17話 不可能
「最強の生物を作る」
魔王軍幹部エーテルが日々研究を進める意義はそこにあった。 どんな犠牲を払ってでも、 誰を媒体にしてどんな残酷な人体実験も厭わない。
結果だけが全てであり、そこに生じるリスクを全く意にも介さないところが、彼の研究の異常性だった。無敵の生物を作り出し、誰も自分に後ろ指をささない世界を作ること。
それが彼の目的だった。魔王軍に入ったのも、都合の良い研究施設があり、幹部になれば好き放題に実験をする権利が与えられるからだ。
しかし、その目論見が1人の男によって崩れようとしていた。その名も、レーツェル・アルカーナ。1年前、人間の奴隷を実験体にするために彼は奴隷の少女達が乗った馬車を襲撃した。
護衛を瞬殺し、回収しようとしたその瞬間、レーツェルに邪魔されたのだ。
小競り合い程度で終わったものの、その強さは並大抵の物ではなかったと感じる。何しろ片腕をぐちゃぐちゃにされ、切り刻まれたのだ。自慢の創造生物のほとんどを失い、撤退せざるを得なくなった。
故に彼は焦っていた。いつまた現れるか分からない。早めに潰しておかなければ………と。
◆◇◆◇◆◇
王都に避難警報が出されたのは、シグルド達の一件があってから3日後のことだった。緊急避難警報が発令され、街を捨てて逃げ出すように言われたのだ。
当然冒険者は拒否する。しかし………モンスターの大規模襲来は前回の比ではない。見たこともないようなモンスターがそこら中を飛び回り、駆け、殲滅している。
隣にある小国が滅んだという知らせは、大きな衝撃を以て拡散された。
そしてすぐに冒険者以外の全住民の避難が始まった。ハクが転移魔法で飛ばし、フォルトゥナの能力で残りの住民を安全な場所へと転移させる。
協議の結果、ハクとレーツェルがじきにやってくるであろうエーテルの相手をし、他の冒険者はモンスター達の相手をすることになった。
現在王都にいるSランクはハク、レーツェル、アイン、フォルトゥナの4名のみ。
他の冒険者はアインの指示に従い動くことになった。すると空から翼の付いたナニカが飛来した。
「な………なんだありゃあ!?」
まるで子供の天使のような姿をしたモンスターがそこかしこを飛び回っていた。そして武器を持った巨人などのモンスターが森の奥から現れた。複数の腕を持ち、身体は真っ黒に染まっている。顔は骸骨で作られており、不気味さが際立っていた。
「なんだ、あれ………」
見たこともないモンスターが動き回っている状況に誰もが面食らっているなか、アインはすぐに我に帰り、指示を出す。
「狼狽えるなよ、数人がかりで抑え込め!」
しかしモンスターの膂力は尋常ではなかった。簡単に………まさに赤子の手を捻るように、次々と冒険者達の四肢を引きちぎっていく。
「なっ………!?お前らっ………!」
破壊で一掃しようとオーラを練り上げるも、アインはモンスターに取り囲まれてしまった。無惨な状態の遺体をモンスターは目の前に出し、無邪気に笑い声を上げた。その声は、赤子の笑い声そのもの。
「ったく、なんて趣味の悪い嫌がらせだよ」
その程度で動じるか、とアインは躊躇なくオーラを超圧縮された巨大な腕を振りかざす。
モンスターは飛び回って避けるも、腕から更に追尾するようにオーラが放出された。
それをまともに受けたモンスターは崩れ去った。しかしすぐさま別のモンスターが襲いかかる。
「クソッ!マジでキリがねぇ!フォルトゥナさん!そっちはどうなってる!」
「こちらもなんとか迎撃出来てはいますが、冒険者が次々とやられています!治癒が間に合うかどうか………!」
フォルトゥナは冒険者の治療を遠隔でやりながらモンスターの迎撃をしているため、どうしてもパフォーマンス効率が落ちてしまう。
一体一体が上位種のドラゴンと同等の強さを持ち、それが40近くいるのだから、流石のSランクも骨が折れる作業だ。
「………ふぅ、なんとか片付きそうですね」
「あぁ………けど、このままで終わるわけがねぇ」
能力の相性が良かったから何とかなったが、すぐに第二陣がやってくる筈だ。それを警戒しながらも残りのモンスターを片付けていく。そんな時だった。
