28話 堕天の果て
「………ルシファー………お前はなぜ、私達を裏切った」
「天使は人間を守り、支えるものだ。………だが見てみろ、争いは無くならぬ。我は人間なんぞを導くつもりなど毛頭ないのだ!」
「愚かな………!使命を否定するとはな」
翼をはためかせながら2人は空中で激しい戦いを繰り広げていた。ルシファーは黒いエネルギーを巨大に膨れ上がらせると、それを市街地に向けて投げつけた。
「させん!」
アニマはそれを片手で受け止め、ルシファーに向けて軽々と投げ返す。それをギリギリでかわすと、巨大な棘を放った。
聖なるエネルギーを白く巨大な大剣へと変え、黒い棘を打ち砕くとそのままルシファーに向けて突貫した。黒い雷を数発撃つも、刀身で受けつつ斬りかかる。
光は闇に強いが、強すぎる光は影を濃くするものだ。アニマのほうが属性的には有利だが、油断は禁物。
「お前は………コキュートスに幽閉されていたはずだろう?なぜここにいる」
氷地獄、コキュートス。水を司る神がルシファーのためだけに創り出した巨大な氷の牢獄。彼はそこを破壊して抜け出したのだ。
「我は力を蓄えていたのだ。来るべき時が来たから壊した………それだけのことよ」
「問おう。ベリアルは何がしたい?」
「奴のことなど知らぬ。我には関係ない。貴様を倒すだけのことよ!貴様など我からすれば雑魚同然。調子に乗るな。後釜の分際で!」
ルシファーは激しく攻め立てるも、アニマの巧みな防御で全てをいなすか跳ね返されてしまう。元々は同等の実力だったのだが、ルシファーは堕天してからも他の悪魔と戦う機会が増えた。だからこそ彼は確かにパワーアップしているのだ。
「人界などというぬるま湯に浸かっている貴様にはこの我は倒せぬ!」
「人間を舐めているから先程のような痛手を喰らうんだ………昔からそうだ、お前は肝心なところで油断をする」
光球をおとりに、後ろから光刃の大剣で背中を斬り裂いた。だが即座に黒い雷がアニマの身体に降り注ぎ、防御障壁を破って彼の身体に直撃する。
だが追撃とばかりに針状のエネルギーが地面に突き刺さり、爆発を起こした。
「ぐっ………!」
地面を転がって何とか最大限ダメージを殺したアニマは即座に立ち上がると、飛翔と同時に光剣を思い切り投げつけた。
ルシファーは軽々と避けると、闇のエネルギーを凝縮した球をアニマに向けて落とそうとするも、その瞬間戻ってきた光剣に身体を真っ二つに切り裂かれた。
「ぐ………あっ………!」
しかしルシファーにも強力な回復能力があった。何とか身体をつけ直すと、怒りに満ちた表情でアニマを睨みつける。
「お前………意外と大したことないのではないのか?」
「なんだと………!?貴様………!」
ルシファーが生来持つ傲慢さは、天使としては実に致命的な欠点だった。人間を導き、守護し、神の天命を伝えるという役割を果たす為に天使は存在する。だが、彼は人間という存在を下等な虫と言わんばかりに見下していた。
だからこそ彼は堕天を決意し、天使という地位を、種族を捨ててまで悪魔の軍門へと下った。ベリアルと出逢い、悪魔という存在の素晴らしさを実感した。自分を抑えつけることもなく、欲望のままに生き続ける。
自分が何故生を受けたのかということの答えを掴んだ気がした。気に要らないものは壊せばいい。ルールを決めるのは自分自身であるということ。
魔王軍に入り、彼は傲慢の魔人という地位を手に入れた。いつかは魔王の座を手にすることを目論んでいるため、魔王とはあまり仲が良くはないのだ。
ルシファーはあることに気づいた。アニマの身体が未だに、自分の知っている姿にならないことに。死んで魂だけの存在となり、永きに渡って彷徨っていたが………死者の魂を大量に取り込み、元の身体に入り受肉した。それが現在のアニマだったはず。
だが、未だ霊体のままでいることに違和感を覚えた彼はあることを察した。
それは、アニマが本気を出していないという事実。
そのことに気付いた瞬間、彼は怒りに満ちた表情で力を高め、巨大な闇のエネルギー球を地上に向けて放った。
「国ごと消え去れ………アニマ!」
