14話 身勝手な悪意
「………斬られ………た………!?鎧ごと………!」
安物の剣で、黒竜の堅い素材で作られた鎧を斬るなど不可能。その防御が及ばない肘の関節部分ならまだしも、今しがた彼女が斬られた部分は、上腕二頭筋の半分の場所だ。つまりそこは素材による防御が行き届いている部分であるということ。
それをまるで豆腐でも切るかのように易々と自身の腕を断ち切った目の前の男に、彼女は戦慄した。
「何に驚いているのか、良く分からないな。とりあえず名も名乗った訳だけど、別にボクは君と戦いたいわけではないんだ。報復も済んだ、ならボクの心は満足だ。それで良いんだよ」
「貴様………!それで済むわけが無いだろう!護衛の者達や馬の命を奪っておいてその不遜な態度!許せん!」
「キミが許すとか、そういうのをなぜこちらが決められなくてはならないのかな。キミは裁定者にでもなったつもり?それとも裁判官ですか?あぁ嫌だ嫌だ、こんなに可愛い子が頭のおかしい異常者だなんて、世界は狂ってるよね」
「私は騎士なのだ、目の前の惨劇を見過ごせるほど愚かではない!」
「合わないねキミとは。傲慢にも程がある」
そう呆れた顔で言われたユリカは、全く悪びれる様子の無いロウに対し怒りが込み上げる。
「もう良い!!!貴様をこの場で叩き斬ってくれる!」
鎧や剣に宿った黒竜の力で彼女の身体能力を大幅に強化し、魔力を通して剣にエネルギーを込めて放つ大技。前はそれを斬撃を飛ばす攻撃として使っていたが、今回は直接攻撃を当てるのだ。
「酷いこと言うなあ。勝手にボクを悪者扱いしてさ、それでヒステリックになって斬りかかってくるなんて本当に理解に苦しむよね、どういう育てられ方をしたらこんな人間になってしまうんだろう。きっと可哀想な身の上なんだろうけど、それを言い訳にして自分を成長させないなんて本当に惨めで醜い最悪の価値観だよね。キミ可愛いんだからさ、騎士なんて辞めて娼婦にでもなったらどう?クズのやる仕事がキミには似合ってるんじゃないの?まあこんな精神性のヤツなんか誰も抱きたくないんだろうけどさ。………ああごめん、話し過ぎたね。では、キミの言い分を聞こうじゃないか。好きなだけ話してくれ。人は対話をすることで分かり合えるんだ、戦いなんて暴力でしか物事を解決できない頭の悪い奴のすることだ。本当に腹立たしいよね、争いは命を散らすだけの世界で一番無駄な行為だということに、愚かな馬鹿は気付かずに日々争いを繰り返し無駄に日々を塗りつぶすんだよね。………ねえキミさ、ボクの言い分をこんなに聞いてまでまだ攻撃を止めないって、どういう思考してるの?意味がわからなすぎて笑いすら出てくるんだけど、ねえ、なんか言ったらどうなの?地面に転がって息を荒げていないで、自分の考えを話そうよ」
彼が長々と話している間に、ユリカは何十発とその大技をその身に叩き込んだ。
だが彼の状態は先ほどと何一つ変わってはいない。全くのノーダメージだ。
「クソっ………、一体どうなっている!」
「腕が少しずつ再生している………あ、黒竜の力かな?」
「その通りだ。………貴様の言い分にも一理あるかもしれん。だが、貴様がしたことはなんだ!見ろ、この惨状を!故に貴様の言葉の正当性は皆無だ!」
木っ端微塵になった馬車に、兵士や馬がミンチになるという地獄絵図。
「何度も言っているのにまだ理解出来ないわけ?言ったじゃん、言ったよな、ボクはただ立っていただけで勝手に突っ込んできたのはあいつらなわけ。ボクはなにも悪くないし、不当な攻撃まで受けて本当に心が傷付いたんだよ。何よりさ、無抵抗の相手を剣で攻撃し続けるその感性は本当に理解し難いものなんだよ。キミはさ、どれだけ自分が頭のおかしいことをしているのか理解してるわけ?」
「どんな言い訳を口にしようとも貴様のしたことは重罪に代わりはない!罪を償え!」
「キミはあれだな、正義を盾に加害者を執拗に攻撃するタイプの人間だよね、胸糞悪いなぁ、どれだけの人が君に傷つけられただろう」
ユリカは周りを見渡すと、剣を強く握り締めた。身勝手に………相手からすれば、偶然の産物でしかない。だが、確かに彼は多くの命を奪ったのだ。下らない屁理屈を並べられたところで納得できるはずもない。
