12話 最悪の被害
「ハク!!!来るぞ!!!」
「はいっ!」
アスタロトは足を振り上げ、地面を思い切り蹴りつけた。
攻撃の範囲の大きさからして回避は困難。ならばとアインは破壊のオーラを壁のように展開させたと同時に、ハクの防御魔法が展開された。
「|イムタビルス・デウス・ムルス《不変の神壁》!!!」
「《デストラクション・エンチャント》!」
それはまるで違う色の液体が混ざりあったかのように融け合っていく。
白と黒の光が混ざりあったような色の障壁に、思わずユリカは感嘆の声を漏らす。
「綺麗だな………」
「僕の攻撃を防いだ………!?あいつだけじゃなく、お前らまでも………!けど、いつまでもそんなのが続くわけないだろ!」
「確かにな。けど、俺達はそんなヤワじゃねえんだよ」
神代魔法は魔力の消費が激しく、乱発は厳禁。だが、アスタロトの攻撃を防ぐにはもはやこの合体技しか手立てがない。
回避すれば、その先にどんな被害をもたらすか想像も付かない。人道的に出来るはずもなかった。
ハクの魔法は属性進化と杖の効果により更に強力になり、もはや彼は疑いようもなく世界最強レベルの魔術師となった。
しかし相手は魔王軍幹部。Sランクが2人いても尚圧倒されている状況に、改めてハクはその恐ろしさを痛感した。
「チィッ、無駄だって言ってるのが分からないのかなあ!」
「それでも僕は絶対にお前を倒す!!!《|レイジング・デウス・フランマ《荒れ狂う神炎》!!!」
「魔術師ごときが………調子にのってんじゃねえよ!!!」
炎が渦のように4つ吹き上がると、アスタロトを飲み込もうと先端から迫る。だがしかし彼はそれを一蹴、そして後ろから斬りかかるユリカの剣を指で掴み、薄氷を踏むように破壊した。
「しまっ………」
「お前に用は………お?」
地面に落下したユリカをまじまじと見ると、彼はニヤリと下卑た笑みを浮かべる。
「くっ………殺せ!」
「殺さない殺さない。へへへ………」
「俺の女に触んじゃねえ!!!」
アインが後ろからタガーを振るうも、それは避けられる。ユリカは折れた剣を躊躇なく捨て、代わりの剣を抜いた。
(こいつの能力………白蓮さんによると、力を操る能力らしいな。道理でただの蹴りがあんな無茶苦茶な威力になるわけだ)
どれほどまで細かい調整が出来るのかは分からないが、些細な行動一つ一つに細心の注意を払う必要がある。
しかし、想定を遥かに超えることが起こった。
空から轟音が鳴り響いたと思えば、巨大な隕石がハク達目掛けて落下してきたのだ。家よりも尚大きく、もし落ちれば一溜りもない。
「ハク!!!撃ち返すぞ!!!」
「はっ………はい!」
魔王軍幹部を倒す前に、隕石を撃ち返すミッションの追加だ。しかし2人に悲壮感などまるでなく、自分達ならば出来るという自信が表情から見てとれる。
ハクは魔力をビーム砲のように発射し、アインもまた破壊のオーラをビーム状にして放つ。
「うおおおおおおぉぉぉっっっ!!!」
「ハアアアアァァァ!!!」
隕石を少しずつ削っていき、そして遂には中心を捉えた。
「そのままブチ抜く!!!」
さらに出力を上げると、隕石を完全に貫通し、大爆発を起こした。その瞬間、すぐにオーラが変形する。腕が空を一掃し、塵まで残さずに消し去った。
「ハァ、ハァ………!どうだ!」
「何がどうだ!だよ、下らない。隕石程度にそんなに頑張ってちゃ世話無いよね」
「そりゃあそうだろうな、お前の能力なら」
アスタロトから小馬鹿にしたような笑みが消えた。わなわなと身体を震わせ、顔に爪を立てる。
「お、お前………!どうして………!」
「さっき言ったろ?白蓮さんから聞いたって」
「あ、あの野郎………どこまでも僕の邪魔をしやがってええええ!!!」
白蓮への恨みを声に出すアスタロト。負かされ、価値観を否定され、一度は殺されかけたのだ。白蓮に対する復讐心も膨れ上がっている。だが、今の相手はハク達3人。
「俺らのこと忘れてんじゃねえよ」
「忘れてないに決まってんだろ!!!まずはお前らからぐちゃぐちゃにしてやる!!!」
