15話 意思
王都にモンスターの大群が現れたのは、それから2時間後のことだった。突然の襲来に、市民は家の中に隠れ、冒険者達が一斉に街の検問まで行く。
その群れは、まるで軍隊のように統率されていた。ゴブリンやグール、コボルト、オークなど、低級の弱い魔物が前衛を務め、そしてキングオーガ、キマイラ、ミノタウロスなどのモンスターが後に続く。
「ドラゴンなんかはいなさそうだな………」
「皆油断するな!気をつけろよ!」
合計、10000体。1体1体は弱いが、あまりにも数が多すぎる。王都の検問に集結した冒険者の数はたった200人。そして、救援に駆け付けた騎士団や魔法師団を合わせても1500かそこら。単純な数だけを考えれば、絶望的というほかないだろう。しかし、そこにはSランクの冒険者が4人、そしてAランクの冒険者が数名いるのだ。それにより、戦力的には優勢となる。
「壮観ダネ~、というか、この程度俺1人で十分なンだケド」
「油断はしないほうが賢明だよ、レーツェル。俺達の役目は、ここでモンスターを掃討して王都の人々を守ることにある」
「ありさん一匹、通しません!」
「ま、銭が入るならなんでもいいや」
彼らはモンスターが見えた瞬間、即座にそれぞれの攻撃を放った。レイドは聖剣の一撃を、ハクは炎魔法を、アインは破壊のオーラを、レーツェルも攻撃を仕掛け、モンスターの6割以上を倒すことに成功する。
その光景に唖然とした冒険者たちは、もはや自分たちなどいらないだろうと引き返す準備を始めていた。
「騎士団や魔法師団の皆様も、今日はお帰りいただいて結構ですよ。我々で殲滅可能ですので」
そう言うと、彼らは再び一斉攻撃を始めた。そしてモンスターが1体も残っていないことを確認する。10分足らずで10000ものモンスターを、たった4人で倒してしまったという事実。
魔法師団長であるアルスという若齢の男が、ハクに話しかけた。
「なんなのだね、あの規格外の魔法は!?上級魔法ですらあの威力は出せんぞ!?」
「え、え~っと、その、ちょっとだけ、特別なんです。僕の魔法。あ、でも!全然他のSランクさんにはかないっこなくて、大したことなんかないんです!」
「………そ、それは本当なのか………!」
そして騎士団長である男も、レイドに話しかける。
「流石はレイド殿。剣聖の名にふさわしきご活躍、私としても感嘆の意を表しますぞ」
「まだまだオレなど若輩者です。現状に満足せず精進せねば、強さは得られません」
その瞬間、奥から青年の声が聞こえて来た。陽気な陽だまりにいるような心地よい声が、耳をなでる。
「ああ、全くだ。全くもってその通りだよ、剣聖。最近の人間はさ、現状に満足して上を目指すことを怠っている奴らがあまりにも多すぎるよね。けど、ボクは今の生活にとても満足しているんだよ。現状維持も大切だけれど、少しはもっと高い場所を目指そうという気概が欲しいよね。人間は欲求の生き物だ。何かを欲するために争いを起こし、無駄に血を垂れ流す。平和を唄っておきながら結局人と人は争いをやめることができない。そういう生き物なんだから仕方がないと人は言うかもしれないけれど、結局はその言い分なんて、争いを正当化するための愚かで醜い、蔑まれるべき芥だ。可哀想だよね、人は言葉を交わすことで相互理解を得て、友情や愛情を育む者なのに。それを争いで済ませようだなんて、どうかしてる」
長々しい理屈を垂れ流しながら現れたのは、《怠惰の魔人》ロウだ。安物の銀剣を持ちながら、彼はそうのたまう。
「………君は何者だい」
「………人に名前を聞くときはまず自分から名乗るものでしょう。キミが受けて来た高い教育は、そんな当たり前のことすら出来ないほど価値の低いものだったのかな?ホント、嫌になっちゃうよね」
レイドはロウの前に立ち、対話を試みる。当然、いつ相手が襲ってきても良いように警戒だけは怠っていないが。
「良いだろう。君の要求通り、言葉を交わそうか。オレはレイド・アストライア。Sランク4位の冒険者であり、騎士の端くれだ。巷では《剣聖》なんて呼ばれているけどね」
「ボクはロウ。魔王軍幹部で、《怠惰の魔人》なんて呼ばれているよ。宜しく、剣聖レイド君」
その瞬間、レイドは神剣を抜いてロウに斬りかかった。剣で受け止められ、一旦下がる。
