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7、これはヤバイ事態では?

 オルクスくんが無駄に心配するくらいなら実際に引き合わせてみようということでリリーとの接点を作ってみたんだけれど、顔見知りになるのと仲良くなるのは違うなあと、私は前世の学生時代のことを思い出していた。

 わざわざ喧嘩はしないけれど仲良くもしない――そういう人間関係はあるのだ。そして、おそらく二人は私という接点がなければ、きっと一生関わることはなかったに違いない。

 そのくらい、噛み合わなさが半端なかった。


「先ほどの授業中、たまたまお前のノートが見えたんだが、その……ノートはちゃんと取ったほうがいいと思う」


 午前の授業が終わって、私とオルクスくんとリリーは食堂で待ち合わせをしていた。というより、オルクスくんとリリーが同じ講義を取っていて、それで教室からそのまま一緒に来ていたみたいだ。最近、こういうことはたまにある。

 私が待っているからということで二人とも律儀に一緒に来てくれるみたいだけれど、道中あまり話が盛り上がっていないのがわかる。


「え? ノート? 大丈夫。手は動かしてるからさ、教壇からはちゃんとノート取ってるように見えるはず」

「いや、そういうことではなく……試験の前に困るだろう?」

「さすがに試験のときはフリじゃなくてちゃんと書くよー」

「いや……うん」


 オルクスくんが言いたいのは勉強しないと試験がきついぞのいうことなのだろうけれど、リリーにはそれが伝わっていない。二人の会話は終始こんな感じで、それでもあきらめずに話をしようとするオルクスくんは偉いなと、私は感心しつつリリーに呆れた。


「あのさ、リリー。なんかこう、もっとリリーからも話しかける努力したら? 面白い話をしてみるとか」


 食べるものを選んで先に戻ってきたリリーに、私はそう耳打ちした。学食はビュッフェ形式になっていて、育ちがいいオルクスくんは何種類ものおかずと主食のバランスを考えて丁寧に選ぶから時間がかかるのだ。それに対してリリーは適当に肉の塊とスープを確保したら席に戻ってくるから、ものすごく早い。


「え……面白い話? コレット、そんな高度なことを自分に要求する? あのテネブラン氏に面白いと思ってもらう話? ムズくね?」

「いや、面白いって笑わせるとかそういう意味じゃなくて……とりあえず自分から話題提供するって意味でさ」

「あの人、何を面白がるんだろうなあ……」


 あわててフォローしたけれど、リリーの頭はオルクスくんを笑わせることばかりに夢中になってしまったようだ。

 確かにリリーの言うとおり、オルクスくんを笑わせるのは難しいと思う。面白がらせる――興味を持たせるというのも。声を立てて笑わせるなんて、至難の業だ。私はまだ、オルクスくんの笑い声を聞いたことがない。

 笑い声……聞いたことがないと再認識すると、聞いてみたくなってくる。いや、元気に生きているだけで素晴らしいのだけれど。


「すまない。待たせた」

「ううん、全然」


 オルクスくんの笑い声はどんなものかなと考えていると、本人が席に戻ってきた。トレイを見ると、今日もきれいに料理が並んでいる。

 

「何か話してたのか?」

「え、何で?」

「顔がにやけてる」

「に、にやけ……ごはん美味しそうだなーって思ってただけだよ」


 怪訝そうにされたけれど、まさかオルクスくんがどんな声で笑うのか想像していたらにやけてましたなんて言えないから、私は笑ってごまかした。

 

「ノーマンは、またそんな偏った食事を……」


 席についたオルクスくんが、リリーのトレイを見てげっそりした顔になった。見た目はそれなりに可愛い女の子だから、この肉々しさはドン引きされても仕方がない。これが成人男性の食事だったとしても、やっぱりだめだと思うし。


「大丈夫。トレイの妖精に言われたとおり、スープもつけたから。このスープはブロッコリーのクリームスープだから、つまりサラダだって妖精が言ってた」

「は? 妖精?」

「知らない? さすが魔法学校だからさ、学生の栄養管理を妖精がしてるんだよ。だから、妖精が黙ってるってことは、この食事でオッケーってことだよ」

「……知らなかった」


 リリーは真顔のまま、ペラペラと流れるように嘘をついた。おっとりして見える眠そうなタレ目のせいか、そういうことを言っても不思議ちゃんな感じがして、人を騙そうとしているようには全然見えない。


「ねえ、『マジラカ』にそんな不思議設定ないよね?」

「ないよ」


 私が小声で確認すれば、リリーはしれっと答える。やっぱり、油断ならないやつだ。


「これさ、知ってる人は少ない情報だから内緒にね。みんなに知れ渡ると、妖精を買収したりひどい目に遭わせたりするやつが出てくる。そうなると、この学校の栄養バランスは崩壊するよ」


 食事を終え食堂から出るとき、リリーはそうオルクスくんに念押しした。そこはネタバラシをするところじゃないのと思ったけれど、嘘をつき通すつもりらしい。

 オルクスくんも疑う様子はなく、神妙な顔で頷いた。


「心得ている。面白い話をありがとう」


 そう言って、午後の授業の教室に向かっていった



 私とリリーはオルクスくんとは違う授業で、その教室に向かうために連絡通路を歩いていた。学院は建て増しを繰り返して複雑で広大なはずなのだけれど、転移魔法を利用して移動を簡略化してくれている。それでも、食堂や寮のある本館から一番遠い別館まで向かうときは、ずいぶん歩かされる気がするのだけれど。

 

