している証だ。
しかし、響子の場合、別な力も働いている。
それは《カンブリア》であり、恐らくはその向こうの《ゲッセマネ》であろう。
俺を喪うことを、絶対に許さない巨大な力だ。
「響子のお母さんが言ってたよ」
「なんて?」
「俺は絶対に死なないってさ」
響子は眠りにつくまで、俺にキスをしてきた。