「神剣が………ただの剣に!?」
「無駄だよ。キミはボクに傷一つ付けられない」
「なんだって………!ならばそれを証明してみせるんだね!」
神剣が銀色に光り輝き、そして彼は生身のロウに対して直接攻撃した。周りの木々が吹き飛ばされ、地面にクレーターが出来る、が、ロウはかすり傷一つ負っていなかった。
その光景を見たアインは、1つの疑問を持った。なぜ、髪が風に揺れないのか、と。攻撃は効かないにしろ、爆風で髪が後ろになびくはずだ。しかし、彼の状態は何一つ変わっていない。
「………いや、まさか………冗談だろ?」
僅か一度の攻防を見ただけで、アインはロウの能力に探りを入れていた。そしてその仮説を立てるに至った。
「オイ、アンタ………おっと、俺はアイン・サルファー。新人Sランク冒険者だ。………アンタの能力、もしかして………自分の時間を止める能力ってところか?」
「当たらずとも遠からず。半分正解だ」
「………バカな、そんなものどう対処すれば」
動揺した一瞬を狙われ、騎士団長と魔法師団長が斬られかける___も、ギリギリでレイドがそれを防いだ。
「君の相手は俺だ。彼らを巻き込まないでもらいたい」
「どうしてそんな酷いことを言うのかな。ボクにだって自由に行動する権利がある。それを制限されたらたまったもんじゃないなあ。キミはディストピア主義者だったのかな?騎士なんて成りしておいて、腹黒も良いところだよ全く」
レイドは確信した。目の前の男は話が通じない。一見正当なことを言っているかのように見えて、その実は利己的。保身に走るあまり自身が矛盾していることにすら気が付かない性質の悪さ。
「これより問答は不要。ロウ、剣士ならば剣を以て決着を着けよう!」
「ボクは争いが嫌いなんだよ。どうして理解できないのかな?どいつもこいつもそうだった。復讐だのなんだのと言い訳つけて、結局は人を傷つけることを正当化したいだけのクズじゃないか。面識もないのにボクを殺そうとして、どれほどボクが苦しめられて来たかキミ達には想像も付かないだろうね。キミも同じだよレイド。不完全な出来損ないの分際で、か弱いボクのちっぽけな人生に傷を付けるなよ!」
掠れば一気に致命傷、片腕を持っていかれると感じたレイドは、紙一重でかわしながら攻撃を当てていく。幸いなことにロウの剣術は素人同然。だが全く油断ができず、全神経を集中させなければまともに戦うことすら出来なかった。アインが十数本の破壊の腕をレイドの周囲に配置し、援護を行う。
ハクも参戦しようかと杖を握った瞬間、ドラゴンと共に《強欲の魔人》エーテルが舞い降りた。
「………ふむ、実験材料はいない………か。けど、そこにいる2人を持って帰れば済む話。君達、悪いけど俺の実験台になってくれ」
「実験………?」
「ああ。人間を媒体に、強力なモンスターの遺伝子を組み込んで強力な改造人間を作ろうと思ってさ。どう?あ、俺はエーテル。魔王軍幹部で、強欲の魔人と呼ばれてるよ」
ハクはビシッと杖を突きつけて、自身も名乗りを上げた。
「僕はハクです!Sランク冒険者で、今からあなたを倒す人だ!」
「チョ、俺忘れナイでくンない?俺はレーツェル・アルカーナ。《ジョーカー》なンて呼ばレてるヨ。Sランク冒険者。正直こんナおチビちゃんいらナいかもしれナいけど………戦力にはナるか」
エーテルが空に手を掲げると、上空の空間に穴が開いた。するとそこから、悪魔のような姿かたちをしたモンスターが現れた。
「ヴァンパイアロードを媒体にして、ドラゴンやデーモンロードの遺伝子を合成させたモンスターさ。可愛いペットなんだ。優しく殺してやるよ、お前ら2人とも」
「おい、おチビちゃん!足手まといニはなるナよ」
「はい!」
レーツェルの手のひらから青いスパークが弾け、波紋のようなものが手のひらから浮くように出現した。それに左手を突っ込むと、そこから曲がりくねり、柄から枝分かれするように刃先が幾本にもなっている剣を取り出した。それは1秒ごとに長さや形が変わり、刀身は不規則にうねる。
「じャ、行くゼ」
「援護します!」
「お前ハ本体を狙エ!」
レーツェルはたった一振りでヴァンパイア型モンスターを細切れにした。滅茶苦茶になった切り口は、その残虐な攻撃を表している。
