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8話 本当のチカラ

 冒険者ランクA。それは、強さを極めた者が辿り着く境地。人外の強さを誇るSランクよりかは格は落ちるものの、冒険者の中では憧れられ、畏怖される存在だ。

 

 そして、そんなAランクでも不動のトップに君臨するのが、アイン・サルファーだ。

 

 強力な能力に加え、戦闘技術を極めたその実力は、攻守共に隙がない。

 

 正面戦闘から不意討ち、ハニートラップまでこなすその万能さは、一流に相応しい。

 

 

 

 そして闘技場には、ハクとアインが互いに向かい合っていた。

 

「アインさん、良い試合にしましょう!」

 

「そうだな。どっちが勝っても恨みっこ無しだぜ」

 

「はい!」

 

 2人は拳を合わせた後に開始線上に着いた。そして、実況の号令と共に試合が始まった!

 

 

「さて………どうするかねぇ」

 

 アインは仕掛けずに、顎に手を当てて考える素振りをする。

 

「試合はもう始まっていますよ!だったら僕から行きます!」

 

  黄金の魔力がビームのように発射されるその瞬間、アインが何かをハクに向けて投げつけた。

 

「うわっ!」

 

 それは、煙玉。撃つ瞬間に投げることで、視界を遮ったのだ。

 

『あっとアイン選手、煙幕作戦!これでは何も見えません!しかしそれはアイン選手にとっても同じなのでは………?』

 

 女性の実況が困惑した声を上げるも、ハクはすぐに風魔法でそれを振り払う。

 

 そしてアインは真正面から短剣を持って突っ込んで来た。それに対しハクは黄金色の炎を噴出させた。

 

「《ファイアバースト》!」

 

 しかしアインはそれを横に避けて回避。そしてハクに向けて短剣を投げつけた。

 

 何とかそれをギリギリでかわしたハクは、大いに戸惑っていた。アインは能力を全く使ってこないのだ。

 

 どうして、と思ったその瞬間、小さな氷の剣が数本アインから放たれた。ハクはそれを魔力弾で相殺したが、突然の奇襲に驚いていた。

 

「危なかった………!」

 

「ちぇっ、今のは良いと思ったんだけどなあ」

 

 

 しかしこの試合の内容に、観客は大いに不満を抱いていたのだ。なんと、ブーイングが起き始めたのだ。

 

「なんだよそのショボい攻撃は!もっとド派手にやってくれよ!」

 

「派手な魔法戦が見られると思ったのにー!」

 

「それでもAランクかよ!」

 

 

 主に、アインに対するブーイングだ。氷による派手な攻撃と、ハクの強力な魔法の対決を期待した観客は肩透かしを食らったのだ。

 

 

「全く………騒がしいねえ。悪いなハク」

 

「いえ………僕は別に………あぐぁっ!!!」

 

『ハク選手が派手に転倒!氷の塊をぶつけられた!見事な不意討ち!ですがこれは………何ともAランクらしからぬ戦い方です!』

 

 更にアインへのブーイングが加熱していく!しかし当の本人はどこ吹く風とばかりに気にもしていない。

  

「ええい!アインめ、一体何をしている!!!」

 

「何か機会を伺っているのかな………」

 

 アインがどんなつもりでこんな戦い方をしているのかわからない以上、ハクは警戒を続けるしかない。何かしらの作戦があるのだろうと思い、2人は試合を見届ける。

 

 アインが放った大量の氷柱を、ハクは炎魔法で消し飛ばす。しかし魔法が発動し終わった瞬間にアインの蹴りが後ろから飛んできた。前に倒れこむハクを見たアインは、あることを考えると同時に後退した。

 

(知識も経験も無さすぎる。警戒しなさすぎなのか、それとも想定するシチュエーションの数が足りてねえのか………まああんな魔法があればたいていの奴は一発で終わるだろうし、仕方ない部分もあるよな)

 

「ゴッドブレス!」

 

(ほら、やっぱりアホだ。ついこないだまで一緒に戦ってきた奴相手に技名言ってどうすんだよ)