「テネブラン氏のことで、気づいたっていうか思い至ったことがあるんだけどさ」


 歩きながら、ふとリリーがそう切り出した。


「何か思い出した?」

「いや、特に新しいことは……でも、いろいろ考えてわかったんだけど、テネブラン氏の幸せというか身の安全を確保するなら、今の状態はヤバイんじゃないかなって」

「どういうこと? 闇落ちしないように、私やリリーが親しくしてるじゃない」

「周りに人がいるくらいで闇落ちしないなら、たぶんゲーム本編でもしないでしょ。そうじゃなくて、『マジラカ』の登場人物なんだから、きちんとフラグを折る、もしくは回収しなければ、バッドエンドまっしぐらなんじゃないかなって。テネブラン氏にとってのバッドエンドは、即ち主人公であるシャニアにとってのハッピーエンドじゃんか。まあ、テネブラン氏をどうこうしたからハッピーになるとかじゃなく、彼がシャニアたちにとっての障害になるからなんだけど」

「そういえば、そうだった……」


 私はついついオルクスくんのことしか考えていなかったけれど、確かにシャニアたちを中心に見ればまずいのはわかる。

 このままシャニアが誰か攻略対象とくっつくことがあれば、オルクスくんがいくら心穏やかに暮らしていたとしても世界の、物語の強制力によって闇落ちしてシャニアたちの敵になってしまうかもしれない。シャニアが誰とくっつこうとそれは勝手だけれど、オルクスくんが巻き込まれるのはたまったものではない。


「どうしたらいいのかな……シャニアが誰かとくっつくのを阻止したらいいのかな」

「いや、それは確かだめ。シャニアが誰ともくっつかず、友情エンドにすら到達しなかったとき、学院自体が滅びるんだよ。誰かとくっつくのが難しくないゲームだったから、この全滅エンドを知ってるプレイヤーは少ないって噂だけど」

「そういえば、そんなエンドもあった気が……」


 リリーに言われて、私は面白くも何ともなかったその全滅エンドについて思い出していた。確か、シャニアが魔法の練習も頑張らず、攻略対象とも仲良くせず、あらゆるパラメーターを低いまま維持してシナリオを進めると到達するエンディングだったはずだ。

 光の精霊に愛されしシャニアが魔法使いとして立ち上がらないのだから、学院に封じられた魔を退けることはできないのだ。この世界は言ってみればシャニアのために存在しているのだから、彼女のために用意された試練を彼女が乗り越えてくれないのなら、世界が滅亡するのは当然のことだろう。


「自分が思うに、テネブラン氏を幸せにするなら、シャニアとくっつかせることしかないと思うんだ。……というか、配信されなかったテネブラン氏攻略シナリオは、そういうものだったはず。テネブラン氏を暗闇から光さす世界に引っ張り出すのは、光のヒロイン・シャニアだよな!みたいな」


 話しながら思い出したのか、リリーは目を閉じて記憶を探るようにしていた。前世は『マジラカ』のサブライターだったリリーが言うのだから、きっと間違いないのだろう。


「……そっか。他のキャラとくっつくエンドでは全部ひどい目に遭うんだから、オルクスくんが無事でいるにはシャニアに攻略されるしか道がないんだね! でも、シャニアとオルクスくんがくっつけば、私は推しの悲しい末路を見なくて済む! 救われる道があるってわかってよかった!」


 私の頭に蘇るのは、四人の攻略キャラクターごとのオルクスくんの悲しい末路だ。それを避ける術があるとわかって、心底安堵した。せっかく同じ世界に転生したのだから、推しを幸せにしたいのは当然のことだ。


「まあ、そうやってうまくいけばな。……実際のところ、まずいなって思うのがさ、テネブラン氏とシャニアって、出会ってすらいないでしょ? 入学式にシャニアが派手にやらかしてるから認識はしてるかもだけど、たぶん接点はないはず」


 喜ぶ私とは対照的に、リリーは冷静だ。指摘されて、私も入学初日のシャニアの残念な行動を思い出した。


「シャニア……接点ないのはオルクスくんとだけじゃないかも。入学式の出会いのイベントを見ようと思ってあの子について回ってたんだけど、誰ともきちんと会ってなかったし、オルクスくんとのイベントにいたっては、中庭に来ることすらなかったんだから……」

「嘘だろ……ヒロイン力が低いにもほどがある。それってさ、ほっといたらテネブラン氏が危ないどころか、この世界が滅びるんじゃないのか? 無理矢理にでも人間関係作ってやらないと、ほっといてどうにかなる希望なんてないだろ」


 私とリリーは、顔を見合わせて震えた。このままのんびりしたら迎えるのが、全滅エンドだとわかったからだ。主人公も攻略キャラクターもモブも関係ない。シャニアが人と絆を築き魔法を磨かなければ、この世界は壊れるようにできているのだから。


「それなら、オルクスくんとシャニアがくっつくように、私たちが二人のとっておきの出会いを演出しないとね!」


 推しのため、世界のため、私が気合いを入れて言えば、リリーがなぜか苦いものを食べたみたいな顔で私を見た。


「いや、たぶん、コレットがオルクスくんと出会ったシチュこそが、主人公と攻略キャラとの出合いに相応しかったと思うんだよね。あーあ……モブがフラグをひとつ折った」

「え……そんな……」


 リリーの冷たい指摘に自分がやらかしたかもしれない事実を気づかされ、私の背中も一気に寒くなった。

 私は、ただ推しを愛でたいだけなのに!

 推しに幸せに生きてほしいだけなのに!

 ……邪魔してしまったのが自分なら、一層頑張ってオルクスくんとシャニアをくっつけなければならないと私は決意した。

 


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