逃亡
逃亡
その後も、はるちゃんの話は何時間も続いた。
最後に私ともののけ×1.1さんは、最後に一言あいさつした。
もののけ×1.1さん「地球に戻るのは、最初の宇宙の犠牲から見ると100年以上ぶりになる。ステーションからの大きな地球をみると、戻ってきたことの興奮が収まらない」
私「地球に戻れてうれしいです。体の作りは違いますがよろしくお願いしますね。そう! 私たちのことは、まだ信じ難いと思います。生身の体でないことを証明します。見ていてください」
もののけ×1.1さんは、体の一部を変形させて、自撮り棒にしてカメラ付きパネル型コンピュータを掴んだ。センター側にその画像と音声が届くようにした。
はるちゃんを収納したコンピューターと電源は、もののけ×1.1さんの体の一部をカンガルーのポケット状にして入れてある。
元々船内は真空だが、わざとらしくエアロックを開けて船外に出た。二人はアロハシャツと短パンという宇宙空間でありえない格好に、いつの間にか衣替えした。
航海中にもののけ×1.1さんのレクチャーを受けて、服だけは自由に変化させるように私はなったのである。
「見てのとおり、真空の宇宙にいます。二人とも何ともないです。どう言うわけか真空なのにマイクを通じて音声も伝わっていると思います。しばらく外にいるので、ステーションの窓から実際に見て、トリックでないことを確認してください」
センターは、相変わらずざわつきが止まず、何人も部屋から(我々を見るため)出ていった。
「そちらにいってあげましょう」と我々は、有線通信用のケーブルを綱渡りのように、上を歩いた。ステーションの外壁にたどり着き、窓がたくさんある観測室まで行った。数十人の人がそこにいて、全員我々を凝視していた。
私ともののけ×1.1さんにっこりしつつ、手を振った。もののけ×1.1さんは、窓ガラスを強めに叩いて振動させ、確かに存在することを示した。
私達は、ステーションの外壁をさらに歩き、ステーションの工事中の区域までいった。そして、工事区画に仮設している、地球へ帰投可能な緊急脱出ポッドに侵入した。
計画
私ともののけ×1.1さん、はるちゃんで、宇宙ステーションに着く前から、脱出して地球に逃亡することを計画していた。ステーションには、地球に降りることができる避難用ポッドがある。それを使う。
逃亡の動機は、ステーションに近づくつれ、大きくなる地球のせいだ。私ともののけ×1.1さんは、宇宙浴で大きな地球を見続けてから、その大地に降りたいという超強力な収拾しない衝動に二人とも捕らわれている。
それと、我々の存在は、道理や物理を目の前でくつがえす超常現象の塊である。機能だけで活動することや、超空間(暗黒物質)の存在についての原理の究明は、科学を大進歩させるのは間違いない。そこから実用化される技術の価値は、計り知れないと思う。
間違いなく世界中から、ここへ調査団が、ひょっとしたら軍隊が来る。我々は確保され、ずっと研究の対象になるだろう。すでに死んでいることを理由に、人間扱いもされないかもしれない。多分ここに幽閉される。
強力な帰りたい本能と間違いなく来るだろう災難から、逃亡することを決心した。
地球に降りられたとしても、我々の追跡はなくならないだろう。それでも、宇宙空間で幽閉されるよりは、地上で捕まったほうがましだと思った。
脱出
「はるちゃんも一緒に来て本当によかった?」と私はたずねた。
「あなた方の行動や未来にとても興味があります。ぜひいっしょに行きたい」
「はるちゃんは、いくらでもコピーできるから気楽でいいよね」と私。
「はるちゃんの高次な機能は、コピーできませんよ。移動だけです。コピーできるのは、普通のコンピューターにあるような、機械的な制御部分だけです。コンコード号と脱出艇に今いる、はるちゃんのコピーは制御部分だけです。それでも人間と普通に会話できます。ただし、自分のことを決して”はるちゃん”なんて言いません」
私「世界中、はるちゃんだらけになったら、えらいことになるしね」
はるちゃんをポッドの制御部に接続した。はるちゃん「今から7分後、もののけ王さんはポッドに乗ったまま、ステーションを思い切り蹴ってください。そうすれば、あまり人がいない、草原に降りることができます」
もののけ×1.1さん「まかせてほしい。ここに来てから、体の密度が高まって力がみなぎっている。どのくらい思い切ればよい?」
「ステーションとポッドが壊れない程度でたのみます」
もものけ×1.1さんは、足をコイルばねに変形させ、ぎちぎちと縮めた。時間が来て、足のばねを解放して、ポッドを発進させた。
着地
ポッドは湿原に着地した。草がクッションになってふんわり着地できたが、大部分が埋まってしまった。
我々は、ポッドの扉を開け出ようとしたが、無重力に慣れすぎたのだろう。私は5年ぶり、もものけ×1.1さんは、約100年ぶりの重力だ。
「体がとてつもなく重くかんじる。これが天然の重力というやつか? 体が椅子から離れない」ともものけ×1.1さんが、重々しく言った。私も同じで、椅子に貼り付けになった。
生身の人間なら、地上の救助隊の助けと、その後のリハビリがないと動けないところだ。しかし我々に実際の体はない。10分ほどしたら、重力に適応した体の動きができるようになった。
「はるちゃんは、問題なしです」とともものけ×1.1さんのポケットの中のはるちゃん。
私は圧倒された。湿気を多く含み、生物の死骸や排泄物や分泌物由来の空気の匂いとか、足元を見れば、地面全面が緑色の植物と、その間に染みている多量の水、水中には無数の生物。宇宙ではなかった、有り余る空気と水と生物。歩くたびに引っかかったり、滑ったりして邪魔をしてくる、草と地面。
「地球は、何もかも濃すぎて、息がつまりそう」と私。
「本当に濃い世界だな。来てよかった」ともものけ×1.1さん。
はるちゃんもカメラ付きマイクを電波でリンクさせて、外界の様子を共有している。
「はるちゃんも、みなさんと同じように空気感を感じたかったです」と言うなり、もものけ×1.1さんが、手の一部をUSBに変形させて、はるちゃんのコンピュータに接続した。
「私の感覚をおすそ分けしよう。どんな感じ?」
「このような環境からの感覚は、はるちゃんが受けた教育のなかにありました。もののけ王さんのそれは、きらきら感が上乗せされています。強烈な感覚ですね。やみつきになりそうです」
地平線まで緑の草が続いていたので、どうなることかと思っていたが、彼方に高い煙突やビルが見えてきた。そう遠くないところに大きな町がありそうである。
我々の地球生活は始まったばかりである。
終わり
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
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話を書き始めて3ヶ月、3話目の新参ですが、今後もよろしくお願いします。