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6、そんなんじゃないんです

 リリー・ノーマンが「マジラカ」のオルクスくん√解明において一切役には立たないものの転生者だとわかってから、私たちはよく話をするようになった。

 役に立たないとはいえ、同郷だ。話せば懐かしい記憶が蘇るし、覚えている部分に関してはすり合わせができる。

 リリーが私も転生者であると気づいて声をかけてきたのも、この世界を上手に生きていく上で知識を共有できる人間が必要だと考えたからだと言っていた。

 今はゲームのシナリオでいえば序盤で、楽しい学校生活が始まったばかりだけれど、そのうちに課題や試験は大変になるし、そもそも主人公のシャニアを中心に大変なことが起きるのだ。モブがモブとして生き抜いて生き残るには、先々に起こることについての知識を共有して備えておくにこしたこたはない。

 それに、話しているうちにリリーの記憶が戻ればいいなとも考えている。というより、戻ってもらわないと困る。


「いやー、もう……女の子って、女の子って……大変」


 朝の寮の部屋で、寝癖頭を持て余したリリーが嘆いていた。仕草がおっさんっぽい。というより、何の因果か前世の要素を色濃く残して転生してしまっているので中身はおっさんなのかもしれない。


「この体で生を受けて十五年経つわけだけど、やっぱ慣れないなあ。これが男だったら、適当に水つけて手櫛でどうにかしてやり過ごせたんだけど」

「それもどうかと思うけどね。にしても喋り方! 変わり過ぎだよ」


 同室のディーネさんたちが先に食堂に行ってしまったのをいいことに、リリーは素でしゃべっている。日頃おどおどしておとなしくしているのは、やはりこの素の部分を隠すためらしい。


「ああ、どうせ転生するんなら前世の記憶なんかさっぱりなけりゃ、ちゃんと女の子として生きられたのかなー。いや、記憶がなけりゃないで困るんだけど。転生神様はきっと考えがあってやってらっしゃるんだろうけど」

「転生神様ぁ?」


 私が香油と櫛で必死で寝癖を直してやっている間、妙なことを言いながらお祈りのようなポーズをとっていた。


「転生神様っていうのは文字通り、こうやって人間を異世界に転生させてる神だよ。絶対にいるだろ。で、この世界はまんまゲームの世界じゃなくて、ゲームを模して神が作った世界なんだよ。人間は死んだら天国や地獄に行くと思われてたのも本当はこれと同じシステムで、神が人間の想像や創作物をもとに転生先の世界を構築してるんだと思うな。……という宗教に、自分は個人的に前世から入信してるんで」


 リリーはひと息に言ってから、最後のほうがごにょごにょと言葉を濁した。

 おかしなことを言っているという自覚があるのか、それとも前世で誰からも賛同を得られなかったからなのか。

 変だなと思いつつも、私は少しその考え方に興味を持った。


「そうか……私たちがこうやって転生なんて不思議な体験をしてることには、何らかの人智を超えたものが関わってると考えるのは自然だよね。それはわかる。じゃあ、私たちにとってこれは死後? 日本で生きていた頃からすれば来世? それともモラトリアムみたいなものなのかな?」


 考え出すと、ついつい気になりだしてしまった。

 前世の記憶を取り戻してまだ少し。私は推しであるオルクスくんと同じ世界で呼吸できていることに浮かれていたけれど、よく考えれば不思議なことだ。ゲームや漫画の世界に転生ということがファンタジー小説の筋書きではなく自分の身に起きているのだから、それがどういうことなのか考えるのは無駄ではないのだろう。

 ……と私は思ったのだけれど、どうやらリリーはそうではないらしい。


「ああー! そういう難しい話はわかんない! それに、そんなこと考えたって無駄だ! どうせ自分らはモブなんだから! とりあえず仕組みはわからんが転生はある! たぶんそれは神の仕業! そしてモブはモブらしく、この世界で無事に生き残ることを考えなくちゃいけないんだよー!」

「わかったわかった! ごめん、朝から難しい話して……」


 せっかく整えた髪をぐしゃぐしゃにしそうな勢いだったから、私はそれを慌ててなだめた。


「無事に生きていきたいし、できればオルクスくんを幸せにしたいな。たぶん、オルクスくんを幸せにすることとモブの私たちの安泰って、無縁じゃないと思うよ」


 仕上げに手のひらに香油を垂らしてそれで髪を撫でつけると、リリーの頑固な寝癖は見事に落ち着いた。髪が落ち着くと、気持ちも落ち着いたみたいだ。


「そりゃ……あの不遇キャラはファンじゃなくても救いたくなるよ。自分は、オルクス√のシナリオを知ってるはずなんだ……何とか思い出せたらいいんだけど」

「とりあえず、オルクスくんが闇落ちしないように、ひとりぼっちにさせないことに気をつけてみるよ。だからリリーも、無理のない範囲で思い出せるよう頑張ってみてね」

「うん」


 あまり遅くなってもディーネさんたちが心配するから、私たちは髪のセットもおしゃべりもそのくらいにして食堂に向かった。

 やっぱり女の子同士や同室の子同士での付き合いも大事だから、最近は食事はディーネさんたちと摂ることが多い。オルクスくんもそれでいいと言ってくれているし、彼も私の友達付き合いを気にしてくれている。自分と関わるせいで私が孤立したり悪く言われたりするのを、何より心配してくれているのだ。

