1話 追放
こんにちは。Kと申します。未熟者ですが、宜しくお願い致します。
「ハク、お前をこのパーティーから追放する。とっとと荷物を纏めて出てけ」
「………え?」
血だらけで、今にも倒れそうなほど傷だらけになった少年に向かって冷たくそう言い放つ青年、シグルド。
そう言われた少年、ハクは何を言われたのか分からずに聞き返す。
「だから、出てけって言ってんの。あんたみたいな初級魔法しか使えない無能のカスなんざ、いらないのよ!」
腹を蹴り飛ばされたハクは、倒れこんでゲホゲホと咳き込む。彼を蹴ったのは、ロングウェーブの赤髪が特徴の美少女、フレイヤ。
「…………早くして。荷物纏めておいたから、これ持って出ていって。あ、後これ………いらないからあげる」
そう言いつつ古ぼけた分厚い魔法書を差し出したのは、青髪の美少女、イレーナ。
「おいおいイレーナ!こんな役立たずの魔法書をくれてやるなんてお前も悪い女だなァ!ってわけでほら、じゃあな奴隷くん!」
顔面を殴られ、吹っ飛ばされる。しかし彼はすぐに立ち上がり、足に組み付いた。
「待って………待って!!!最初から言ってたじゃないですか!!!僕は初級魔法しか使えないって!でも、それでも良いって言ってくれたのに!!!」
「あんた………ホンット馬鹿ね。あんたなんか最初から奴隷要員だったに決まってるじゃない。まあでも少しは期待してたけど………一向に成長しないし、雑用要員なら他にいくらでもいるし。………あんたがいる意味が無いのよ。理解した?」
「そういうこと。これが現実」
「そんなっ……………」
ギルドのどのパーティーにも入れて貰えず、苦心していたときに、彼らは手を差し伸べてくれた。初級魔法しか使えないと説明しても、それでも良いと言って迎え入れてくれた。それがまさか、雑用係としての扱いだったとは。
そんな現実に打ちのめされ、ハクは静かに泣きながら抵抗した。
「ひどい、ですよ………。最初から、全部………」
「アァ!!!うっぜえんだよお前ェ!しつけぇんだよゴミカスがァ!俺様が消えろったら大人しく消えろよ!」
コーヒーカップを投げつけられ、頭から血が出る。だが今のハクにとっては、そんなことはどうだってよかった。こんなやつらに対して大恩を感じていたとは。ここで食い下がるしか無いのは、どうにもいたたまれなかった。
遡る事数時間前。ジグルド達は、強敵のドラゴンを目の前にして、ハクを置き去りにして逃げ出した。ハク自身もそれに気付いてはいたが、逃げ出さなかった。きっと戻ってきて、援軍を連れてきてくれるはずと信じて、ドラゴンに立ち向かい続けた。何時間もの間、ドラゴンが撤退するまで。
いや、実は逃げれなかったのだ。魔力は尽き果て、体力も底をつきかけ、今にも死にそうな状態でパーティーの宿に帰ってきた。
ドアを開けると、メンバー達は先程の事はつゆ知らず、楽しそうに談笑していた。それを見て、ハクは純粋に、モンスターに襲われずに無事に帰還が出来たことを知り、安堵した。
だが、談笑の内容を良く良く聞いてみると、「ハクがどれほど惨めに死んだか」を予想し、皆でそれを嘲笑っている、というものだった。
その場にイレーナはいなかったが、それでも他の二人が自分を嘲笑っている様に、ハクは深いショックを受けた。
ハクがいたことに気付いた二人は、イレーナも呼び出して彼に対して追放宣言をする、という流れになったのだ。
「…………僕達は、2年間も一緒にやってきたじゃないですか!ずっと一緒に頑張って来たのに………僕はまだ、何の役にも立ててない!それなのに僕を追い出すなんて………どうしても、ですか?シグルドさん!イレーナさん、フレイヤさん!」
「そうだ。どうしても、だ。いい加減理解しろよ。お前はこのパーティーにはもう必要じゃねえ………邪魔な存在なんだよ!小間使いなら他にいくらでもいる!とっとと出てけこの無能野郎が!!!」
バキッと鈍い音がした瞬間、ハクの視界に花火が散る。吹っ飛ばされたハクは床に倒れた。
シグルドが全力の拳でハクの顔を殴りつけた。彼の身長は180センチメートルを越えるガッチリとした体型だ。体格に恵まれたシグルドに対し、ハクの身長は160程度。パワーなど、雲泥の差だ。
何も考えられない中で、彼らの声が聞こえてくる。
「はぁ!スカッとしたぜ!ストレス解消役としての価値を少しでも果たしたんだから、あいつだって本望だろうよ」
「全くね!アハハッ!ねえ、イレーナ?」
「……………うん」
笑い声が響く中、イレーナの頭の中に彼らとの思い出の記憶が甦る。