20m超の巨人が現れ、その肩にはエーテルが乗っていた。
「全く、救えないな君達は。どうして無駄に抵抗するんだ?人間の価値なんてチリみたいなもんなのにさ」
「そりゃあ自分の命懸かってんだから抵抗するだろ?お前だって自分が襲われたら戦ってんじゃん」
「………はは、確かに。けど、人間なんて使い捨てのモルモットにしか過ぎないってこと、身体で教えてあげようか」
エーテルは巨人をけしかけ、更に大きなサイズの巨人を呼び寄せる。それと同時にフォルトゥナへ向けて、全員が真っ黒に染まった猿型のモンスターが放たれた。
「デッケェ………!」
全長30mはあろうかというそのサイズ感は、人間が小動物にすら見えてくるほどだ。
巨人はアインに襲いかかり、羽虫を掴まえるようにその手足を動かしていた。それに対しアインも破壊の力を使って対抗するが、相手の大きさに加えて再生能力を持っていることが仇となり、その身を削ることが出来ない。
「な………なにっ………!?」
更に2体の巨人がアインを取り囲み、興味深そうに見つめている。しかし巨人はあまり知能が高くないようだった。
まるで動物と触れ合うかのようにして手を伸ばして来たので、これは好都合と腕を掛け上がる。そして持っていた腕から飛び上がり、ナイフで心臓を一突きした。
そこから凍り漬けにして、巨人の動きを停止させた。だが他の巨人が動き出し、アインの身体を掴み上げた。
「やべえっ………!」
しかし破壊のオーラを身体から思い切り放出し、難を逃れたかのようにおもえたが、逆の手で再び掴まれる。氷漬けにした上で破壊し、再生を阻害しつつ別の巨人を相手取ろうとしたその時、吹っ飛ばされたフォルトゥナが彼と激突し、地面に倒れこむ。
「クソ………フォルトゥナさん!………ッ!!!」
フォルトゥナの身体には大きな爪痕が刻まれ、左腕を欠損していた。右脚も使い物にならない状態にまでなっており、事態の深刻さを物語る。
「大丈夫、治癒能力がありますから。10秒もあれば治ります。………君は巨人の相手を!!!」
「分かった………やべっ………」
「《ヴィシュヌの天足》!!!」
巨人の腕が振り下ろされる寸前で瞬間移動能力を使い、事なきを得た。そしてすぐに戦闘態勢へと戻る。
「ふうん、少しはやるじゃないのさ。けどその巨人は………ただの一般人のようなものさ。次はもっと強めの巨人に相手になってもらおうか?」
すると青年の姿の巨人が突然走りだし、アインを蹴り飛ばした。彼は今の攻撃で全身の骨が砕けてしまい、全く動けない状態でいた。
巨人ははしゃぐように周りの建物を壊していき、その破片を雪合戦のように投げ合って楽しむ。そして巨人は思い出したかのようにアインを回収し、地面に落とすと再び蹴り飛ばした。それは巨人の足元に飛んでいき、向かい側にいた巨人が元へ蹴り返す。
最早これは戦いですらない。巨人にとってはアインなど遊び道具程度の認識だった。その様子を面白そうに見つめるエーテルは、後ろで見物している巨人達をハクとレーツェルに向けて放つことにした。
「ほら、遊んできな」
そういうと、初老の巨人が2体ハクの前に立ちふさがり、レーツェルの周りには武装した巨人が3体。包囲されてしまったのだ。
レーツェルはお前デなんトかしロという意味を込めた視線を送り、戦闘を開始した。するとすぐにハクが遥か上空へ吹き飛ばされてしまう。しかしすぐに赤白い翼を展開し、落下を防いだ。
初老の巨人達は家を破壊し、瓦礫を持ち上げるとハクへ向けて投げつける。しかしそれを魔力攻撃で破壊し、炎魔法を巨人にぶつける。その身体が燃え上がるも、すぐに炎が消えてしまった。
「俺は創ったモンスター自由に操れるんだ、炎を消すことだってできるさ」
そして巨大な骸骨が現れ、ハクを地面に叩き落とした。そして骸骨はデコピンをすると、ハクの右腕が弾けとんだ。
「うあああああぁぁぁっっっ!!!!」
その姿を見て巨人達は笑い、手を竦める。ハクの右腕が治った瞬間、爪で両目を切り裂かれる。終わらないが、決して緩まることのない拷問が続く。しかしそれは巨人にとっては、作った雪だるまを壊すような、そんな程度の認識でしかないだろう。
