13話 終局
「………な、なんで………?」
アスタロトはもちろん、ハクもアインも唖然としていた。街が元に戻っていたのだから。いや、街だけではない。即死した人以外は、人間や動植物でさえ完全に復活していた。
「………簡単なことさ。星ごと元に戻るように運命を変えたんだ。君の目論見は失敗に終わったようだね」
「………す、すげぇ………!」
「白蓮さん………」
白蓮は2人の肩を掴み、呆けている暇はないよ、と戦闘続行の指示を出す。
アスタロトは表情が凍り付いたまま、激しい攻撃を何とか避ける。
「どうした!動きが散漫だぜ!」
「ハアッ!」
すぐに正気に戻ったアスタロトは蹴りで牽制するも、勢いに乗った2人はそれを相殺する。
そしてハクが時間差で弾幕を張って反撃のタイミングを奪い、その隙間を縫うようにして触手状の破壊のオーラが伸びていく。
「調子に乗るなよ!!!別にお前らが強くなった訳じゃないだろ、もう一度自転を止めてやれば今度こそ終わりだ!!!」
「そうはさせないよ!!!」
「だったらこれならどうだ!!!」
すると轟音が空から鳴ったかと思うと、空一面を埋め尽くす程の隕石が降り注いで来た。
「僕が対処するから、2人は彼をけん制し続けるんだ」
「舐めるなよゴミ虫共がっ………!」
白蓮が手を空にかざし、力を込めた途端に隕石が空中で止まった。
「ありえないだろそんなのっ!力づくで強引に………!」
彼は能力で落下の威力を上げるも、全くびくともしない。その事実に歯噛みし、憤怒に顔を歪める。そして白蓮は指を鳴らし、隕石は全て爆発し、無力化した。
しかしハクとアインでさえアスタロトの足止めが精一杯。彼の些細な行動に気を張り続けながら攻撃をしなければならないため、決定打が与えられないのだ。だが白蓮は彼の攻撃を無効化することができるため、攻撃に集中することが可能だ。
「鬱陶しいなあ!いい加減死ねよ!!!」
ハクの炎魔法を手で払いのけると、その余波で2人は大きく吹き飛ばされる。その隙に白蓮を始末しようと、彼はパンチを放った。しかし今度の攻撃は広範囲に破壊をもたらすものではなく、白蓮だけを対象とした攻撃だった。
しかしそれは一切のダメージを与えることなく、風が髪になびく程度。そして2人は同時に一瞬で距離を詰め、接近戦を繰り広げる。
「無理に近づくなハク!巻き込まれるぞ!」
「でも………!」
何か出来ることはないか、役に立てないかと必死に考えるハクを見て、アインは咄嗟に思い付いた考えを述べる。
「隙を突けばいけるか?いや、常時無効化はしてないだろうな、………いや、待てよ」
「どうしたんですか?」
「………俺達でも奴に攻撃が通るかもしれねえ」
一方その頃、白蓮はアスタロトを圧倒していた。だがしかし、それは傍から見れば、というだけの話。共に決定打が与えられず、千日手の状態と化していた。
「クソったれめ………いい加減にしろよ!!!うわっ!」
横から2人を遮るように襲ってきた炎の濁流にアスタロトが飲み込まれ、状況が一変する。すぐさまその攻撃を無効化したアスタロトは、蹴りで炎をかき消そうとした。だが再びそれが彼に襲い掛かる。
「出し続ければ良いだなんて、安易にもほどがあるだろ!調子に乗るなよ三流魔術師………がっ!」
「俺の大事な親友をバカにしてんじゃねえぞ、お前」
黒く淀んだオーラを纏わせながら後ろから彼を羽交い絞めにし、彼の行動を制限する。
「無駄なことだって、いい加減………ッッ!?!?」
ほんの、ほんの僅かずつ。だがしかし確実に、身体が崩壊していくのを感じた。破壊に再生が追い付かないのだ。
「ど、どうなって………!?」