初級魔法しか使えず、どこのパーティーも門前払い。ソロで戦う力などとても無いハクが、途方に暮れていた時。
シグルド達が自分をパーティーに誘ってくれた。初級魔法しか使えないと説明しても、それでも大丈夫だ、と笑顔で言ってくれた。
彼らの信頼を裏切らないため、必死にサポートに徹した。常に大量に回復役や罠の道具を用意し、家事や彼らの身の回りの世話、治療、馬車の予約など………主に生活面で全ての事を請け負った。
だが、シグルド達が求めていたのは戦う力を持った者だった。そういうサポートが欲しいのなら、奴隷を買えば済む話。しかしそんな大金など持っていない彼らは、弱いため裏切る心配の無いハクを、奴隷代わりにこき使っていた。
表面上だけは優しく接することで、人を疑うことを知らないハクは自分が初めから奴隷扱いされていること一切気が付いていなかったのだ。
立ち上がったハクは、彼らの元へ行きあるものを差し出した。
「あのっ………これ!皆さんに、あげます」
ハクは彼らに白金貨を5枚ずつ差し出した。二年間のお礼として、全財産のほとんどを渡した。こっそりやっていた貴族家の手伝いのバイトで、必死に貯めたお金だった。白金貨1枚で、約100万円の価値がある。つまり一人辺り500万円を、彼らに渡したのだ。
「…………ほんとにいいの?」
「え、マジ?」
「……………今まで、本当にありがとうございました!皆さんのことは一生忘れません!」
ハクは深々と頭を下げた。そして頭をあげると、シグルドがいた。ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべている。
「一つ、俺からも礼をさせてくれや」
「えっ、それはもちろん………」
「今まで散々俺達の手を煩わせてくれて………ありがとうなァ!」
「ぐはっ………!」
前蹴りが腹にめり込む。お腹を抑えてうずくまるハクの髪を引っ張り立ち上がらせると、シグルドはこう言い放った。
「なあ、お前俺らの役に立ちたいんだろ?だったら最後に、ストレス解消に付き合ってくれや」
「なっ………なんですか………!?」
ハクは椅子に縛りあげられ、彼らに取り囲まれる。
「イレーナ!お前は手ェ出すな」
「………うん」
「こいつだって、あたし達の役に立てるんだから光栄よ!」
イレーナは、これから何が起こるかを予見していた。流石に、止めたい。止めたいのに………身体が動かない。シグルドの絶対王政ともいうべきパーティーでは、彼の言うことは絶対。故に無口で気の弱いイレーナには、もう止めることは出来ない。
(………ごめん)
心の中で謝罪すると、彼女は家を出た。
「………さぁーてと、邪魔は消えた。これからはお楽しみタイムだぜぇ!」
腹を蹴っ飛ばし、何度も顔を踏みつける。
「なあオイどんな気分だ?嬉しいか?俺様の役に立てて。ほら、嬉しいですって言えよ!」
「シグルドばっかずるい!あたしにもやらせなさいよ!」
一切容赦なく振るわれる暴力の嵐に、ハクの心は折れていた。震えるほどのショックを受けた彼は、もはや縄を解く気力も無い。
数分後。ぐったりとして動かなくなったハクを見ると、シグルドは外に放り出した。
地面に横たわったハクを、一人の少女が発見した。彼女はそれを見た瞬間、駆け寄って声を掛ける。
「………ハク?ハク!ねえ、大丈夫!?返事して!………大変、すぐに家に連れて帰らなきゃ!」
◆◇◆◇◆◇
「………ん………うぅん?」
目を覚ましたハクは、周りを見渡す。そこは、いつもの見慣れた景色ではなかった。が、確かに見覚えはある景色だった。
「………おはよう、ハク。良く眠れたかな?」
自分の顔を覗き込んでくる、栗色の髪の美少女。それは、かつて行き倒れていた自分を助け、色々な知識を与えてくれた、大恩人。
「ミシェルッ………!」
ベッドから飛び起きて、ハクは思い切り抱き着いた。それを嫌がりもせず、ミシェルは抱き締め返す。
「久しぶり。二年ぶりかな?」
「うん、そうだね」
「ねえハク。一体何があったの?なんであんなに、ボロボロになっていたの?」
そう問われたハクは、素直に洗いざらい、全てを話した。信じていたパーティーメンバーに、裏切られたことを。
5分ほど掛けて説明したハクは、ミシェルの表情を見る。拳をうっ血するほど握り締め、怒りをどうにか抑えている状態だった。
「許せないっ………!私のハクに良くも………!」
「だめだよ、ミシェル」
拳を手で包み、ハクは笑顔でそれを諭す。暴力はいけない、と。
「………でも!」
