9話 罪悪
「………俺は、記憶を封印してたってわけか」
ずっと思い出せなかった幼少期を、ようやく思い出した。だが、そこにあるのは絶望の記憶だけだ。
突如目覚めた能力。そのせいで、自分の住んでいた国ごと滅ぼしてしまった。後悔は、ない。身体が、本能が、受け入れてしまったのだろうか。人や動物を殺すことに躊躇もしない人間になったのは、慣れてしまったからなのだろう。
だからこそ彼にとって、今目の前にいる男は眩しく輝いて見えた。こいつは俺とは違う人種の人間だ、と。守ってやりたいとも思った。その無垢な瞳の持ち主を。
だが、今は敵同士。それに、過去を思い出したことで封印されていた力が解放されてしまった。もう歯止めは効かない。何人壊そうが、もう関係ない。例えハクを殺したとしても、観客を巻き込んでしまったとしても………
「そうだよ、仕方ないんだ」
「え?」
「今からお前を殺しちゃうかもしれないけど、これは事故なんだ………だから、恨むなよ?」
黒く染まった右手を掲げると、ハクや観客に怖気が走る。禍々しい邪気を孕んだその雰囲気に、皆圧倒されていた。
だが、その雰囲気に呑まれない者が数名いた。観客席で試合を観戦していたSランクの者達である。
「………これは」
「面白いことになってきたね」
「アインにこんな力があったとはね………驚いた」
ハクは身構え、すぐに魔法を放てるよう準備する。どんな力かわからない以上、警戒する他無いのだが。
「コールドスフィア・Σ!!!」
光、闇、炎の三属性を合わせ、絶大な威力と化した波状攻撃がアインに襲い掛かる。
「無駄だ!」
だが、破壊のオーラを纏ったアインには通用しない。触れた先から魔力の残骸となって霧散に、空に昇っていく。
「今の俺には魔法は効かねえよ?もちろん物理攻撃もだけど。文字通り無敵状態ってわけさ」
「くっ………!」
「防いでみろよ………そら!」
オーラが鞭のような形状となり、ハクに向かって放たれる。
「ハク!!!守っちゃだめ!!!避けて!!!」
能力で詳細を知ったミシェルがそれを伝える。もし魔法で守れば、それだけでなくハク自身も崩れてしまいかねないからだ。
ギリギリでかわすものの、地面が大きく抉れているのが分かるほど、威力は大きい。触れた時間がほんの一瞬だったからか、スタジアムごと陥没するという悲劇は防ぐことが出来た。
どんなに強い魔法だろうが関係なく、それを無視して全てを破壊することができる。それは防御にも攻撃にも転用でき、アインがイメージする形に変わって、様々な攻撃方法となる。
「………なに、それ………本当に、無敵じゃん………」
ミシェルはその能力の強さに戦慄を隠せない。仮にオーラをミクロ状にして空気中に拡散させれば、それを吸い込んだ相手を塵に変えることすら可能なのだ。
まず間違いなく、Sランククラス。白蓮やレイド等と同等の力を秘めていたということ。だが、ハクも負けてはいない。神代魔法は、決して彼らに劣る程度の物ではないと!それを証明してくれ、とミシェルは願いながらハクに向かって叫ぶ。
「ハクー!!!頑張ってー!!!」
だが、ハクは防戦一方。否、逃げ回るのに必死だった。攻撃に掠っただけでも致命傷になりかねないからだ。
「はぁ………はぁ………!」
スタジアム中を駆け回って、アインの嵐のような波状攻撃をかわし続けていたハクにも、体力の限界が訪れる。
「まるで猫から逃げるネズミだな。どうした?ほら、かかって来いよ」
能力を解除した彼の身体からオーラが消え、手を大きく広げて余裕であるというアピールをする。
「だったら………!」
身体能力強化の魔法を使い、瞬きする間にアインの後ろへ移動する。だがハクの脳裏に一瞬ながら、彼の力のことがよぎる。
見えない氷の武器を空中で操ることも可能だったはず。ならば、自身の周囲にそれを張り巡らせているかもしれないという疑念があった。
それを試すためにハクは一旦下がり、魔力弾を数発放った。予想通りそれはアインのいる場所から数m手前で着弾した。
(少しは考えられるようになったか)
試合中にも関わらずアインは、ハクの成長を心の中で喜んだ。だがしかし彼が圧倒的に劣勢であることに変わりは無い。
再びアインはオーラを身にまとい防御の体勢を整えると、自身の能力の考察を始めた。
(………考えてみれば、おかしなことだらけだ。なぜ俺はあの日、崩れなかった?)