 だから、リリーという新たな友達ができたことも、特に何事もなく受け止められると思っていたのだけれど……。



「お前、最近何やら変なやつとつるんでるな」


 ある授業の終わりに、教室のざわめきにまぎれていつの間にか近づいてきていたらしいオルクスくんに、そんなことを言われた。何だか、不機嫌そうな顔をしている。


「最近ってことは……リリーのこと?」

「そうだ、リリー・ノーマンのことだ。人を見かけや評判で判断するのはだめなことだとわかっているが……あいつはおかしな噂が多すぎるし、僕もあれがおかしな独り言を言っているのを聞いたことがあるからな」

「お、おかしな独り言……?」


 リリーの素の言動を知っているから、私はオルクスくんに言及されて苦笑いを浮かべることしかできなかった。まさか噂になっているとは思わなかったけれど、あの脇というか詰めが甘い感じを思えば、誰も見ていないと油断してボロが出るというのは普通に考えられる。


「ちなみに、おかしな独り言ってどんな……?」


 おそらく聞いてもごまかすことも庇うことも難しいだろうけれど、一応私は聞いてみた。

 オルクスくんは、私がリリーの肩を持とうとしているのを察知してか、すごく嫌そうな顔になる。


「ノーマンは確か地方出身者じゃないのに、『故郷の味が恋しい』と言ってみたり、『若い体には慣れないなあ』などと言っていたり……怪しい。あれは本当にリリー・ノーマンという女子生徒なのか? 何か別のものに姿を取られているんじゃないのか?」

「ああー……確かに怪しい発言だねえ。でも、同室だけど、悪い子じゃないんだよ。ちょっと変わってる子だなーくらいで」


 オルクスくんに聞かされたリリーの奇行は、確かに怪しすぎるものだった。本当なら庇えない。でも、事情を知っている以上庇わないわけにはいかなくて、私は苦し紛れの擁護をしてみた。

 故郷の味というのは、日本食のことだろう。私はコレットとして生きてきた記憶と前世の記憶がうまく噛み合っているからそこまでないけれど、赤ちゃんの頃から前世の記憶があったというリリーなら、日本食が恋しくなるのは仕方がないのかもしれない。私も彼女も、この体で十五年過ごしてきたのは同じなはずなのに。

 若い体にはなれないというのは……深く考えないほうがよさそうだ。とにかく彼女は、この転生ライフに違和感と不便を感じているのだろう。ライターとして関わっていただけで特に愛着はないというのだから、自分の今の在り方を持て余すのは仕方がないのかもしれない。


「やけに庇うな……まあ、別にお前が危ない目にも嫌な目にも遭っていないのなら、いいんだけどな。余計な口出しをして、悪かった」


 オルクスくんはあきらかに面白くないという顔をして、話を切り上げようとした。

 私のことを心配してくれていたのだとわかって、何だか嬉しくなる。それなら、私は彼を安心させなければならない。友達に心配かけたままでいるのは、よくないことだ。


「あの、心配してくれてありがとう。リリー、変な子だけど悪い子じゃないから、今度お話してみる? そしたら意外に面白いって思うかも」


 いきなり初日に友達になってと言った私を拒まずにいてくれたオルクスくんだ。だからリリーのことも案外受け入れてくれるのではと思っての提案だったのだが、それを聞いた彼はさらに嫌そうな顔になった。


「……お前がそう言うなら会ってやってもいいが、全然面白くないからな」


 そう言うなり、オルクスくんはぷいっと顔をそむけて、そのまま教室から出ていってしまった。

 本当なら追いかけるべきなのだろう。

 でもオルクスくんの、推しの意外な拗ね顔に、私は胸をズキューンと撃ち抜かれ、しばらく動けなくなっていた。

 動悸息切れがしてどうしようもなくて、私はときめきが止まるまでの間、ひとり悶絶した。可愛い。可愛すぎる。

 クールな美少年で時として冷徹、というオルクスくんの公式イメージが、どんどん崩れていく。でも、これはがっかりするほうの裏切りではなく、嬉しい裏切りだ。

 私は何とか動けるようになると、ハァハァ言う呼吸を整えながら寮の部屋まで帰り着いた。そして誰かとこの感動を共有したいと思い、リリーを引っ張ってコソコソとさっきあったことを話した。

 するとリリーは、何だか残念なものを見るような目で私を見てきた。


「オルクス以外に親しい友達がいるってことでヤキモチを妬かせようとして成功したからって、そんな意気揚々とするんじゃないよ。自分が恨まれたらどうしてくれんだ。あの不憫キャラにヤキモチ妬かせるなんて、罪なやつだ」

「……へ?」


 私は少しの間リリーが言ったことの意味がわからなかったけれど、理解してからは途端に恥ずかしくなった。


「違う! そんなんじゃないのに……!」


 ヤキモチを妬かせたくて別の友達の話をするなんて、あまりに幼稚だ。

 それを無意識のうちにしてしまって、オルクスくんにあんな(可愛い)顔をさせてしまったということを噛み締めて、私はその夜、恥ずかしさとあまりの萌えで悶絶した。




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