「このままお前を食い留めて、永遠にさよならするんだよ!」
それと同時に、少しづつ他の部分の衣服が焦げ始めている。
「くそ、くそくそくそくそがあああアアア!!!」
音圧で吹き飛ばそうと大声を出すも、殴られたことで見当違いの方向に攻撃が飛んでいく。
「言っただろうが、お前の攻撃のかわし方はいくらでも思いつくってよ!」
「2人ともよくやった!!!このまま彼を倒す!!!」
白蓮がアスタロトの腹に強烈な飛び蹴りを見舞う。その威力は身体を貫通し、彼の骨をひしゃげさせる。そして一瞬も止まることなく、彼にラッシュのパンチを浴びせた。
そしてハクが上空に巨大な氷柱を創り出し、それを落下させる。当たる瞬間にアインは離れ、それはアスタロトごと地面に落ち、大きなクレーターを発生させた。
「まだだ!!!手を緩めるな!!!」
だが、追撃を加える前にアスタロトは氷柱を破壊して脱出、怨嗟の怒声をまき散らし、狂ったように奇声を上げ、喚きながら石や砂をあたり一帯に投げ飛ばす。
「あああああああああああ死ね!!!どいつもこいつも、身の程知らずが!!!くそ、くそが、ゴミ共が………!!!!」
「避けろ!!!」
ハクはアインを連れて遠くへ転移し事なきを得た。白蓮はそれを無力化し、周囲への被害を0にする。
「お前さえ、お前さえいなけりゃあのガキ共を殺せたっていうのにさあ!!!邪魔するなよなあ!!!」
「悪いが彼らは僕の大切な後輩だ、守る責任がある」
「下らない戯言を………!」
「ああ、言い忘れていたよ。………目に見えるものだけに囚われていては、見るべきものも見えないということさ」
いきなりご高説を垂れだした、とアスタロトはその発言を鼻で嗤う。嘲笑する。………それが、大きなヒントだということにも気づかずに。
「がっ………!?」
アスタロトの心臓が後ろから穿たれ、そのまま体の中から彼を凍り付かせた。だが、それは僅か1秒にも満たない足止めにしかならない。完全に全てが凍りきる前に解かれ、心臓を修復されてしまう。しかしそれでも、戦闘中のわずかな時間は命取りになる。
「この瞬間を待ってたんだよ!」
鋭利なナイフが、アスタロトの心臓に突き刺さった。それはただのナイフではなく、限界まで凝縮された破壊のオーラが纏われた物だったのだ。
通常ならば破壊は伝播し、内側から彼の身体は消えてなくなるだろう。しかし、そう簡単には事は運ばない。再生力とせめぎ合い、中々崩壊が進まないのだ。
しかし能力のリソースの大半をそれに使っている今は、話が違う。通らない攻撃も、通るようになる。
「アスタロトさん!あなたは、多くの人の命を身勝手に奪ったんです!あの世で反省してください!!!」
ハクは赤白い魔力で6枚の翼を造り、空中から彼と対峙する。杖に取り付けられている魔石に、全ての魔力を注ぎ込んだ。そしてそれは、オレンジ色に光り輝く。炎属性の極みであり、到達点である熾属性へと魔力の性質を変化させる。
そして、光熱の砲撃が、柱となって空をも照らす。それは、闇を切り裂き、空を明るく照らす太陽のようだった。
「バカな、バカなバカなバカなアアアアアアアアア!!!!こんな、こんな奴らに____」
断末魔の声も、聞こえない。彼の身体は、骨の欠片も残さずに灰となって消えたのだから。
◆◇◆◇◆◇
「終わった………!」
「2人とも、ありがとう。君達がいなければ勝ちは得られなかった。憤怒を倒したんだ、本来ならば勲章や爵位を授かるほどの大手柄なんだけど………国王は彼に殺されてしまったからね、それはもうしばらく先になるだろう。僕は不要だから、2人は是非受け取ってくれ」
「どうしてだよ、大金や名誉が手に入るのに」