一晩で国すら滅ぼす代物だ、その力で自身すら巻き込んで消滅させても何ら不思議ではない。だがそんなことは起こらなかったということは、無意識下に力を制御していたということになる。
(破壊する速度や威力、程度をある程度意識的に調整出来なきゃ、本当の意味でこいつを使えるってことにはならねえ。自分でも良く分かってない力で勝てました、なんて笑い話にもならねえだろ)
ハクには実験台になってもらおう。自分の力の証明のために。そう思ったアインは攻撃を仕掛けるが、彼の転移魔法で避けられる。
(これは………っ!)
背筋に冷たいものが当たるような感覚がしたと思いきや、いきなり目の前に炎が現れた。
周囲を見渡すと、氷の攻撃や魔力のビームなど、多種多様な攻撃魔法が自分を取り囲むように迫って来ていた。
(分身?いや、気配があちこちに移動していた………まさか、あの一瞬でいくつのも転移魔法と攻撃魔法を同時に発動したってのか………!)
だが、彼の表情に焦りの色は伺えない。身体に破壊のオーラを纏わせると、邪悪な笑みを浮かべながら手を大きく広げた。
「なんのつもりだあいつ!?」
「あんな馬鹿げた攻撃相手に余裕そうだぜ………」
オーラが広がり、攻撃を覆い隠す。一瞬でそれは魔力の残光と化し、空に昇っていく。
「ったく………魔法は効かねえって言ってんだろ?お前の唯一の武器は消えたわけだ。もう終わりにしねえ?」
「絶対に諦めません!」
「だと思った。じゃあ質問を変えてやるよ。………見な、あそこ」
「………ミシェル」
「お前の身体が少しずつ無くなっていくところをお前の大好きなミシェルちゃんに見せてやろうか?きっと良いショーになると思うぜ」
その言葉に、ハクは顔をしかめる。この大会のルールでは、回復行為は禁止。即失格だ。それでなくとも、あのオーラに触れれば身体が崩れて即死する可能性がある。
正直、手詰まりだと分析した。
「………それか、今すぐにスタジアムから降りるか?」
「そんな………こと………!」
その時、アインの顔に汗がにじんでいることに気がついた。少しずつ体力を消費しているのだから、無理もない。
威力や規模など全て無視してしまうのだから、魔法使いであるハクにとっては不利極まりない。
だがしかし、彼はここで諦めるような男ではない。自分の持てる力を出しきって挑む。例え勝ち目がなかったとしても。
「その純粋さ………ったく、呆れるくらいだな。だが………いつまでお前の魔力が持つかねえ」
「絶対に勝ちます………!」
視界を覆い尽くすほどの大きさだった見た目太陽の火球がみるみるうちに圧縮されていく。一段階縮まるごとに会場中に突風が吹き荒れる。そしてそれが直径10mほどになった時、それは落下した。だが、何十本のも破壊の腕がそれを消し去ろうと伸びていく。
「なっ………拮抗してる!?!?一体どういう………、まさか!」
一瞬だけ混乱状態に陥ったアインだが、持ち前の察しの良さですぐにこの違和感の正体に気が付いた。破壊されるならば、その魔法を維持し続ければ良い。ただそれだけのことだった。しかしそれはハクだから出来ること。ここまでの威力の魔法は現代の魔術師では到底不可能であり、また超威力の攻撃魔法を維持し続けるほどの魔力量など無いからだ。
フルスロットルでエンジンを掛け続けるようなものだが、それをしなければ維持は不可能。しかしハクにはまだ余裕がある。気を取られている隙にとアインに近づき、至近距離から魔法を放とうとしたその直後。
トゲ状になったオーラがハクの心臓を貫いた。だが彼の身体は崩れない。しかしその瞬間、誰の耳にも何かが割れるような音が聞こえたのだ。
(なんだ………?俺は確かにマナを破壊したはずなのに………一体、何が………!)