しかし結果は変わらない。自分の全力を尽くした攻撃を、その身体で一身に受けきっている。日だまりにいるかのような心地よい表情で、ただひたすらに。
「無駄だってば。分からないのかな?それとも、キミは理屈で感情を抑えられないタイプか。騎士としちゃ失格レベルだね、その資質の低さ」
一言彼が喋る度に苛立ちが募り、冷静さを欠いていく。いけないと分かってはいるが、こうもしつこく馬鹿にされると、そうもいかなかった。
その時、突如空から生き物の咆哮が聞こえてきた。それと同時に、鳥達が一斉に羽ばたいて逃げ出す音がする。
「む、なんだ………!?」
もしや作戦か、と思いロウの顔を見るも、彼でさえ首を捻っていることから、魔王軍同士の連携作戦と言う線は消えたと判断した。
「グオオオオオオッッッッ!!!」
全長50mほどもあるドラゴンが突如現れた。赤黒く太い血管が全身に張り巡らされ、それが脈動している様子が見える。
「………邪魔が入ったか」
「なんだあのドラゴンは………!希少種か!?」
「違うよ、多分単なる強化個体だ。あいつ、また余計なことをしたな」
ユリカは顔をしかめるも、あのドラゴンを倒さなければ町に入って被害が出る可能性がある。
剣を構えようとしたが、ロウがそのドラゴンに向かって剣を一振りした。遥か遠くにいる敵に向かって何をしているんだ、と思ったが、予想外のことが起きた。
真っ二つにドラゴンは斬られ、胴が分たれたまま血をぶちまけ、絶命した。
「なっ………!?」
「………邪魔をしないでくれよ」
ロウがそう呟いた時、森の奥から一人の男が現れた。
「すまないね、モルモットが邪魔をして」
「キミさ、配慮ってものが欠けてるよね。実験するんならさ、そこに人がいるかどうかくらいは確認するものでしょ。そんなこともしないでただ単純にモンスターを暴れさせるというのはどうかと思うよ」
「悪かったよロウ。………で、そこのお嬢さんはどなたかな」
「………っ、私は………ユリカ・アストライア!Aランク冒険者にして、王国の騎士!貴様は何者だ!」
「俺はエーテル。まあ一応、魔王軍幹部ってことになってるけども。肩書きは《強欲の魔人》。なるほど、騎士か………高潔な精神と忠義心を持つ者………いいね、実験材料にちょうどそういう奴が欲しかったところだ!ははは、今日はなんて良い日だ!」
「そういう身勝手な所がさ、キミの悪いところだよね。ボクと彼女は今しがた戦っていたんだよ。まあ戦い………というには彼女が一方的にボクを襲ってきただけなんだけどさ。少しは譲ろうって気持ちは無いわけ?思考回路イカれてるよね」
突如始まった魔王軍幹部同士の舌戦。正直今ここでエルマー王女とルファを連れて逃げ出したいところだが、そうもいかないようだった。
「おかしいのはお前でしょ。屁理屈こねてさ、具体的な話が何もないよな。昔からそういうところが気に入らなかったんだよ!」
今にも戦いが始まりそうな雰囲気だったが、突如その空気が解かれた。
「………っ、魔王城に戻れって?分かったよ」
「せっかく良い素材を見つけたところなのに」
どうやら撤退命令が出たらしい2人は、即座にその場から姿を消した。
◆◇◆◇◆◇
「大丈夫ですか、お二人とも」
「わ、私は大丈夫です」
「………はい、なんとか………」
再び馬車へと乗り込み、隣町まで彼女達を送り届けた。
「まさか、憤怒の直後に怠惰と強欲が現れるとは………異常事態だぞ、これは」
モンスターを操るのか、強化するのか。エーテルの能力も不明だが、最も警戒しなければならないのが怠惰の魔人、ロウだ。
「次から次へとっ………」
ハクとアインが死力を尽くしてなお憤怒の足止め程度しかできなかったと聞いているから、なんとも恐ろしい話だった。
「怠惰には兄上を、強欲は………クソ、誰に救援を求めれば良いのだ!!!」
「儂がその相手をしよう………」
腰の曲がった老人の男性が、突如声を掛けてきた。
「儂はもう引退した冒険者なんじゃが、まだまだ腕はなまっておらんぞい。ドラゴン程度なら軽く捻れるわい」
「し、しかし………」
初対面の人にいきなりそんなことを言われても、とユリカは困惑する。
すると老人は突然子供の姿へと変化し、声と口調が変わった!