「………僕はそういう煩わしいことが好きではないんだ。だからああして俗世から隔絶された生活を送っているんだけどね。金や名誉など所詮は同じ人間が作り出したものだ、それに振り回されたくないんだよね」
「ククッ、あんたらしいな」
そして一瞬で消えた白蓮を見送ると、彼らは冒険者ギルドへと戻った。
「ただいま帰りました!!!」
「ういーっす」
2人の様子から、彼らはアスタロトに打ち勝ち、討伐せしめたことを皆が察した。そして、ハクが勝利を報告した。すると、
「「「うおおおおおおおーーーーーーっっっ!!!!」」」
皆が歓喜した。喜び、抱き合う。2人はもみくちゃにされ、喜びを共有し合う。それが数分続き、騒ぎが収まってきた後、ようやく彼らは解放された。
「ハク!凄い、凄いよ!!!だって、あの憤怒の魔人を倒しちゃったんだよ!!!」
ミシェルはハクを抱きしめ、褒めたたえながら頭を撫でまわす。
そしてユリカはアインと語らう。だが、ユリカの口から出てきたのは後悔の言葉だった。
「すまないな、役に立てなくて………良かれと思ったが、お前達の足を引っ張ってしまった」
「いいって、あいつをブチ殺せたんだ、文句はねぇよ」
「うむ、そうだな。………っと、それよりも………王女殿下とあのエルフの少女、しばらくは隣街の屋敷で養生するそうだ。その馬車の護衛を私が請け負うこととなった」
「俺達も着いていくわ、お前だけじゃ心配だからなぁ」
「………あの」
おずおずと、後ろから声を掛けられた。アイン達はその方向を向くと、そこには王女であるエルマーが立っていた。
「なんとお礼を言えば良いか………誠に、ありがとうございました。両親の………国王と、后の仇を討って下さり、感謝の言葉もありません………」
「別に構いませんって、王女殿下。俺らはただ、冒険者としての仕事をこなしただけに過ぎないんだから。………それはそうとさ、この国………どうなるんすかね?」
「………新国王は、兄が務めるでしょう。王城や街の修復も………いつの間にか完了しているようです。今までと変わらない、平和な生活を送ることが出来ますよ」
それは白蓮の仕業であるのだが、あえて黙っておくことにした。そして、エルマー王女は改めて彼らに頭を下げた。
「良かった………!」
「俺は疲れた。家で寝てくるわ。しばらくクエストは受けないからな!」
そう言うと、アインはギルドを出ていった。それをユリカが追いかける光景は、どこか微笑ましい。彼らを見送った冒険者達は、宴会を続ける。
そしてユリカは、エルマー王女の執事を連れて戻ってきた。
「………む、王女殿下にルファさん。そろそろ時間です。私がしっかりと護衛を致しますので、道中はご安心下さい!」
「はい、宜しくお願い致します、ユリカさん」
「よ、宜しくお願いします………!」
そして彼女達は馬車に乗る。馬車は3台あり、真ん中にある馬車に乗っていた。しかし、道中で野党に襲われる危険性もある。
そのため現在Aランクの中で最高戦力であるユリカが護衛として付いているのだ。
「………私は、エルフの村の戦士でした。魔法と弓が使えます。………けど、あの男を相手に、私は恐怖に屈することしか出来ませんでした………、情けない限りです」
「いいえ、そんなことはありません。ルファさんだって、勇敢だったことでしょう。私は騎士として____」
言葉を紡ぎだそうとしたその瞬間、爆発音と悲鳴が前から聞こえてきた。すぐさま護衛の集団は警戒体勢に入る。
「敵襲!敵襲ーーーー!!!オイ貴様!王女殿下とルファさんを遠くへ逃がせ!!!一刻も早くッッッ!!!」
「はっ、はい!!!」
そしてユリカは飛び降り、兵士と共に辺りを見回す。すると馬車の進行方向に、青年が立っていた。