 

 アインは神雷が落ちる瞬間に頭上に超純水を張り、攻撃を防いだ。

 

「ゴッドブレスが効かない………!どうして………」

 

「俺の実力を甘く見てもらっちゃ困るぜ」

 

 超純水は伝導率がほぼ0。雷を通さないため、ゴッドブレスが通用しなかったのだ。しかしそれをわざわざバラすほど、アインは馬鹿ではない。

 

「次はこっちから行くぜ!」 

 

 アインは拳大の大きさの水弾を打ち出し、ハクが魔力弾で相殺し、弾けた瞬間に凍結させた。そして頭上から巨大な氷塊を落下させる。

 

「《ファイアブラスト》!」

 

 黄金の炎に当てられた氷は端から蒸発していくが、それこそが罠。その水蒸気が凍っていき、ハクに向けて吹き荒ぶ!

 

「くぅぅ………!」

 

「名付けて《凍える世界》。どうだハク、己の思慮の浅さを思い知ったかよ」

 

 ハクの戦いかたは、悪く言えばただのゴリ押しに過ぎない。故にこういう戦い方には非常に弱いのだ。

 

(これで雷と炎は潰した。使える属性も限られてくる。それに………俺は水使いだからな)

 

「………なる、ほど………!アインさんは、こんなことを………、ならば、これならどうですか!」

 

 ハクは身体が黄金の光を纏う。身体能力強化の魔法だ。

 

「へぇ、俺を相手に近接戦を挑もうってか。良いぜ、来いよ」

 

 ハクに対するアインの気持ちは、怒り。格闘、剣、棒術………あらゆる近接格闘を学び、極めて来た自分に対しずぶの素人であるハクがわざわざ自分が苦手な近接戦闘を挑んでくる。

 

(舐めてんのか………!?いや、ハクは相手を軽視するような奴じゃねえ。つまりこれは………奇をてらった作戦!)

 

「やぁー!」

 

「速ぇ、だがこんくらいは想定の内!舐めてんのか俺を!」

 

 突進し、拳で殴りかかってくる。確かに凄まじい威力と速度だが、体術を極めたアインの敵ではなかった。

 

 衝撃を後ろに逃がし、その勢いでハクを背負い投げした。

 

「ぐはっ………!」

 

「技術がなってねえな、今度俺が教えてやるよ」

 

「本当ですか!?ありがとうございます!………やっぱり、アインさんは優しい人です」

  

 そう言われた時、アインの表情が変わった。ハクは何か気に障るようなことでも言ったかと思ったが、そうではない。アインは少しの間無表情になると、目を見開いた。まるで、何かに怯えるような表情になって。

 

 

 

 

 

 

 そして、アインの頭の中で声が反響する。

 

『アインは優しいね。例え能力が無くたって、そんなアインがお母さんは大好きだからね』

 

『このクソガキめ!能力すら無いくせ一流の冒険者になれるわけがねえだろ!』 

 

 

 

 

 

 

(………誰だ、こいつらは)

 

 

『ぼく、強い冒険者になる!それで、悪いモンスターをやっつけるんだ!』

 

 

(なんだ、こいつは)

 

 

 

(………これは、俺か?………この声は………父さんと、母さん………)

 

 そう、気づいた瞬間。記憶が溢れ出す。封印されていたはずの、過去の記憶が。

 

 

「うぐああああぁぁぁっ!!!がはっ、うぉ、おえ」

 

 腹の底からこみ上げる物を吐き出し、彼は手足を地面に着けた。

 

「ア、アインさん!!!」

 

 駆け寄ろうとしたハクを、アインは突き飛ばした。憎悪のこもったような目でハクを睨みつけると、彼はゆっくりと立ち上がった。

 

「………思いだしたよ、全部」

 

 

 

 

 

 

 

 混乱の渦中で、アインの中に記憶が鮮明に甦る。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 アイン・サルファーは、少しばかり良い家が立ち並ぶ住宅街で生まれた。

