33話 苦悩
「………結局、あれでも倒しきれなかった………」
覚醒状態での究極魔法でもベリアルを倒しきれなかった。光に霧散して空に昇ったということは………ベリアルは死なずに天界まで命からがら撤退したということになる。
だが、もう彼は間違いなく満足している。これ以上悪事を働くことは無いという確信がハクにはあった。
今はひとまず大きな戦いは終わり、平和な日々を享受する生活へと戻っている。
いつもの家で皆で過ごす。そんな当たり前の日々を絶対に失わないように………誰も亡くさない為に、ハク自身ももっと力をコントロール出来るようにならなくてはいけない。
もって数分が限界であり、すぐに力を使い果たして寝込んでしまい、強烈な倦怠感と魔力切れによる気持ちの悪さに苛まれるという副作用があった。
むやみに能力を目一杯使えば、魔力の出力の許容限界を超え、魔力回路が破壊され魔法が使えなくなるという最悪の状況になりかねない。
だからこそハクは力を上手く制御しつつ威力を落とさずに使わねばならないのだ。
「もし僕の魔法が………いつか通用しなくなったら………」
また追放され、捨てられるかもしれない。神だの何だのと言われても、所詮自分など魔法しか取り柄が無いだけの奴。そういう風にハクは自分のことを評価していた。
魔法そのものが効かない能力やスキルを持った敵が現れれば、ハクは何も出来ない。ベリアル戦で発現した力は結局のところ根源が魔法である為、恐らくそう言った相手には使えない。
ミシェル曰く、あれは《ゴッドバースト》と呼ばれる物だそうだ。一定以上の力量を持つ神なら覚醒を経て世界樹に直接神力回路を接続出来るようになる。それを各々が持つ能力へと変換させ発動するシステムのようだった。
「………」
浮かない顔をしてソファーに座ったまま俯いていたハクに気付いたシグルドは、そっと隣に座った。
「ったく、浮かない顔してんじゃねぇよ。暴食の魔人を倒した英雄の名が泣くぜ?」
「………僕は、英雄なんかじゃないです。魔法が効かない敵が現れたら、僕は役立たずになっちゃうから………」
そう呟くハクに、シグルドは何も言えなかった。慰めなどでは覆い隠せない、純然たる事実だったからだ。
「まぁ確かにテメーに近接戦闘は無理だからな、ヒョロっちいし。でも補助魔法があんだろ?サポートに回れば良いだけの話じゃねぇか、何を悩んでんだよ」
「………そうでしょうけど、でも………戦いの役に立たなければ僕がここにいる意味が無いんです」
「サポートも立派な役割だろ、お前………自分が敵を倒さなきゃっていう強迫観念に駆られてるだけじゃねぇか、強くなって無意識に調子乗ってんじゃあねぇのか」
「………強迫、観念………。確かに………ですね」
今までずっとサポートに徹して来た。力に目覚めてからは最前線でどんな敵にも立ち向かってきた。その結果『魔法使いはサポートが基本』という、当たり前の事を忘れていたのだ。
シグルドはハクの頭にポンと手を乗せた後まぁ精々頑張れよ、と声をかけ自室に戻った。彼なりに慰めてくれたことに嬉しくなり、少し気が楽になった気がした。
一方シグルドは大きな焦りを抱いていた。皆が優しいから自分達はこのパーティーに置いてもらえているだけで、インフレについて行けなければアイン辺りから『要らないやつ』扱いされる可能性が無いわけではなかった。
フレイヤ、イレーナを自室に呼んで緊急会議を開くことにし、こんなことを言った。
「強くなんなきゃいけねぇのは俺らの方だろうが………!1人でドラゴンを倒せるくらいには強くならねぇと、あいつらからしたら足手まといでしかねぇ」
「そりゃそうかもしれないけど………あんた正気なの?ドラゴンを1人でって、どんなに無茶なことかわからない訳じゃないでしょ?」
「………………ハッキリ言うと、やめたほうが良い。私達は3人で1つ、皆で力を合わせて戦う方がリスクは少ない」
「イレーナの言う通りよ!」
シグルドの意見=パーティーの総意だった昔とは違い、違うと思ったことははっきりと言葉に出す。そういうコミュニケーションを大切にしていた。
「俺はスラムで生き抜いてきた、ガキの頃から何度も命の危機に晒されて来たんだぜ、今更どうってこと………」
「っっっっざけんじゃないわよ!!!!」
フレイヤによる強烈なビンタがシグルドの頬に直撃し、思わず倒れ込む。
「………な、に………しやが………」
「うっさいうっさい!!!!あんたに死なれたら、あたしの寝覚めが悪いだけよ!!!………命知らずの大バカ!もう知らない!!!」
涙を滲ませながらフレイヤは思いっきりドアを閉めた。怒鳴り声に気付いたミシェルが見に行くと、シグルドが頭を抱えている。
「ねぇシグルド、フレイヤの怒鳴り声が聞こえてきたんだけど………一体何したの?」
「ただ俺はドラゴン狩りに1人で行くって言っただけだ!強くなるためにな!そしたらアイツが突然キレだして………わっけ分かんねぇ」
もしかしてフレイヤの好意に気付いていない?と思ったミシェルだっだが、それは彼自身が気付か無ければ意味がない。
