20話 思惑
神聖リュークス帝国にある訓練場。その中心にオリオンはいた。そしてその周りを兵士が囲んでいる。
その数、500人。帝国の兵士は強く、一兵卒でもBランク冒険者と同等と呼ばれるほどの質の高さを誇っている。
「「「うおおおぉぉぉーーー!!!」」」
全員が四方八方から一斉に飛び掛かり、攻撃を仕掛ける。そして群がる彼らを………一発のキックで吹き飛ばした。
オリオンは地面に倒れる兵士達を見ると、闘技場を去っていった。
「………ちょっとやりすぎたかも?」
◆◇◆◇◆◇
「………やっぱり、明らかヤベェだろあれ」
宿に帰った途端、シグルドはそう言った。地下聖堂で見た異常な光景は、やはりというべきか彼らに不信感を与えていた。
「観光したら帰るべきよ、あんなのと関わってたらアタシ達まで頭おかしくなる!」
フレイヤがうんざりとした顔でそう言うと、コップに入った水を一気にあおる。
「しかし………奴らが危険団体という証拠もないのではないか?」
「じゃああれは何だって話だよ。皇帝の言動も表情も、明らかおかしいだろ」
「………けど、悪い人には見えなかった。あの集会をわたし達に明かしたのも、もしかして………隠すところがないから?」
イレーナは教会でシスターをしていた経験がある。宗教的な知識に関しては彼女に勝るものはここにいなかった。
普通ならば勧誘対象のハクだけに、あの光景を見せるべきだ。しかしわざわざ他の6人に見せたということは、やましいことなど何もないという証明をするためなのでは?とイレーナは考えた。
「わたし、カルト宗教もいくつか見てきたけど………儀式的にもおかしいところは無かったし、正常だった」
「………なるほどねぇ」
熱心な信者が多いだけの単なる組織なのか、それとも何か思惑があるのか。それを確かめないことには何も分からない。
「………俺、潜入してくるわ………黄金の夜明け」
「大丈夫なのかよ」
「俺を誰だと思ってやがる。俺は暗殺者だぜ?内部潜入なんて余裕でこなせるわ」
アインは地下聖堂の前に立ち、入り口の手前にいるメンバーに話し掛けた。
「どうも。昨日の儀式を見てさ、あんたらの思想に俺は共感したよ。頼む、俺を入れてくれないか」
アインが真剣な表情でそう言うと、メンバーの男は目を輝かせて入信書を手渡してきた。さらさらとそれを手慣れた様子で書いた彼はそれを男に手渡した。
そして聖堂の中へと案内され、昨日と同じような光景が広がる。
「盟主様、新たなる同士がここに」
「はい、ありがとうございます。………ん?おおっ、昨日の………やあやあどうもどうも!ありがとうございます」
握手をかわすと、彼は椅子の上に置いてあったローブを手渡した。
「一般の同士………つまり、メンバーはこれを。聖人とよばれる幹部職につくと、この太陽のバッジを身に付けます」
「ふーん………」
ローブを着たアインは一番後ろの席に座り、とりあえずオリオンの話を聞くことにした。
「神はいつも人を見守っています。慈愛に満ちた愛を僕達に下さいます。しかし、中には神を信じないものもいる。神などまやかしの存在だと。しかし、そのような考えもまた否定してはならないのです。自分とは違う考えを尊重するべきだ。今日もまた、神の愛をその身に宿しましょう」
水が1杯手渡された。何の変哲もないごく普通の水。毒もなく、おかしいところは見当たらなかった。
安全であることを確認すると、アインはそれを飲んだ。………なにも起こらない。ごく普通の水だった。
「聖水を飲んだことにより、神の愛は今!今日もあなた方に宿りました。これは素晴らしいことです。皆で唱えましょう!『神のお恵みに感謝を!』」
(ほんっとに………普通の宗教儀式だな)
三度その言葉が響き渡るとオリオンは手を上げ、暗にそれを止めるように言った。するとすぐに静かになり、場に静寂が戻る。
「では、今後の計画を皆様にお伝え致しますね。………最近、シュタイン王国のエルダース領の重税がますます酷くなっているとのこと。領主の横暴もかなりのもの。………5日後エルダース領を襲撃し、解放しましょう」
(マジかよ………!)