「僕が皆の役に立てなかったから悪いんだよ。シグルドさん達だって、心の底ではきっと僕にあんなことしたくなかった筈だし、毎日の雑用だって、僕が一人で生きていけるようにするためのアイデアだったんだよ。僕は皆に、凄く感謝してる。僕をパーティーメンバーに拾ってくれたから。だから、そんなに怒らないで」
「………ハク」
ミシェルは気付いていた。ハクの発言は、確かに本心から彼らを想ってのことだ。だが、今にも泣いて叫び出したいのを無理矢理我慢して、笑顔で振る舞っているのだと。
だからこそミシェルは、ハクを優しく抱き締め、頭を撫でた。女である自分よりも小さい身体。歳は同じ16だが、精神的にも自分より圧倒的に幼い彼にとって、シグルド達から受けた扱いはどれほど心に突き刺さっただろうか。
「もう、無理に自分を抑えなくて良いんだよ。辛かったり、悲しかったりしたらそういう顔にならないと………無理に作った笑顔は、ハクの本当の笑顔じゃない。でしょ?」
「………っ」
ハクの握られた拳が、ぶるぶると震え出す。
「………くや、しいよ………僕だって、一生懸命頑張ってきたのに………皆に追い付けなかった………」
気持ちを吐き出すと、彼は赤子のように大声に泣き出す。その声を、涙を、全て彼女は受け止めた。
◆◇◆◇◆◇
「………そうだ、これ」
イレーナから餞別で貰った、古ぼけた魔法書。それを手に取り、ミシェルと共に読んでみる。
「うへぇ、何書いてあるのか分からないね………ハク、読める?………ハク?」
ミシェルが彼を見ると、目を見開いてわなわなと震えていた。
「………これ、なんで………読める………?おかしいよ、これって…………っ!」
ハクは慌てふためき始め、本の裏表紙に書かれた魔方陣に手を触れてみる。すると、ハクの身体に流れている魔力の性質が変化した。
何が起きているのか分からないミシェルは、とりあえず彼を落ち着かせ、ゆっくりと話をさせる。
「………これ、『神代魔法の書』だって。何千年も前の本なのに………こんなに綺麗な状態で残ってるなんて………魔法かな」
「なんで………そう分かるの?」
ハクは嘘や出任せが言えない。だから、彼の言葉は全て、心からの真実だ。
「僕はこの文字を知ってるから………」
「ハクはなんで、その文字が読めるの?」
「分からないよ。でも………なんでだろう。これを読んでから、力が湧いて仕方ないんだ………」
「………そうだ!試してみようよ!森に行って、その神代魔法?っていうのをやってみようよ!」
ミシェルの提案で、二人は森に行くことにした。魔法書に書いてある魔法が、真実か否かを試すために。
魔法書は、端的に言えば魔法図鑑のような物だ。適性があれば、書いてある通りに練習すれば魔法が使えるようになる。
広大な森に到着した二人は、早速魔法書を開いた。
まずは、基本中の基本の《魔力球》。普通の魔力球のやり方は手に魔力を流し込み、それを球状に成形する。赤子でも使える、ごく簡単な魔法だ。
そしてハクはいつも通り、少し手を開いて、両手から魔力を流してそれを球状に成形する。するとそれは通常の魔力球の色である紫色ではなく、黄金に光り輝いていた。
「………なに、これ」
「綺麗………っじゃなくて、ほらハク!発射してみて!」
「あっ………うん!」
テニスボール程の大きさの魔力球。通常であればゴブリン一体を吹き飛ばせるかどうかと言うほどの、最弱の魔法。
だが変質したそれは、隔絶した威力を誇った。木に着弾したそれは、輝きながら周りの物を消し飛ばしていく。
「………凄い………あっ、そうだ!ハク、もう一度魔力球
を成形して!私に見せて」
「うん!」
手を少し開き、先ほどと同じ魔力球を作る。ミシェルはそれをまじまじと見つめる。
それを、《検索》と呼ぶ。
ミシェルだけが持つ、特別な力。戦える力など何も持っていない少女が持つ、唯一無二の能力。家族でさえ、ミシェルにこの能力があることを知らない。もしどこかの国にそれが知られれば、間違いなくミシェルは殺される。
国の最重要機密でさえ、少し検索すれば知ることが出来るからだ。
それは、あらゆる物を知ることが出来る力。頭の中にインターネットがあるかのように、知りたいものを検索し、教えてくれる。
ハクが生み出した魔力球を検索し、ミシェルは目を見開いた。
そして理解した。なぜ彼が初級魔法しか扱えないのかを。
これは、初級魔法しか扱えないと蔑まれた少年が、神代魔法を使い、成り上がっていく物語。
感想、評価、ブクマお願い致します。
次回もお楽しみに!