杖を拾い上げると、巨人はそれをダーツの矢のように投げる。柄の尖った部分がハクの背中を貫通した。それは、巨人が飽きるまで繰り返される。何度でも。
一方レーツェルも苦戦を強いられていた。どれだけ斬っても即座に再生し、戦闘技術も高い巨人兵を相手に消耗が激しい。
「ラチがあかネえ、どうスる………!」
エーテルが操作している以上、本人を倒す以外ないのかもしれない。だがしかし野放しにしておけば、彼らはすぐに周辺の都市を攻撃し始めるだろう。巨人達は戦いとすら思っていないのかもしれない。駆除か、もしくは遊びか。どちらにせよ、Sランクでさえ全く手も足も出ず蹂躙されてしまう相手に、他の冒険者が対抗するなど不可能だ。
ハクの安否が心配だが、殺しはしないだろうと踏んでいた。ハクはエーテルにとって貴重な被験体のはず。ならば殺すことまではない。
「生きてサえイてクレれば………!」
頼る手段はいくらでもある。ならば今は戦うことを優先しようと、彼はそう思った。
フォルトゥナは全身を切り裂かれ、立っていることもやっとの状態だった。頼みの綱の左目を潰され、未来視も超再生能力も使えない。神速で縦横無尽に動き回り、完全にもてあそばれていた。
「《テミスの掟____その場から動くな!》」
黒猿の動きがピタリと止まり、ゼウスの神雷がその身体を焼き尽くす。だがそれはすぐに再生し、全くの無傷だった。黒猿は尻を叩くと、フォルトゥナを挑発。怒らせて単純な攻撃に持ち込もうというのだろうが、彼はそんな子供じみた手にのるような人ではなかった。
それに怒った黒猿は勢いのままに左手を切り飛ばした。その爪の攻撃は肺にまで到達しており、もう彼はまともに戦えなくなってしまった。が、そんな程度で諦めるほど彼はヤワではなかったのだ。
「生きている限り何度でも立ち上がる!星は僕の………僕らの勝利を示してくれているのだから!」
黒猿は怒りの咆哮をあげた。そして、完全な戦闘態勢でフォルトゥナを確実に倒すことにした。彼は諦めない。どれほど深く斬られようと、どれほど心が打ちのめされようと。
現在戦えるのはレーツェルただ1人。彼は一刻も早く元締めであるエーテルを仕留めようと攻撃を仕掛ける。だが、その全てが防がれてしまった。
「理解しているはずだろう、俺が放ったモンスターを倒さなきゃ被害が拡大する、と」
「お前ガ生きていル限り一生倒せネエよ!まずはお前カらダ」
ついにモンスターを放棄し、1vs1でもいいからと彼は機会を作ったのだ。
「へぇ、もう気付いたんだ。けどアレを野放しにしていいのかな?」
「アイツらに任せルから問題ネェよ」
「あっそ」
レーツェルが剣を抜こうとしたその瞬間。左半身のほとんどが消えた。
「ウァ………?」
何が起こったのか分からなかった。血と臓物をぶちまけながら彼は地面に倒れ伏した。
「何が起こったのか教えてあげよう。喰ったんだよ、単純にね」
そう、あの瞬間。エーテルはほんの一瞬で右腕をドラゴンの頭に変えて、それを伸ばして彼の身体を喰らったのだ。
その動作が速すぎて、反応さえ出来なかったのだ。
「俺の能力は………俺自身の身体を自由に作り替えられる能力さ。身体弄りまくってたらこんなことも出来るようになってね」
髪の毛を一本抜き、それを放り投げる。するとたちまちそれは巨大なドラゴンの姿に変化した。
「餌だよ、さぞかし腹が減っているだろう?」
それを横目に彼はハクの元へ向かう。その身体は凍り付いていた。
「………魔法で自分を冷凍して、仮死状態にしたわけか。面白いことをするね。君はモルモットだから、大切に持って帰ろう」
そしてエーテルは巨人やモンスターに命じる。
「好きに暴れていいよ。ご自由にどうぞ」
統制から解き放たれた50体のモンスターや巨人は、散り散りになって行った。
エーテルはその場を立ち去り、その場に残ったものは死にかけの冒険者、弄ばれた死体の山。………そして、家屋の瓦礫だけだった。
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