「君のこと、心配なんだよ。一緒にやってきた仲間なんでしょ?そんな人に無茶なんてしてほしくない………それって、当たり前の感情じゃないかな?」
「………………」
その通りだった。今思えば、もしフレイヤが同じことを言っていたら………自分なら無理にでも止めていたに違いない。それは単純に、死んでほしくないという………当たり前の感情で。
「思い違い、してたのかもなァ」
だからこそせめて………強くならなければと感じていた。
「謝りに行くか………」
◆◇◆◇◆◇
ハクはこれからどうしようか、と思案していた。特に予定もなく、魔力がまだ十分に回復しきっていないため訓練もするべきではない。もう夜になってしまった為、とりあえず自室で眠りにつくことにした。
「………ずっと訓練と闘いの日々だったから………僕には趣味もないし、好きなものもないし………兄さん」
自分1人では絶対に勝てなかった。誰か1人でも欠けていたら一気に戦局は逆転し、神聖リュークス帝国は滅ぼされていただろう。
皆の攻撃でかなり弱っていたからこそベリアルを倒すことが出来た。体力も魔力も満タンの覚醒状態のベリアルを1人で倒すことなど今の彼には不可能だった。同じ覚醒状態でも練度が違いすぎるし、ベリアルの方が魔力量が桁違いなのだ。
兄がもし、味方に加わってくれたら心強いなどというレベルではない。もしかすれば魔王を倒せるかもしれない。そんな期待を抱きながら瞳を閉じて夢の世界へと旅立った。
夢の中で、以前話しかけてきた女性が再び現れた。
『………マナの息子よ、良くぞあのベリアルを退けてくれました………ふふ、ゴッドバーストまで辿り着けましたね。こんなにも早く成長するとは思ってもみませんでしたよ。ですがまだまだ。魔王には遠く遠く及びません。褒美に………汝に祝福を授けましょう』
彼の持つ魔素を全て神界に豊潤に満ちるマナへと変化させることで、今まで幾度となく封印を破り、限界を超える力を出さなければ扱えるようにならなかった力を自由に扱えるようにする。つまり、神が振るうエネルギーである神力を扱うための制約から解放する。そういった類の神の祝福だった。
『人間界用に弱体化させたのではない、本気の完全なる神の力を人間界で扱うには幾重のも制約があります。それを全てクリアしたあなたへのご褒美、と思ってもらって構いませんよ。………ですが、これはまだスタートラインでしかありません。魔王は魔族の最高神、邪神ハデスの祝福を受けて制約なしに神の力を完全に振るうことを許されているのです。今のあなたの力では、赤子のように弄ばれるだけ………強くなり、成長してその力を強くしなければなりません。………どうか、魔王を倒し世界を救ってください___』
目が覚めると、イレーナが横に眠っていた。驚いて飛びのこうとしたところをガシリと掴まれ抱き着かれる。
「むふふ、捕まえた」
「イレーナさん!?」
ハクの身体をペタペタと触り、イレーナは驚きの表情をした。
「………!、ハクの魔力の純度が異様なほど高くなってる、何があったの」
「………僕、神様から祝福を授かったんです。兄さん………えっと、暴食の魔人を倒したご褒美にって………」
「確かに、これは………そうとしか考えられない。この魔力の質はもはや神と同じ………あ、そうか、ハクは元々神として生を受けたわけだから、これが本来の力ってことになるんだ」
「夢の中の昔の記憶で、赤ちゃんの頃に僕が初めてお母さんとお父さんに魔法を見せた時………うっかり上級魔族を消し飛ばしちゃったことがあって。多分今の僕は、その頃の状態より少し強くなった程度に戻ったんだと思います。神の力を完全に使うための制約が解かれたって、女神さまが言ってて………」
「人が神になることもあれば、その逆もある。神話ではまあまああること。………やっと本来の力を自由に扱えるようになったってこと、だよね?」
「自由かは分かりません。でも、そんなようなことを言ってました」
だが、まだまだ魔王には遠く及ばないとも言われたと彼は口にした。イレーナは目線を下に向けると、ハクの顔をじっと見つめる。
「魔王は英雄神ヨシュアと魔導神マナが全てを出し尽くしてようやく封印できたほどの存在。仕方がない。もっと強くなるしかないと思う」
近道など無い。世界を救うためには、強くなる以外方法がない。だがベリアルを撤退させられ魔王も焦っているはず、と考えるイレーナは、どこか不穏な気持ちを抱いていた。
(わたしたちからしても、ハクは既に怪物の領域。でも、魔王にとっては多分、全く脅威にならない。住む世界が違いすぎる………それでは何百年も魔王を倒せないのも当然)
魔王軍の幹部ですらSランク冒険者が結集してようやく倒せるくらいなのだから、Aランクの自分たちなどでは相手になるはずもない………無駄に死体が増えるだけ。
幹部の撃破を素直に喜べる状況ではない。幹部の半数近くが倒されたことにより、業を煮やした魔王が人類を滅ぼすために動き出す可能性が出てきたのだから。
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