「………あぁ、世界は今日も美しい」
平然と彼はそう言うと、道端に座り込んだ。
「こんな青空の日には、きっと人々はどこかへ出掛けるのだろうね。しかし、仕事をするものもいる。そういうサイクルで、今日も社会は円滑に回っているんだね」
「貴様の仕業か?答えろ!」
「………ボクの仕業………というのはいささか誤解を生じる表現だ。詳細に説明しなければ君達の理解はきっと得られないだろう。だが待ってほしいんだ、敵襲………ボクを敵だと認識しての発言かな?それはちょっと困るよね、ボクはただ安寧に、無為な日常を楽しんでいただけだ。その過ごし方は人によるだろうが、例えばボクなんかはここで空を見ていたんだ、だけどキミ達の馬車のうるさい音で気が散ってしまった。つまりキミ達はボクの安息を壊したということになるよね。ボクの心は傷付いた、とても傷付いたんだよ。人の心は繊細だ、ガラスと変わらない。そういう気遣いというものが出来なければ、人は付け上がり傲慢になるだけだよね。そういう譲り合いが人生をより豊かにさせると思うんだ。………で、何の話してたっけ?」
「貴様の仕業か、と聞いたのだ。次に無駄口をきいたときは………叩き斬る!!!」
「申し訳ない、キミを怒らせてしまったようだ。えっと、それは違う。キミ達が勝手に僕にぶつかってきて、勝手に爆散しただけのことさ。だからさっきも言ったじゃないか、それは誤解を生じる表現だ、と。キミさあ、ボクの言葉を無駄口だと断じたよね?それはキミがそう決めたから勝手にそういう認識になったのであって、ボクはそうとは思っていないんだよ。それはちょっと認識がずれているよね。そんなことも気づかないでキミは勝手に断言した。そんな悪口を言われたほうがどう思うか考えたことはないの?そうだとしたら本当に最低な人間性だよね。キミはそうやって自覚もなく他人を傷つけ続けるんだろうなあ、本当に可哀想だよね。いっそ哀れに____」
「ええい、黙れ!」
黒い斬撃が青年を襲う。だが、それは彼の身体に当たった瞬間に霧散した。
「それがキミの答えか。なるほど、ならばこちらも剣を抜くしかないなァ………これは正当な報復だ。憎むな、恨むな、それは筋違いだ」
肩をすくめ、青年は銀剣を抜く。何も特別なことはない、ごく普通に店で一般的に売られている剣だった。
(鎧も着ていない、剣も特別な物ではない。だが、初手から全力で向かうのみ!)
ユリカが剣を構えなおそうとしたその瞬間、剣を持った右手が肩から斬り飛ばされた。
「ぐあっ………!」
痛みと驚愕、混乱で膝を着くと、青年の顔を見上げる。彼はその場所から一歩たりとも動いてはいなかった。
(何が起こった………!)
「キミが僕に不当な攻撃を仕掛けたんだ、これはその報いだと理解して欲しいものだね」
「き………さま………、何者だ………!」
「人に名前を聞くときはまず自分から名乗るものでしょう。無遠慮に人の心を踏みにじっておいてその言い草って言うのはちょっとおかしいんじゃないの?キミ、どうかしてるよ」
その言葉に、ユリカは歯噛みし、自分の名を名乗った。
「ユリカ・アストライアだ………!」
「そうだ、それで良いんだよ。そういう当たり前のことの積み重ねで社会は円滑に回っていくんだよ。そんなことも分からない奴らが世の中には多すぎるよね。では、こちらも名を名乗ろうかな。ボクはロウ。………いや、あれだね。《怠惰の魔人》と名乗った方がいいかな?」
青年は努めて穏やかに、優しく微笑んだ。
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