「おねえちゃん、どうして提案を無視するの?酷いよ」
「なっ………!?」
そして今度は、ユリカと同い年くらいの少女の姿へと変貌した。声まで可愛らしくなっている。
「寂しいわ、せっかくこうして会えたのに………」
脳が理解を拒否するような感覚。そして、目の前の視界が波打つようにゆらめき、ユリカは目眩を起こしてしまった。
「ゴメンっテ。ちょっとふざけタだケ。ユ・る・し・テ?」
気絶する直前、一瞬だけその姿を見ることができた。
軽やかに頭の中に響くのは、青年の声だった。目の前で喋られているのにも関わらず、声は前からと同時に頭の中にも響いてくる。
目を開くと、極彩色に輝く人型の生物が自分を介抱していた。恐らく先程の青年だろうと結論付けたユリカは、その方に向き直る。
「まぁ、さっキ見られたからナ。いいか別ニィ」
能力を解除した青年は、本来の姿を表した。
「俺ガ誰かっテ?………俺はレーツェル・アルカーナだヨ!Sランクの7位だネ。《ジョーカー》なンて呼ばれテるネ」
自己紹介をすると、レーツェルの姿が再び変わった。ピエロの姿になり、その手にはビックリ箱が。
「開けてミテェ?」
「え?………え、ええ。分かりました………」
恐る恐るそれを開けてみると、手のひらサイズの小さなドラゴンが飛び出してきた。
「うっ!?」
ユリカは思わず驚くも、すぐにレーツェルを睨み付ける。何のつもりだ、と。
「チョッとしたいたずらダヨ!」
「………い、いたずら………ですか」
「いたずらハ楽シイかラネ」
ドラゴンもビックリ箱も煙のように消え、彼の姿も元に戻った………と思いきや、レーツェル自身が今度は木の人形へとその姿を変えた。
「コンニチワ!」
「………む、むぅ………?」
「カワイイ?」
「え、ええ………子供が喜びそうですね」
「………キミで遊ぶのも飽きたナ。普通に話ソウ」
つまらない反応に飽きた彼は一旦元に戻った。そして話を進める。
「デ、話シは何?………強欲って単語が聞こえテきたんダケど」
「はい………強欲の魔人、それに怠惰の魔人が現れました。活動を開始したとなれば、近いうちにどこかで被害が出るやもしれません!」
「ナるほドねェ………とリあエず状況は分かっタヨ~。俺1人デ強欲と怠惰ノ相手をするのハ無理だかラ、誰か救援を呼ばないトねエ」
「被害が出る前に敵を叩かければなりません。私についてきてはくれないでしょうか………」
「イイヨ~」
間の抜けた返事だったが、レーツェルが本物のSランクであることはギルドカードを通じて確認済みだ。そして王都へと戻ってきたユリカは、ギルドの扉を開けた。状況を説明すると、場内は騒然とする。
「皆の者、落ち着け!救援を呼んできた!ここにいるのはSラン………む!?」
今さっきまで隣にいたはずのレーツェルがいないことに気が付いたユリカは、苛立ちに顔を歪める。その奔放さから、ギルドマスターから「世界一扱いにくい冒険者」とまで言わしめた男だ。
「ぐぬぬぬううぅぅ………!一体どこに………」
「ココダヨ!!!」
足元からか細い声が聞こえたので見てみると、そこにはデフォルメされた小さい木彫りの人形があった。ユリカはそれを拾い上げると、人形がしゃべりだした。
「ゴメンゴメン,イマモドルネ………ってワケで、レーツェルでス。宜しクネ!」
人形がいきなり青年の姿に変わったことで、冒険者や受付嬢は腰を抜かすほど驚いた。
「どうモどウも、こンにチは~。Sランクのレーツェル・アルカーナでス」
「レーツェル………?あっ、《ジョーカー》のことか!」
「ほとんど情報がねえって噂の………」