自分達の住む王国の領の危機を知ってしまったアイン。集会が終わったあとすぐに宿に戻りこの事を伝える。
「お前ら、すぐに国に帰るぞ!奴らはエルダースを襲撃するつもりだ!」
「えっ!?」
「それはいかんな………」
エルダース領は王国の通商都市として知られている。そこが機能停止になれば、シュタイン王国の経済は大打撃を受けるだろう。
「領主は確かにクソだけど、そういうクーデター的なのは俺達がやるか決めるところだ。リュークス王国が絡んでくれば面倒なことになるぜ、戦争になる可能性すらあるからな」
彼らにとっては横暴を極めた領主から都市を解放するための聖戦のつもりだが、それは逆にシュタイン王国とリュークス帝国の戦争を引き起こしかねない。
「余計なお世話だな、本当」
◆◇◆◇◆◇
バリケードを張り、騎士団や魔法師団、更には冒険者を集めた。事態を重く見た王都は援軍を派遣し、黄金の夜明けとの戦いに備える。
しかし領主はこの事態に対しても軽く物事を見ていた。
「放っておけ!黄金の何とかとかいうのなど、騎士団共が蹴散らしてくれるだろう!」
「しかし!」
「黙れ!誰に物を言うか、たかだか騎士の分際で………!ワシの時間を邪魔するな!」
宝石をじゃらじゃらと着け、でっぷりと肥えた領主は女性を侍らせながら豪華な屋敷でのんびりと過ごしていた。
「………そうですか」
騎士は出ていった。その騎士の名は………レイド・アストライア。剣聖の二つ名を持つ冒険者だ。
彼は高速移動で戻り、騎士達に指示を出す。王国の騎士団長ですら、彼の言葉には従わざるを得ない。
そしてバリケードの向こう側から、黄金のローブを着た集団がやってきた。
「来たぞ!」
「あれが噂の………面白い!相手になるぞ!」
「民衆に自由への道を!」
オリオンがそう言うと、黄金の夜明けは一斉に攻め入る。それを迎え撃つのは王国騎士団ならびに魔法師団など。冒険者達と軍は散り散りになり、戦力を分散させている。
そしてレイドと騎士団長がいる場所に、1人の青年がやってきた。バッジをつけていることから、彼が幹部格である聖人だということが示されていた。
「グラディウス………!?」
アインはマチェットを抜き戦いに備えた。神剣を抜いたレイドはグラディウスに近づく。失望の眼差しを向けると、切っ先を突きつける。
「こんな形で君と再開することになるとはね」
「………下らん話はなしだ。隣にいるお前も、2人まとめてかかって来い」
家同士の仲が良く、親交も深かった2人は剣の腕を共に競い合ってきた仲だ。彼らはライバルであり、腕も同等だったはず。しかしグラディウスの言葉が真実だとすれば、レイド1人では太刀打ちできない可能性もまた高い。
同時に突貫し、戦いは始まった。
そして、領地の西方。領主の屋敷の近くには既に黄金の夜明けが攻め入っていた。がしかし、そこに立ちふさがったのはレーツェルだった。偶然滞在しており、襲撃の噂を聞いてここまでやってきたのだ。
「ここの領主ハ確かニ無能デ、だらしない奴ダけど………勝手に首突っ込まレるのは困ルぜ」
「神のお告げです。悪は除かねばならないと」
先頭に、中心に立っていた男がレーツェルにそう言った。緑色の髪、緑色の目。その特徴的な姿。フォルトゥナが一部隊を率いていたのだ。胸には太陽のバッジがついていた。
「まあイイ、一度戦ッテみたカったからナ。お前が向かッテ来るナら容赦シナいゼ」
「レーツェル・アルカーナ………覚悟を」
レーツェルはフォルトゥナが黄金の夜明けの幹部であることにも特に動揺せずに戦う。そもそも少しばかり共闘しただけで、友達でも何でもないと思っているからだ。互いに一切の躊躇なく攻撃を仕掛ける。
