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悪の魔法少女が変身ヒーローの俺を熱く勧誘してくる  作者: 月白由紀人
第1章 俺、クロぼうにスカウトされる
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⑧ 沙夜ちゃんに俺の正体がバレる

 思考が停止した。


 普段の家では馴染みと愛着がある優しい抑揚、だが今の状況では圧倒的に破壊力のある呼びかけだった。


「お兄ちゃん」


 再び音が耳に入り込んできた。

 振り返りたくない。怖くて背後を見たくない。


 じっとした時間がしばらく過ぎてから、徐々に頭が回り始める。後ろを確認しないわけにはいかなかった。こわごわと、恐る恐る、振り返る。


 両手を胸の前に合わせた、彩雲学園中等部の青いブレザー姿の実の妹、如月沙夜がそこに立っていたのだ!


 まて。まだだ。希望を捨ててはいけない。沙夜は俺の事を兄だとわかっている様子だが、先ほどのラピスとの変態対決を見ていたとは限らない。何故沙夜がここに現れたのかはわからないが、偶然通りかかっただけなのかもしれない。


 が、その淡い期待は木っ端みじんに打ち砕かれた。


「そこの車の影に隠れて、最初から最後まで全部見てました」


 ああ……と天を仰ぐ。沙夜に見られていた。沙夜にバレてしまった。怒られるだろうか。呆れられるだろうか。だが、正直に変身ヒーローのバイトの事を話せば、沙夜ならわかってくれるだろうと言う思いもある。


「申し訳ないと思いました。でも、お兄ちゃんがどんなアルバイトをしてどんな場所に出入りしているのかと心配になり、学園から跡を追わせていただきました」


 沙夜が正直に告げてくる。その顔は悲しみと哀れみに彩られていた。


 沙夜には正義の変身ヒーローだという仕事はわかってもらえないのだろうか。確かに給料につられた事は認めざるを得ないのだが、別に世間様に迷惑をかける様な事をしているつもりはない。すると、


「お兄ちゃん」


 沙夜が一泊置いて言葉を継いできた。


「そういう商売はお勧めではありません。往来でプレイするとバイト料もいいのでしょうが……お相手の方はまだ未成年の様で条例違反でもありますし」


 えっ? と、沙夜のセリフに思考が混乱した。


「お相手のコスプレの方も美人で色っぽい身体で、お兄ちゃんが若いうちから道を外しかねないと心配してしまいます。まずは健全なお付き合いから始めたらいいと沙夜は思います」


「ちょ、違う! 違うんだ、沙夜ちゃん!」


 俺は慌てて被りを振った。沙夜は勘違いしている。俺とあの女とは、そういう関係じゃない。はっきり言って、傍からさっきの言動を見ていたら勘違いしても仕方がないとは思うが、そうじゃないんだ!

 俺はどう言い訳しようかと四苦八苦する。


「家計が苦しいのでしたら、お兄ちゃんに水商売させるくらいなら私が働いてもかまいません。きちんとしたモデルの事務所から前より声をかけられてますし」


 沙夜が泣きそうな顔で俺に訴えかけてくる。


「ち、違うんだ。そうじゃないんだ。俺とラピスはそういう関係じゃなくて、俺のバイトもそういうバイトじゃなくて。なんていうか……」


「ラピスさんって言うんですね、さっきの方。源氏名とか、ですか?」


「いや、そうじゃなくって!」


 俺も、もはやどう取り繕って良いのかわからずに、頭を抱えてかきむしる。


 ――と、


 とことこと、どこからともなくクロぼうが現れた。


「沙夜ちゃんに、正体知られちゃったみたいだね」


 全く困ってないという音程で、沙夜の前で言葉をしゃべってきた。


「クロぼう……さん……」


 沙夜はちょっと面食らったという表情を浮かべたが、それ程の混乱を見せることはなかった。


「日本語……話せるんですね」


 特に困惑もなく納得した様子。

 俺は渡りに船だと思ってクロぼうに告げる。


「クロぼう。沙夜には教えておいていいだろ? 俺の正体をバレちゃったし」


「そうだね」


 まん丸目玉であっけらかんと答えてくる。


「またしゃべりましたね、クロぼうさん。正体を見せてください」


 沙夜が今度はまっすぐに見通すような瞳を送る。


 俺は、その場所で簡単に正義の変身ヒーローの事を沙夜に話し、その晩の夕食時に、クロぼうにスカウトされた時の事から再び詳しく沙夜に説明した。

 沙夜は納得した様子だったが……。


 また、あの痴女のラピスとの対峙はあるわけだし。家では変身ヒーローとして沙夜とクロぼうに囲まれる生活が始まるのだし……。実際、変身ヒーローの俺と悪の魔法少女のラピスの『ぜんぜん闘わない恋愛劇』はこの後もまだまだ続くのだが。


 俺の未来、どうなるんだ?


 そう思うと、その晩はなかなか寝付けないのだった。

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