 

 両親の他に、5つ上の姉がいた。母は氷使い、父は炎使いの能力を持っていた。

 

 父はDランクの冒険者。どこにでもいる、うだつの上がらない冒険者だった。しかしある日、Aランクの冒険者に助けられた。強い冒険者を目の前で見たことで、自信が喪失したのだろう。

 

 その日に彼の父は冒険者を辞め、家にいるようになった。元々酒に溺れ、酔うと家族に暴力を振るうような男だった。

 

 だがそんな父が家にいるようになり、より一層飲酒量が増えた父の暴力は、苛烈になっていった。

 

 姉は、父と母両方の能力が発現。その才覚は地元でも話題となり、冒険者になってからすぐに頭角を現し始めた。

 

 だがアインには、能力が発現しなかった。強い冒険者の多くは何かしらの能力を持っていたため、能力を持たない者にはどうしても、強さの限界がある。そういう認識が蔓延(はびこ)っていた。

 

 

「………無駄だ無駄だ!どうせお前などろくな者にならないんだ!下らない夢を追うな!」

 

 能力がなくても、きっと鍛練すれば強くなれる。Aランクにだってなれる。そう信じて、彼は鍛練を続けていた。

 

 暗殺の技術は、母から学んだ。正面戦闘からハニートラップまで、実に幅広く、それを深く修得していった。

 

「………僕には、いつ能力が身に付くのかな」

 

「アイン。例え能力が無くても、強くなれるんだよ。自分を信じて、着実に行こうね」

 

 母も姉もアインに対して優しく接した。常に彼を励まし、彼の負担になるような言葉をかけず、父の言葉による傷を癒していく。

 

 

 だがそれでも、アインの心は少しずつ蝕まれていっていた。僅かなヒビが広がっていた。それは家族だけでなく、自身すら気づかない内に。

 

 

 

 ある日、彼は父親に呼び出された。何事かと思いながらもそこへ行くと、怒りの形相をした父がいた。またなにか逆鱗に触れるようなことをしただろうかと、彼は恐怖に震える。

 

「………最近、暗殺の訓練をしているそうだな。何のつもりだ?」

 

「そんなの、強くなるために決まって………」

 

「強くなってどうする?能力のないものなどどうせ大したものにはなれないんだ!そんな無駄なことなど、さっさと止めろ!」

 

 その言葉は、彼の心により一層深いヒビを与えた。その時彼はまだ10才。夢を諦めるには、まだあまりに早い年齢だった。

 

 泣いている彼を、母と姉は慰めた。しかし父に対する抗議をしないその態度に、アインは愕然とした。

 

(どうして………お父さんに何も言わないの?)

 

 

 きっかけは、その出来事だった。彼は深い悲しみの中で、家族に対する苛立ちを募らせた。どうして、父に抵抗してくれないんだ。どうして父は自分の夢を否定するのか。

 

 もう嫌だと、近くにいた姉に泣きついた瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 姉の身体が、細切れにされたようにバラバラになった。

 

 その瞬間を見ていた母は、大きな叫び声を上げた。

 

 

「アイン!………な、なにやってるの………!?」

 

 ショックで何も言えないアイン。しかし彼の表情から、故意でないことと、それが彼によって引き起こされた現象だと判断した母は突発的に、彼を抱き締めようと駆け寄った。

 

 だが、彼の黒く染まった右手が地面に触れたと同時に、地面がひび割れて崩れていく。

 

「………お母、さん………」

 

 もう、訳がわからなかった。この時までは、まだ気がついていなかった。理由もきっかけも分からない。だがこれが、彼の本当の能力だということに。

 

 

 腰が抜けたアインは、ふと再び地面に手を置いてしまった。地面も、家も、父も………全てが、崩れた。

 

 

 

 そのまま彼は気を失い、倒れた。目覚めると、視界全てが完全な更地になっていた。

 

「………え」

 

 まだ薄暗い夜だった。その日、世界から一つ国家が消滅した。

 

 

 

 


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