枝分かれしたように柄から伸びた槍が次々と襲い掛かり、フォルトゥナは自身の能力で作った2本の剣を使って捌いていた。そして一転攻勢とばかりにフォルトゥナは大量の剣を創り出して発射する。
「この1本1本の全てが神造武器。あなたにこれがしのぎ切れますか?」
「俺ニも奥ノ手はたっぷりトあってナ」
レーツェルの身体が羽虫に変わり、放たれる剣を潜り抜けると元の姿に戻り、槍が触手のようにうねって5箇所同時攻撃を仕掛けた。
「《モーセの奇跡》!」
衝撃波で無理やり軌道を変えると、レーツェルの周りに剣を張り巡らせるように配置。360°全方向から剣が一斉に放たれる。しかし彼は僅かほども動揺せず、むしろ笑みすら浮かべていた。
「《ブラックボックス》」
レーツェルの周囲に正方形の黒い空間が現れ、彼を覆いつくした。射出された剣はブラックボックスに触れ、通過していく。そして全て撃ち尽くしたと同時に技が解ける。
「………これは」
100本程あった剣が、全て綺麗さっぱり消えていた。驚愕に目を丸くするフォルトゥナを見て、レーツェルは鼻を鳴らす。
「ケケケ、お前の攻撃ハ効かナイぜ」
「それはどうでしょう?」
するとレーツェルが一瞬で姿を消した。彼がいた場所には水が大量にあった。何が起こったかを瞬時に察知したフォルトゥナはラーの目を発動。水を蒸発させようとするも、気づいたときには首に刃を突きつけられていた。
「クッ………!」
「判断が早イナ、お前」
「あなたは………一体………!?」
レーツェルは大手を広げ、自らのことを話した。フォルトゥナは不意を突くという意思がないことを示すため、その場に座り込んだ。
「俺は冒険者ヲ始メル前は、マジシャンをやってイタんダ」
「………ほう、マジシャンとは。これまた奇特な経歴をお持ちで」
「両親はエンターテイナー、人々を楽しマせる仕事をしてイタからナ………俺の能力ニ気づイタ両親は、俺にマジシャンにナルことを薦めタ」
レーツェルの両親は、誰よりも彼のことを愛していた。彼が他の人と変わった性格や喋り方をしていたために周りの子供達にからかわれ、いじめられて泣いて帰ってきた時、優しく抱き締めた。
レーツェルの能力は突如発現したものだった。母が作った飴細工を、鉄に変えてしまったのだ。
彼の能力は、『物質を同質量の別の物質に変換する能力』。彼の意思で空気は炎に変わり、鉄は水に変わる。自らの身体を空気に変え、元に戻ることも可能。
分身を作りだしたり、擬似的な瞬間移動をも可能にする万能の能力だ。
だが、それを知っても両親は何も変わらなかった。化け物扱いもしないし、逆にお金もうけの道具にもしない。ただ、少しだけ………人と変わっているだけの可愛い子供であるという事実。
そんな両親の背中を見たレーツェルは、人を楽しませることにこの能力を使うことにした。世のため人のために使えるほどお人好しでもないと自己評価している彼は、マジシャンとなった。
たちまちそれは話題となり、家は裕福となった。そんな時、彼は冒険者ギルドからスカウトを受けた。
「………君の能力は、人を救うためにある能力だ」
ギルドマスターにそう言われ………悩んだ末にその申し出を受けた。両親は泣いたが、自分がよほどのことがない限りは死なないし、怪我も一瞬で治ることを説明すると、納得した。
「………てワケ」
「ふむ………僕ではあなたは倒せないかもしれないな。………しかし、僕も冒険者としてあなたに挑ませて戴きたい。黄金の夜明けとしてではなく、1人の冒険者として………今ここで、あなたに公式戦を申し込む!」
「イイぜ、受ケてヤル」
2人の戦いは佳境に入る。そして、街の行方は………
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