ハクの魔法を封じるためにマナを破壊した。人にはマナというものが存在し、そこから魔力を用いて魔法を発動する。魔力の同源そのものを破壊すれば良いと思っていたが、彼の目論見とは違う方向に事態は動き出した。
ハクの身体が赤白く輝きだした。それと同時に、光が彼の背中に集まり巨大な6枚の翼を形成していく。突然の変化に誰もがおののき、混乱する。一体何が起こっているのか、と。だが、ミシェルは違う。彼女は目を見開き、驚愕の表情を浮かべながらハクをみていた。
(………そんな、あれでまだ第一段階だなんて………一体どうなってしまうの………)
ハク本人ですら知らない秘密を知ってしまったミシェルは、彼がどのように成長するのか楽しみでもあり、怖くもなっていた。神代魔法ですら普通の魔術師からすれば人智を超えた物なのに、それは力が暴発しないように厳重に封印を施されたままの状態だった。そして今、偶然にもアインの手によって封印の一部が解除されたのだ。
「ハハッ………いいねえ、この土壇場で………最高じゃねえの!なあ!」
ハクの目は赤く染まり、髪の色が白と薄い赤のグラデーションに変化している。そして、その身体から立ち上る凄まじい魔力が、その力を物語る。だがそんな状況下でもアインは全く臆さずに対処しようとしていた。
(まだ力を制御出来てねえ。漏れ出てるのがその証拠。自分に何が起こってんのかあいつはわかってんのか?)
力の正体を探るためアインは能力を解除し、氷の能力で攻撃をする。
全長30mもの巨大な氷塊をハクに向けて放った。すると彼はエネルギーでロングソードを作り出し、それを振るう。みるみるうちにそれは伸びていき、氷塊を完全に消滅させた。それだけでなく、振るわれた力の余波で壁にいくつのもヒビが入り、最前列付近にいた観客が後ろに飛ばされた。
「………マジか」
単なる魔力の性質の変化というだけではない。単なる魔力での攻撃ですら、その威力は3倍以上に膨れ上がっている。
(制御出来ていないところを突こうと思ったが、甘かったか)
「んじゃ………こうするか」
再び破壊のオーラを身にまとうと、その色がドス黒く変化していく。破壊の力を凝縮させているのだ。それはまさに死そのもの。過程も何もかも全てを無視して、触れたものをことごとく塵に変える。だがそれを見てもハクの闘志が消えることはない。勝てば、世界に認められる。Aランクの昇格だって夢じゃない千載一遇のチャンスなのだから。
「僕は絶対に負けないッ!!!」
「笑わせるなァッッ!!!」
ハクは魔力によるビーム砲を、アインはオーラを拳を握りしめた腕の形にして、それぞれ撃ちだした。完全に互角。しかしハクは破壊に対応するために攻撃し続けなくてはならない。一瞬でも緩めれば一気に勝負がついてしまう。ならばとハクは出力を一気に上げ、正真正銘、全力の攻撃を仕掛けた。
持って1分が限度。だがしかし、その1分だけは、創造が破壊を上回る!
「ふざけんじゃねえ………!こんなとこで………負けてられるかアアアァァァァッッッッ!!!!!」
決死のの形相でたった一本の腕に全てを使い尽くすアインを見て、ユリカは立ち上がった。
いつも冷静でクールで、何でもさらりとこなしてしまう。それがユリカにとっての、アインのイメージだ。だが、今の彼は真逆。勝つために冷静さを失ってまで全力を尽くしている。
「勝て………!勝つのだアイン!!!お前が負けるところなど見たくないぞ!!!」
その声は、確かにアインに届いた。ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべると、更に力を加える。
ハクは少しずつ押し戻されたものの、更に出力を上げたことでまた押し返す。
(もっとだ………もっと………力を上げるんだ!!!残りの体力も全部魔力に注ぎ込むんだ!)
アインのオーラによる腕が僅かに薄くなる。当然、人はいつまでも全力を出し続けられるわけではない。それを好機と見たハクは、全ての魔力を、今この瞬間の攻撃に出し切る!
「俺の力が………押しきられる………っ!」
正真正銘、本当に全てを使いきった攻撃。その勢いに、破壊が追い付いていないのだ。
「………俺は」
あの出来事の直後は後悔で、何度も死のうと思っていた。
───なんで、こんな力を持ってしまったんだろう。
───家族どころか、何の罪もない人々を殺した。塵に変えた。人々の家も、歴史ある建造物も、王城も………全てを消し去った。俺の手で。
(………これは本当に、仕方がなかったことなのか?)
