邂逅
ダンジョンを発って3日、俺は都市ソルティマにいた。
ソルティマと呼ばれるこの都市は、ガレオン帝国の最南に位置している都市だ。同じ領地内には多数の国の商業船が停泊する港町や、鉱山、そして複数のダンジョンが存在する。そのためソルティマには研究者や商人、冒険者が集まり常ににぎわっている。
「3日の距離にこんな大きな都市があったとはな。」
ここまで驚くほど順調にこれた。都市へ入る時の荷物検査や身分証の提示などはなく、水晶に手を当てるだけで良かった。犯罪歴のみを確認しているらしい。宿もすんなりと確保できた。金は冒険者が落としていったものもあるが、それだけでは足りなそうであったためDPで出した。
現在都市を散策しながら今後の方針について考えていた。
「これからどうするかなぁ。お約束通りにいけば冒険者ギルドに登録だろうが、大丈夫かなぁ。ステータスの開示とかあったら魔王ってことがバレちゃうかもしれないし…隠匿さんが仕事をすることに期待して行ってみるという手も…」
考えながら道を歩いているといつの間にか人気のない裏路地に来てしまった。
「治安は良さそうだが、大通りにいた方が良いかな。」
そう思い、来た道を戻ろうと振り返ろうとした瞬間。冷たい殺気と共に、首元に刃物が添えられる。
「動かないでください。あなたは魔王ですね?主が御呼びです。ついて来てもらいます。」
◇
連れてこられた場所は都市の中心にある城の地下であった。俺を呼んだという主とはこの都市の領主なのだろうか?俺を襲撃した暗殺者らしき人からはすぐに殺すといった気配は伝わってこないため対話はできるのだろう。
「こちらの部屋で主がお待ちです。どうぞ入ってください。」
そう言うと暗殺者は下がっていった。
鬼が出るか蛇が出るか、とにかくこの部屋へ入らないという選択肢はない。さっきの暗殺者は明らかに俺よりも格上だった。それが監視を外したというのは、お前なんぞいつでも殺せるというメッセージだろう。主とやらがそれほどの強者なのか、気付かないだけで未だに監視されているのかはわからないが。
コンコンとノックをすると中から「どうぞ」と女の声がした。覚悟を決めて扉を開けると、金髪長身の非常に高貴な印象を受ける美女が待ち構えていた。
「待っていましたよ、新人の魔王さん。私は<光の魔王>ソフィアです。」
「―――わ、私はシャルロットです。」
自分以外の魔王との邂逅で大きな衝撃を受ける中、そんな言葉しか出せなかった。
ただ、魔王なのに光なのかよ!というツッコミが言える空気ではないことだけは理解した。
◇
少し話をしたところ目の前にいる<光の魔王>ソフィアは敵対する気はないらしい。それだけでなく、自分の派閥に入らないか、というお誘いまで受けた。
フェアが「今年生まれた10人の魔王」と言っていたことから予想できたが、魔王は多数存在するらしい。その中で強者を中心としてできるのが派閥。目の前にいるソフィアさんは数ある派閥の中でも一二を争うほどの大派閥のトップだそうだ。
「派閥の件ですが、私としては入っても入らなくても構いませんし今すぐに決めずとも構いませんので。よく考えてからお返事を聞かせてください。」
「…一つ伺いたいのですが、なぜ私を勧誘したのでしょうか?ご存じのとおり私は新人ですので、ソフィア様ほどの魔王に利をもたらすことはできないでしょう。」
「ええ、その通りですね。私があなたを勧誘したのは、私の国の中にできたダンジョンが他派閥に入ったときにわざわざ潰す手間を省くためです。なので敵対しないのであれば私の派閥に入る必要はありませんよ。」
にっこりと残酷なことを言う。
私の国と来たか。そうすると敵対した場合は死が確定するとみて良いだろう。ガレオン帝国は文句なしに大国だ。発展しているとはいえ辺境であるソルティマがこの規模の都市ということからもわかる。できたばかりのダンジョンなど国を相手にしたら一日を待たずして攻略されてしまう。流石にそれは避けなくてはいけない。
「派閥へのお誘いは検討させていただきますが、ソフィア様と敵対しないことだけはお約束します。」
「あらあら、約束していただけるなんて嬉しいわ。」
今までの丁寧ながらどこか冷たい態度から一転、本当に嬉しそうに笑いながら世間話を始めるソフィアさん。俺の口約束にそれほどの価値があるとは思えないが、それを言うと藪蛇になりかねないため指摘しないでおこう。
しばらく世間話をしたところで俺は解放され、暗殺者に元居た路地裏まで連れてこられた。世間話といっても俺には参考になるものも多く有意義な時間が過ごせた。
「ソフィア様に用事があるときはこのバッジをもって城を訪ねろ。」
そういって暗殺者はバッジを渡し、すぐに何処かへ消えてしまった。
「ふー、緊張したー。このまま宿に戻って、明日にはダンジョンに帰ろう。」
◇
「主様、あのまま行かせてもよろしいのですか?」
「ええ、もちろんですよ。ルノア。魔王が約束なんて言葉を使ってまで敵対しないと言ったのですから危険はないでしょう。それに、彼はまだ【洗礼】を受けてないでしょう?そんな魔王を派閥に入れても良いことはないですよ。奴隷が一人増えるだけです。」
「この場で派閥に入ると言っていれば隷属化したのですか?」
「もちろん。なんの苦労もせずに甘い汁を吸えると思ったら大間違いですよ。ああ、そういえばこの領地のダンジョンは全て隷属化した魔王でしたか。彼が洗礼を切り抜けて私の派閥に入ってくれたらこの領地の管理を任せるのも良いですね。ふふ、あの位置のダンジョンならアイツの派閥が来るでしょうし楽しみですね。」
そう言って上品に笑う<光の魔王>だった。