一瞬でフォームチェンジし、赤白い魔力の翼を展開させたハクは上空から炎魔法を繰り出した。太陽と錯覚させるほどに凝縮された火球は、エーテルに向かって放たれる。
「ソル・マレウス!!!」
「美しい………!ここまでの魔法を俺は初めて見たよ!」
エーテルの腕がドラゴンの顔に変わり、それを事も無げに捕食した。
「素晴らしい一撃だった。称賛に値するよ」
「ならばこれはどうですか!|ジェリダ・エタールノム《凍結は永遠に》!!!」
「判断が早いな君は!けど、さっきの一撃が仇となったね!」
ハクの先ほどの攻撃を腕から発射して、氷の攻撃を相殺した。ハクはいったん距離を置き、魔族に有効な聖属性の魔法で勝負に出た。
「ルクス・サンクタ!!!」
光の奔流がエーテルに向かって襲いかかるも、彼は鏡をどこからか取り出してそれを反射した。
「光魔法は例え攻撃であっても実体を持たない!その程度の浅知恵じゃあ俺は倒せないね。さあ、次はどうする!」
「ダったラ物理デ潰せバいい」
レーツェルの声とともに、鉄塊がエーテルを潰さんとばかりに落下した。
「確かにそれも1つの手だ。けど、そんなもの無意味だよ」
エーテルの腕が刃のような形になり、それが伸びた。そして次々と鉄塊を切り裂いていき、バラバラのスクラップ状にしてしまった。
「………お前、テイマーじゃナいのカヨ?」
「残念ながらね。そんなようなことも出来るってだけさ」
「面倒クサい奴だッタわけカ………まあイイ、お前を叩きノメすことニは変わりナい」
相手が誰であろうと、どんな能力を持っていようが関係ない。敵対者を一片の慈悲もなく葬り去る。それがレーツェル・アルカーナのやり方だった。
「おチビちゃん、後方支援頼むゼ」
「分かりました!」
強化魔法を使い、レーツェルの身体能力を強化する。その傍ら彼は魔力を練り上げ、即座に魔法を使えるよう準備をする。
しかし、戦いは突如中断された。
『魔王軍に同調するわけではありませんが、無益な争いは止めるべきです。ここであなた方は撤退する………そう星は言っているのですから』
遠くから響くように声が聞こえて来た。4人は空を見上げ、声の主を探す。すると前方から、1人の青年がやってきた。その青年はなんと、普通に地面を歩くかのように空中を歩いていた。
「星はあなた方の敗北を示した。故に、今のあなた方では彼らに打ち勝つことは難しいでしょう。全滅する前に、撤退すべきだ」
「はあ!?何勝手に決めてるのさぁ!確かにボクは非戦主義者だけど、これはボクの正義の戦いなワケ。お前の一存で止めにしようだって!?冗談じゃない!!!」
「………不本意だが、彼に同意だ。これは俺達の勝負。そこに余計な茶々を入れてもらっては、騎士道に反するんだ」
「ていうか………アンタ誰?」
アインがそう問うと、青年は自己紹介をした。
「私はフォルトゥナ。星の意思のままに人を導く神託者。正式な職業は、パトリオン神殿の守護者です。貴重な遺産なので、盗賊などが良く来るんですよ」
「悪いが、貴重な被験体なんでね。君の言うことには従えないかなあ!!!」
エーテルがハクに攻撃を仕掛けようとした瞬間、フォルトゥナがそれを止めた。
「《テミスの掟____動くな、彼に攻撃をすることは許さない》」
その瞬間、エーテルの動きが完全に停止した。そして彼は愕然とした表情でフォルトゥナを見る。
「今のうちに逃げましょう!皆さん、僕につかまってください!フォルトゥナさんも!」
「ふざけるなよ!そんなことさせると思ってるの!?」
ロウは激情のままにハクに向かって襲いかかるが、それよりも一瞬早く転移が発動し、事なきを得た。
◆◇◆◇◆◇
「ありがとうございます、助かりました!」
「俺ハ不満ダけどナ」
「とりあえず、状況を報告しなくてはならない。一緒にギルドへ行こう」
5人は共にギルドへ行き、状況を説明する。そして、フォルトゥナのことを伝えた。
「し、少々お待ちください!ギルドマスターをお呼びします!」
そして、屈強な老人が現れた。王都の冒険者ギルドのギルドマスターである。
「かのパトリオン神殿の守護者………そのようなものに選ばれるとは、余程信心深いと見えるな。言葉1つであの《強欲の魔人》を足止めしたと聞いたぞ。ぜひ冒険者にならんか?」