アニマは光に包まれた自らの霊体を解いた。ようやくこの世界に現界することができたのだ。これで存分に持てるだけの力を100%振るうことができる。
「ハアッ!!!」
天に届くかというほどの巨大な光の剣が闇を切り裂いた。全く拮抗することもなく、まるで力を見せつけるかのように。
「………馬鹿な、我は………!何のために………!?」
「固定観念に囚われたお前には分かるまい。冥界で永遠に己の間違いを悔いていることだな」
「神に背いた罰か!?貴様、これからもそうやって神の奴隷で居続けるつもりか!?」
「違う。ルシファー!お前は………何を誤解しているんだ?天使の役割は確かに神に仕え、人界をより良くするために尽力することだが、それは果たして神の奴隷であることなのか。私は違うと思う。人間と深く関わって、より理解すること………お前は人間のことを何も知らない。まあとはいえ、罪は罪だ。冥界送りにすることには変わりないがな」
「………我は堕天してまで何を………求めていた………?何を………したかったんだ………」
「それはこれから考えれば良い」
魂を切り裂き、冥界へと堕とす。肉体は速やかに回収され、冥界へと送られていく。ルシファーが倒れた場所が紫色に光り、彼の身体が地面に沈んでいった。
◆◇◆◇◆◇
「とっとと消えなさいよこのポンコツバカ!」
「なっ………バカって言った方がバカなのだバーカ!」
子供のような言い争いと比べて、あまりにもその光景は圧倒的だった。巨大なビームが乱れ飛び、まるで宇宙戦争をしていると錯覚するほどだった。
「見ろ悪魔女!すごい攻撃なのだぞ!余を甘く見るなくそが!」
「なによなによ!あたしのほうがずっとすごいもん!」
リリスの闇のビーム攻撃と、刹羅の《超すごいビーム》がぶつかり合う。
リリスの闇を操る能力はかなり威力が高く、使い勝手もまた良い。対して刹羅は想像したことを現実に出力する、というなんとも曖昧な能力だった。刹羅が命名した超すごいビームは威力も射程も曖昧。だがその使い勝手は白蓮の能力に匹敵する。だが本人の頭脳が残念過ぎるために、あまり役に立ってはいないのだが。
「《めちゃくちゃでっかいファイヤー》!!!」
「んなぁっ………!?」
空を覆いつくすほどの大火球がリリスに迫る。その光景にリリスは慌てふためきながらも、街への影響を察した。
「あ、ああああああんた頭おかしいんじゃないの!?こんな攻撃、他人まで巻き込む気!?」
「あっ………も、燃やすのはお前だけなのだ!」
「ぜっっったい今気づいたでしょうが!止める………!」
幾重にもバリアを張るも、あまりにも巨大な火球を止めることは叶わないか、と思った矢先。炎が凝縮され、縮小し始めた。空を覆い尽くすほどだったそのサイズは、直径5mほどの大きさにまで小さくなった。
「ちょっ………きゃああああっっっ!!!」
「ふっはっはー!余の勝ちなのだ!」
勝ち誇る刹羅は土煙の中から現れたリリスに対し勝ち誇った笑みを浮かべながら舌を出して挑発する。最早完全に勝ちを確信したような様子だが、彼女は決して油断したわけではない。
彼女もまた、決してこれまで楽な道を歩んできたわけではない。誰もが羨むようなチート能力を持っているものの、一緒に育ってきた幼馴染は自分より強い。劣等感を抱き続けてきた。
「勝ったつもりでいるんじゃないわよ!」
下から突き上げるようにしてビームが放たれたが、それを跳ね返してそのままリリスにあわや直撃というところで、彼女は地面を転がってそれを回避した。
「ふふん!余には勝てぬぞ!」
リリスが操る闇エネルギーを球体にしたものや、それを武器に変えたものが刹羅を包囲し、同時に発射される。
「無駄なことよ!《絶対無敵最強バリア》!」
「なによそれぇ!ずるいずるい!」
因果に干渉する術を持たなければ刹羅を倒すことは難しい。リリスにはそんな力など無いため、厳しい戦いを強いられていた。
「これで終いよ!《サンライズランス》!」
太陽光を収束させエネルギーへと変え、それを槍状に捻じ曲げたものを投げ付けた。
「避けられない………っ!?だったら!」