一直線に突貫してきたアスタロトは、何かにぶつかったような感触を尻目に3人に迫る。だが二手に別れる形で避けられ、苛立ちを募らせる。
まずはとアインに狙いを定め、攻撃を仕掛けようとする。だが横から突然何かにぶつかられ、転倒してしまう。
「ごっ、がっぐあっ!!!」
突然の不意打ちに咄嗟の能力の解除が出来ずに、彼は地面を転がりながら森を蹂躙していく。自分の力による自爆ダメージに、彼の怒りは益々募っていく。
「真正面からじゃお前には敵わねえけどさ、お前を抜く方法ならいくらでも思い付くぜ」
「クソがああァァァ!!!」
怒りのままに真正面から殴りかかってくるアスタロト。だがしかし何かに足を滑らせ、思い切り転倒してしまう。身体を強く打ち、地面に大きなヒビが入った。
「ご………がぁっ………!」
間髪いれずに、ハクの氷魔法による攻撃が襲いかかる。 天高くそびえ立つ氷山が槍のように彼の身体に落ちる。
「小癪なことするよなあ………ほんっとにさぁ!」
声の音圧でそれを粉々にすると、すぐさま立ち上がる。そして何を思ったのか、薄く笑みを浮かべた。当然ながら3人は一体何をするつもりだ、と警戒する。すると、彼らだけでなく森の木々一帯が突然吹き飛ばされた。
「うわあああああっっっ!?!?!?!」
「なんだ、何が起こっている!!!」
そこかしこから轟音と悲鳴が聞こえ、もはや戦闘どころではなくなってしまった。そんな中でいち早く冷静さを取り戻したアインは原因を察知し、顔を青くした。そして暴風が吹き荒れる中アスタロトに向かって叫んだ。
「お前まさか………自転を止めたのか!」
「そうだよ!さあ、何とかしないとこの星はやがて滅ぶぞ!!!」
「なんてことしやがるっ………!」
あまりにスケールの大きな攻撃に、彼らは絶句する。しかし自転が止まったことで惑星規模での大災害が起こり、生存者の救出などにあたらなければならなくなった。
彼らは即座に勝負を放棄し、ハクの魔法で町に転移した。その光景は、まさに地獄そのものだった。あらゆる建物は瓦礫と化し、街中に炎が広がっている。
「バ、バカな………!クソっ!」
「待てユリカ!チッ、俺達も早く救出を………、ハク?おい、何してるんだよ、急がないと………」
アインは呆然としているハクの手を引っ張ろうとするも、彼は動こうとしない。遂には膝から崩れ落ち、ただ呆然とその光景を見続けていた。
「チッ………おい、先に行ってるからな!」
しびれを切らしたアインが先に進むが、瓦礫を破壊するかどうかを躊躇していた。もし中に人がいれば、その人間ごと瓦礫を消してしまうかもしれないからだ。
「どうする………!っ、そうだな、これがあった」
最近はあまり使ってはいなかったが、氷の能力で腕を作り瓦礫を持ち上げれば済む話だということに気づき、すぐさまそれを実行する。
(けど………ああなるのも無理ないな。こんな光景を見ちまったんだ)
しかし、遺体を見るのにも慣れているアインですら、思わず一瞬その惨状に目をそらしてしまう。
家族が4人、瓦礫に潰されていた。つい数分前まで、テーブルを囲んで食事をとっていたのだろう。めちゃくちゃになった皿と料理があった。
一周回って、逆に心が冷えていくのを感じた。そして冒険者ギルドがあった場所に行くと、やはり先程見たものと同様の惨状が広がっていた。
「………酷ぇ………」
時速2000km 。この星の自転の速度だ。自転が止まったことにより、慣性の法則で全てが吹き飛ばされ、歴史上類を見ない大惨事を引き起こした。
「これがあいつの最終手段なのか?それともまだ何か………」
「ねぇ、なんで僕を無視するわけ?」
下を向いて思案していた矢先、アスタロトの声が前から聞こえてきた。
「いたのかよ………お前、こんなことしておいてただで済むと思ってねえだろうな………どんな気持ちだ?」
「ハッ、むしろ清々してるよ!それとも何か?この状況をどうにか出来るとでも思ってるわけぇ?」
「まあ、俺らだけじゃどうにもならんわな。だから………ちょっと手を借りるぜ」
「………あ?」
彼が疑問をそのまま口に出したその時、突然腹を蹴っ飛ばされた。そのまま瓦礫に頭から突っ込んでしまう。