「ジョーカーなんざ生じゃ滅多に見られねぇ………」
彼は名前と二つ名のみ広く知られているものの、それ以外の情報はあまり知られていない。誰も、彼がモンスターを倒すところを見たことがないと言う。逸話も無ければ、有名な武具を身に付けているわけでもなし。能力も不明。
それなのにSランクになったことから、一部の間ではインチキ扱いされていた。
だからだろうか。数人の冒険者が彼に向かって歩いていく。しかも、武器を抜きながら。
「あんたが噂のジョーカー?………ククク、噂は聞いてるぜ。金を握らせて買収してSランクになったインチキ野郎だってなぁ!!!」
「Sランク程のお人の情報がほとんど知られてないなんてことあるはずがねぇだろうが!!!今ここで試してやるよ!」
「嘘つきのインチキ野郎の化けの皮を剥いでやるぜ!!!」
雄叫びをあげながら、彼らは一斉に襲いかかる。
「レーツェルさん!!!おい貴様ら!止めないかっ!!!」
「………アー?平気平気ちゃんだヨ。すぐ済ませるシィ」
あくび混じりで迎え撃つ彼に苛立ちながら、一斉に男たちは斧や剣を振るう。
レーツェルは微塵も動く様子がなく、丸腰のままふんぞり返って仁王立ちしたままだ。たった今変顔が加わったが。
レーツェルに剣や斧が直撃した。だが、不可解なことがあった。確かに頭は斧で割り裂かれ、剣で四方八方を串刺しにされているはずなのに。
それなのに、血の一滴すら出ない。そして男達は、ある違和感にようやく気づいた。
「………なん、だ………こりゃ………!?」
「は、はあああぁぁぁぁ!?!?」
男達が混乱の境地に達する。なぜなら、武器が彼の身体を貫通した部分だけ綺麗さっぱり消えてなくなっていたからだ。
刀身を失い、柄だけを持った男達はあまりの出来事に呆然と突っ立っていた。
「ほら、俺はSランクでショ?これでわかっタ??」
全く意味が分からない。この場にいるもの全員が、何が起こったのかさっぱり理解できなかった。
「ア、武器壊シちゃッテゴメンね。今治すかラ」
すると、彼らの武器が少しずつ元通りになっていく。再生するかのように武器を治したレーツェルは、なんでもないことかのようにユリカの方に向き直った。
「ケケケ、見タ?俺に惚れチャったかナ?」
「………あ、あの、笑っていないで話を………」
「ゴメンゴメン。話の続きダネ。強欲は強イヨ~、正直俺一人じゃ勝つのハ厳しイかも?」
「戦ったことが………あるのですか?」
「ウン、ちょっとしタ小競り合いだッタンだけどネ」
次々と強力なモンスターを召喚し、厄介だったと彼は語る。エーテル自身の強さは分からなかったらしいが、仮にテイマーだとしたら相当の実力者らしい。
「テイマー………という線が有力ですね」
「ダね」
◆◇◆◇◆◇
「………こんなもんかな」
魔王城にある研究ラボで、エーテルは一体のモンスターを観察していた。それは巨人型で、黒く太い角が生えている。
「とりあえず試しに………っ!?」
何かのバグなのか、モンスターが彼に向かって襲いかかる。
「こらこら………おいたはダメじゃないか」
彼はモンスターの身体に触れると、その身体が爆散した。物言わぬ肉塊となったそれを一瞥すると、興味を失ったかのように再び椅子に座った。
「あの少女の居場所はここか。………急襲をかけようか」
ユリカを実験台にするため、彼は居場所を探らせていたのだが、補足したため行動を開始した。
王都に数えきれないほどのモンスターが現れたのは、それからすぐのことだった。
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