高密度のエネルギーを濃縮したバリアを幾重にも張り巡らせる。だが、光の槍はそれを容易く突き破った。
「うそ………っ!?」
彼女の腹部を光が貫き、彼女は地面に崩れ落ちる。そして顔を上げた彼女は半泣きになりながら叫んだ。
「うええええぇぇ〜〜〜ん!!!もうおうち帰るぅ!!!」
即座に冥界へと撤退していき、 残りの主力はベリアル1人となった。
◆◇◆◇◆◇
帝国内の大広間にある玉座。そこにはベリアルが我が物顔で足を組んで座っていた。
「………あ?主力連中が全員撤退した?」
「は、はい………!申し訳ございません!奴ら意外に使えないもんで………!」
「分かった………が、使えねぇってのは違うな。奴らは俺のためにわざわざ時間を割いて集まってくれたんだぜ、感謝しねぇとダメだろ?」
「………っ、申し訳ございません!おお、なんと寛大な………ぐああァァァッッッ!!!」
部下に対し雷撃を浴びせた。彼は地面に倒れ伏せて苦悶の表情を浮かべるも、さして興味は無いようだった。
「俺のトモダチを侮辱した罰だ………、あ、そういや………忘れてたわ。ゴメンな、皇帝陛下サマ?」
玉座からまっすぐ伸びるように敷かれた絨毯の上に、本来のこの座の主であるオリオンは倒れ伏していた。
彼は、ベリアルは玉座から動くことなくオリオンを倒してみせた。オリオンの誇る精霊術は何1つ通用しなかった。
「英雄ねぇ。こんなんが英雄とか、この世界はマジで世も末だなァ」
退屈そうに欠伸をしたところで、扉が開け放たれた。視線を向けると、そこにはハクがいた。
「………ハッ………ようやく会えたなぁ………ハク」
「本当に………兄さん………ですか?」
「そうだよ。永く経ってりゃ兄貴の顔も忘れるか。昔は良く一緒に遊んでやったよなぁ。俺の後をチョロチョロ付いて回ってた頃が懐かしいな。こんなにでっかくなったとはなぁ」
「ごめん、兄さん………僕、昔の記憶が無いんだ………でも、確かに………家族っていう感じはするんだ」
「………親父がお前の記憶を消して、天界から突き落としたんだっけか………。そうだったな、そりゃあ俺のことも覚えてねぇわけだ。………昔話をしてやるよ」
魔王サタンがマナの細胞から彼を産み出した後、彼は拷問かと思うほどのしごきをさせられたのだ。そのお陰で彼は凄まじい強さを手に入れた。マナは………彼らの母親は、ただの父親のエゴで無理矢理産み出された彼にも息子同然の愛情を注いだ。彼が幼少の頃、マナはサタンから激しい折檻を受けていたベリアルを助け、引き取って愛情を持って大切に育てた。ハクと共に過ごしたのも、その期間であった。
ベリアルにとっては、ハクはかけがえのない大切な弟だ。だがしかし、戦いとなれば話は別。
「いくら弟でも俺の進む道を邪魔するなら容赦しねぇってこった。さて、どうだ?覚悟は出来たか?」
「兄さんはなんで………こんなことを?」
ベリアルは自嘲的に笑った。何もかもが馬鹿らしいと、そんな感情を隠すことなく全面に押し出した。
「俺はぶっ壊してやりたかったんだよ、こんな世界をな。親父は俺を………魔神ハデス様を超える存在にしようとしてた。超えられなかった壁を、俺を道具にして超えようとしたんだろうな。馬鹿馬鹿しいと思わないか?………なあハク……俺達は魔王サタンの哀れな被害者なんだよ。そして何より、この世界の人間は平和に慣れすぎている。弱くなっちまってるんだよ。だから正してやらないといけねぇ。俺が時計を逆戻りさせてやるんだよ!」
誰よりも強くあれと、そう教わったベリアルは、弱さを悪と認識するようになった。だからこそ彼はこの騒動を起こし、人間の弱さを気づかせようとしたのだ。
「僕に難しいことは分からないけど、兄さんを止めなきゃいけないってことは分かるよ。………だからここで止める!」
「そうこなくちゃな………!」
この戦いは最早、ただの魔王軍幹部との戦いという枠に収まらない。ハクが己の壁を乗り越えるための試練でもあるのだ。遂に、本命の戦いが始まった。
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