人生を何度やり直そうと消えない罪に、幼い心は耐えられなかった。だから、自分を正当化してしまった。仕方がなかった、偶然こうなってしまったのだと。
だが、そんなものは亡くなった人々からしたら到底許されるようなものではない。身勝手と言わざるを得ないだろう。
死にたい。良く「生きて償え」などと言われているが、自分にはどうしてもそんな資格があるとは思えなかった。自分は人殺しだ。それも、数万人を殺した類を見ない大虐殺。それだけのことをすれば最早人の身で魔王軍に入れるのでは?と思うほどに。
(けど………皆、んなこと望まないよな)
自分が死んで償うなど、あの3人は許さないし受け入れないだろう。
───だから、せめて。
そう思った瞬間、アインはふらりと倒れこむ。体力も気力も、全てを使い尽くしたのだ。
しかし倒れたのは、アインだけではなかった。同時に、ハクも同じく魔力切れを起こして地面に倒れてしまったのだ。
この事態に、観客も実況も、審判も混乱していた。
「これ………どうなるんだ?」
「同時にノックダウンだなんて、見たことねえぞ………」
極めて珍しい事態にポカンとしていた実況も慌てて、自身の仕事を再開した。
『ハク選手、アイン選手ともにダブルノックダウン!!!意識を失っているのか、全く起き上がる気配がありません!!!』
しかし起き上がることを信じて、観客は声を張り上げて彼らの名前を呼んだ。
しかし2人が10カウント以内に起き上がることはなく、両者引き分けで試合は決着した。目を見張るような2人の戦いに観客は大いに感動し、惜しみない拍手を送った。
全闘戦は、ユイルが無傷で制覇。アルレウが二位となり、三位はレイドと、またもや表彰台をSランクが独占した。
ハクは本戦一回戦止まりだったが、覚醒した力が冒険者ギルド本部に知れ渡った。 それは冒険者ギルドにとって………否、人類にとって魔王軍との戦いの大きな戦力になり得ると判断され、アインと共にSランクへの昇格が正式に決定された。
もうハクを蔑むものなど、どこにもいない。それどころかSランクとして畏怖と尊敬の対象となる。ランクが上がれば、周りの目と待遇は一気に変わるものなのだから。
しかし、そんな最中………大きな災厄はもうすぐそこまで迫っていた。
◆◇◆◇◆◇
ハク達がいる町から数km離れた場所。そこは活気にあふれた観光地で、外国からも人々が訪れる町だった。
屋台や露店が並ぶ中、1人の青年が街を歩いていた。すると肩が通行人にぶつかってしまった。
「おお、悪いな兄ちゃん」
通行人は気さくにそういうと、一緒に行動していた人と合流する。その瞬間、青年の表情が一変した。
「………ねえ、待ってよ。あのさ、人にぶつかっといてそれで済むとでも思ってんの?」
「オイオイ兄ちゃんよ、その辺にしとけって。あいつも謝っただろ?」
「僕はそれじゃ済まないし納得できないんだよ。もし怪我でもしたらどう責任取ってくれんの?ねえ?」
「わ、分かった分かった………人の目もあるんだ、穏便にいこうぜ、な?」
そう言われた青年の顔が憤怒に歪む。なんて言い草だ、と。ぶつかっておいて土下座の一つもしないその人間性、他者の目なんかを言い訳にして保身に走る自己愛の高さ。穏便に済ますつもりなど毛頭なかったが、生かしておいてやろうと思っていた。
かくして青年の怒りは最悪の形で爆発した。
「ふざっけるなああああああ!!!!!!!!!!!!」
蹴とばした足は空を切る。しかし次の瞬間、人も建物も、全てが跡形もなく消し飛ばされた。血煙が立ち込めた。
「あんな人間がいるだなんて、この街はクソだ!!!」
彼はそう吐き捨てると、ガンガンと強く地面を踏みつける。そうして苛立ちをぶつけた青年は、全てが吹き飛び、何もなくなった町から姿を消した。
「この僕に歯向かいやがって………だからこうなるんだよ」
彼は魔王軍幹部、《憤怒の魔人》アスタロト。脅威が、すぐそこまで迫っていた。
感想、評価、ブクマ宜しくお願いします。
これで第一章は終了です。10話からは第二章、「憤怒の魔人編」となります。魔王軍幹部との戦いが本格的に始まりますので、お楽しみに!