「ぐあっ………な、なんだ………っ!」
「君は………自分が何をしているのか分かっているのかい」
忘れるはずのない声が聞こえてきた。先ほどまで自分をぶちのめした相手を、記憶から抹消出来るはずもなく。
「白蓮………っ!!!お前ぇぇぇ!!!またしても、また僕の邪魔をするのかあああァァァ!!!!」
「気安く僕の名前を呼ぶな」
踵落としがみぞおちに炸裂。痛みに悶絶するアスタロトだったが、白蓮はその隙を逃さない。
彼の首根っこをを掴んで上空まで跳ぶと、その手を前に出した。
「見ろ、見るんだ………!これが君のしたことだ。どれほどの人が亡くなったか………その悲しみがどれほどか………想像も付かないだろう!」
「そんなの知るか!がっ………」
瓦礫に向かって投げ落とし、追撃として超新星爆発に太陽のエネルギーを加えたものを凝縮させ、空から彼に向かって放つ。
「いつまでも調子に乗るなよ!!!」
アスタロトは受ける力をゼロにすることでダメージを無くして、白蓮の元まで向かうも、その途中で横から赤白い光に吹き飛ばされた。
「うおあああぁぁぁ!?!?!?」
その攻撃を放ったのは、ハクだった。その目尻には涙が見える。
「やあ、どうにか復活出来たみたいだね」
「すみません、もう大丈夫です!」
「お前なんかお呼びじゃないんだよ!すっこんでろ三流魔術師が!!!」
怒りと悲しみで頭がいっぱいのハクには、その言葉など聞こえていない。無我夢中になって、ひたすらにアスタロトを攻撃する。
「効かないって言うのが分からないのかなぁ!」
アスタロトの蹴りにハクが吹き飛ばされるが、白蓮に抱き止められる。
「大丈夫、背中には僕がいる。一緒に戦おう」
ハクは黙って頷くと、翼から赤い光をエンジンのように放ちながら、高速でアスタロトの元へと向かう。
「速度が上がってる………!?けどさぁ、無意味なんだよなぁ!」
「僕のことも忘れてもらっては困るよ!」
「アアアアアアアアア!!!!鬱陶しい!!!!」
音圧で大きく吹き飛ばされたハクだったが、アインに助けられ即座に先ほどの場所まで転移する。
「どいつもこいつもっ………僕の生存権を侵害しやがって!!!誰しもが自由に生きて良いはずだろうが!なのになんで邪魔をするんだよオオオオオ!!!」
「自由の名のもとに全てが許されると思っているのなら、それは大きな間違いだ!多くの人を傷つけ殺し、自然を破壊しつくした君にはそんな権利など無い!!!!死を以て償われるべき大罪だ!」
「人間ごときが僕に説教なんておこがましいと思わないのかなあ!!!!」
殺人的な蹴りやパンチが飛び交い、周りの物を吹き飛ばしていく。その間にハクは生存者を次々と安全な場所へ転移させながら戦いに加勢する準備を整える。
そして白蓮の拳が深々とアスタロトの腹を貫いた。だが引き抜いた瞬間に再生してしまう。
「二人ともっ!!!3分だけ時間を稼いでくれ!!!」
「はい!」
「あぁ!」
白蓮の言葉にアスタロトは憤慨し、激情のままに襲いかかる。
「クソ共が!!!僕に勝てるつもりか!?舐めるのも大概にしろよ!!!」
「2人とも避けろ!」
ハクとアインは横っ飛びで突進をかわし、直後に攻撃を仕掛ける。だが腕を交差させてそれを防がれ、蹴りによる破壊の伝播が襲い掛かる。
「ぐうっ!近づけねえっ………」
「うあっ………!」
2人は大きく吹き飛ばされ、地面にたたきつけられる。
「そうだ、そうさ、ああそうなんだよそれで良いんだよ。ごちゃごちゃと能書き垂れてないで地面にはいつくばってるほうがお似合いなんだよ、勝てるはずのない、勝とうとすることすらおこがましいような相手に挑むだなんて、余程の馬鹿のすることだ」
「はっ、誰が這いつくばってるって?ナメんなよ?残念だが俺達は馬鹿なんでね、諦めることを知らないんだぜ」
「何度倒れようとも、お前を倒す!」
この戦いの行方を左右するのは、決して諦めない心だ。故に彼らは必死に抗い続ける。
そして3分後、息も絶え絶えになった彼らの視界に映ったのは………完全に元に戻った街並みと、街の人々の姿だった。
感想、評価、ブクマ、レビューよろしくお願いします。