船内生活
前回のあらすじ
月と地球の間は、超空間と呼ぶ暗黒物質が凝集した空間があった。そこに私が乗った月行きの貨客宇宙船のコンコード号は、捕らわれ遭難した。
今から二十日前に超空間から、コンコード号の脱出艇を使って出ることを試みた。
船内生活
脱出艇の避難室は、細長い廊下が一周してドーナツのようになっている。避難室は壁に脱出時に乗員が着席する椅子が30個ぐるりと並んでいる。ドーナツの真ん中は、コンコード号と接続用のエアアロックや機械室がある。
倉庫に避難室が真空になってしまった時に、体全部を覆う袋状の簡易宇宙服がある。(室内空気を袋に温存して、短時間の真空に耐える服)
脱出艇は本船から逃げる時に使用するが、本船から少し離れて待機して救助を待つ。艇だけで地球に戻ったり、長距離を自由に移動できない。
避難室の一部は、コンコード号の貨物室にあった多数のコンピューターと電源が置かれ、強力宇宙テープ(真空、高温、低温等に耐える粘着テープ)で固定されている。コンピュータには、超空間に蓄えられた膨大な情報の一部や、遭難時の様子のデータが入っている。
避難室に今いるのは、私とコンピュータの中にいる人工知能の”はるちゃん”だけである。コンコード号の乗員は、遭難した時に私も含めて全員亡くなった。
読者のみなさん:「あなたは、なにを言っているのだ?」
そう思うのは当然のこと。説明する。私は死んだが、魂も含めた体の機能は全て保たれた。肉体は朽ち干からびてコンコード号にある。見たことはないが。
暗黒物質が凝集している超空間は、超常現象が起きる。そのため体の機能だけが残ったと、超空間の住民の、もののけさん(私と同じ機能だけだが、複数の人や動物の魂の集合体)は言う。
もののけさんの話では、超空間を離れると超常現象もなくなって、私の魂(機能)も雲散するのではと予測していたけれども、一向に消える気配はない。
私は、コンピュータのディスプレイに向かってしゃべった。「はるちゃん、すごく暇。暇すぎて死にそう。もう死んでるけど。笑」
「さちちゃん(この話の主人公、私の名前です)、そのジョーク、10回目です。」
「地球から、なにか新しい情報はないかな?」
超空間のコンコード号は、全てのチャンネルの電波を使用して、遭難後からもう5年間ずっと救難信号やこちらの状況を発信しているが、一度も地球側から反応がなかった。
しかし、脱出艇に乗ってすぐ、地球側からの電波を受信できた。超空間から脱出できたのだろう。
はるちゃん「特に新しい情報はありません。救難については、調整中でめどが立っていません。さちちゃんのことを地球側に言えば、この暇と退屈と救難のめどの立たなさは、すぐに解消しますよ」
私「それ5回目。私や、もののけさんの超常的なことの報告は、救助されてからにしようと思っている」
救難と言ったものの、実際は回収である。乗員乗客は全員死亡との報告が、すでに地球側に届いているからだ。
コンコード号から脱出前に数回に分けて投げた携帯電話と、脱出艇の出現位置と速度の情報から、地球から見た時に、北極と南極を通る極軌道に脱出艇と恐らく超空間があることが判った。
月や地球、他の惑星の軌道は、だいたい同一平面にあるが、極軌道はその面に直角の位置にある。救難船は、地上観察用の人工衛星以外に例のない極軌道用に仕立てるので、救助の準備に時間がかかっている。
20日前
脱出艇にめいっぱい燃料を注入した。ばねの力で脱出艇をコンコード号から放出させて、船にロケット噴射流がかからなくなった所から、通常の脱出でないほどロケットを盛大に吹かした。超空間から脱出するのに、そういう力技が有効と考えたからだ。
燃料を使い切るとロケットエンジンは停止した。すぐに、地球から通信があった。はるちゃんと次のようなやりとりがあった。
地球側「こちらは、消失遭難船捜索センターです。コンコード号の脱出艇からの遭難信号を、今受信しました。そちらは、コンコード号由来のものでしょうか? 今すぐ援助が必要でしょうか? 生存者はいないのは確かでしょうか? 返答をお願いします」
はるちゃん「回答します。コンコード号の第4脱出艇です。緊急なことはありません。生存者はいません。お願いがあります。使用している電波で送受信できる情報量がとても少ないので、質問や指示は、まとめてテキストで送ってください。それを見て回答します」
私は喜んだ。「やったー。はるちゃん、脱出に成功したね」
「そのようですね。はるちゃんもうれしいです」
しばらくして、地球からたくさんのテキストファィルが送られてきた。要約すると以下のとおり。
乗員乗客の死因はなにか?
コンコード号はどうなったのか?
なぜコンコード号が消えたのか?
5年間どうしていたのか?
なぜ携帯を投げた?
その他いろいろ。
私とはるちゃんを話しあった。そして、超常的な事のことの回答は、先送りにすることにした。なぜかというと、超常的な事を先に知らせてしまうと、生存者もいないし、超常現象を警戒して救助が中断され、遠巻きに観察され続けることになるかもと思ったからだ。
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