「私などまだまだ。………ですが、面白いですね。たまには世俗に触れるのもまた一興。良いでしょう。私の役目は人を邪悪な者共から守り、星の意思を伝えることなのですから」
「良かろう。まずは適正検査を受けてもらうぞ。水晶玉に手を置くのだ」
その試験を見て、ハクは少し前の頃を思い出す。まだ弱かったころ、自分1人で冒険者の試験を受けた。魔力量も平均以下で、初級魔法しか使えなかった頃。惨めな思いをたくさんして、それでも強くなろうとあがいた日々を。
Sランクに昇格した際、再測定した。すると一瞬で水晶玉が砕け散り、とても驚いたことを良く思えている。
そしてフォルトゥナが手を置き、魔力を測定したその瞬間、水晶玉にヒビが入った。
「もう良い!やめ!………ふむ、魔力量はSランク相当か。では、実技試験を………」
「ねえ、ギルマスさん。俺が相手するよ」
アインがそう言うと、受付嬢とハクは驚いた表情をする。
「………なるほど、《壊皇》アイン・サルファーが相手ともなれば、油断はできませんね。ならば………《聖天の魔術師》ハク・パトリシア。あなたもいかがですか?」
「ええっ………ぼ、僕もですか………?」
「2人がかりでかかって来いって?随分と安く見られたもんだねえ。ハク、望みどおりにやってやろうぜ」
「じゃ、じゃあ………」
こうして、フォルトゥナの実技試験の相手をすることになったハクとアイン。その結果やいかに。
◆◇◆◇◆◇
王都から遠く離れた、梁山と呼ばれる秘境の地。そこに、白蓮と1人の少女がいた。見た目12才ほどの幼い少女だ。
「刹羅。久しぶりだね。元気だったかな?」
「おお!白蓮ではないか!懐かしいのう懐かしいのう!生まれ故郷に帰るのはいつぶりかえ?」
「そうだね、もう4年は帰ってなかったかな」
「そうかそうか!嬉しいのう………!」
刹羅。《天衣無縫》の二つ名を持つ冒険者で、Sランクでは3位に位置している。ユイル、白蓮、刹羅の3人はSランクの中でも別格中の別格、最強の存在として扱われているのだ。
全力全開の白蓮を相手に3勝3敗と、戦績的にもほぼ同格の強さを誇る。そんな彼女を一言で表すならば、まさに自由奔放という言葉が正しいだろう。
「白蓮よ、そろそろ強さ比べは決着と行かんかえ?余とお主は引き分けじゃろう?」
「そうだね。………君と久しぶりに手合わせしたくなったよ。一手、やろうか」
「うむ!そうこなくてはのう!」
刹羅が念じ、魔力を広げると、周囲の風景が一変した。星々が煌めく宇宙空間のような世界が広がっている。
「ここならば誰にも邪魔されぬな!行くぞ!」
「ならこっちから行こうかな」
直径数キロの隕石と、宇宙空間を飛び交うプラズマや高エネルギー粒子が刹羅を取り囲むように発射される。
「うむ!小手調べとしては悪くないわ!」
刹羅の周囲に障壁が張られ、その攻撃は全て打ち消された。そして彼女は手を上に上げ、それを振り下ろした。
「ふっはっはー!これをかわして見せるが良い!」
「これは………!」
遠くに見えた強い光の球が白蓮の方へと飛んでくる。否、それは太陽そのものだった。
能力を使って太陽そのものを動かし、攻撃手段として活用しているのだ。
「いきなり本気でいく必要がありそうだね」
しかし、その動きは白蓮が太陽に向かって手をかざした瞬間に止まった。
「むう………ならばこれはどうじゃ!」
一瞬で太陽を元の位置に戻した刹羅は、ちょうどすぐ隣にあった惑星を白蓮に向けて超光速で放った。
しかしそれに対し白蓮も同じく惑星をぶつけて対抗する。大激突した惑星は超新星爆発を起こした。しかしその瞬間を刹羅は見逃さない。
「《ビッグバン》!!!」
宇宙創生のきっかけであるビッグバンそのものを起こし、早々に決着をつけようとする。しかし白蓮もそれに対抗し、今しがた起こった超新星爆発をシールド状に変化させた。
「ぬう………渾身のビッグバンが防がれたか!やはりお主は面白いのう!」
「君もね。というか惑星………どうする?今ならまだ直せるけど」
「そうじゃな」
2人は数分で惑星を元に戻すと、位置を直して戦いを再開した。
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