表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
個別ルート配信前にサ終した乙女ゲームの推しと、転生した私  作者: 猫屋ちゃき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/24

23、あなたのためのヒロインですから


 私の杖の光と月明かりを頼りに中庭まで行くと、そこはまるで大きな獣に蹂躙されたあとのようだった。未だ魔力嵐が吹き荒れている。小さな石や枝などはあらかた飛ばされてしまったみたいだが、今持ちこたえている木々が抜けて飛んできてもおかしくはない。

 私たちは飛ばされないように寄り添いあって、ゆっくり腰を落として進んでいった。


「誰か倒れてる!? ……シャニア? シャニアが倒れてる!」


 封印の像があった場所の近くまで行くと、地面に人が倒れているのが見えた。急いで駆け寄ると、その倒れている人物が金色の長い髪を持つ少女で、暗がりでもその特徴からシャニアだと判別することができた。


「シャニア、どうしたの? 何があったの?」

「……魔物、倒さなきゃ……」

「魔物?」

「あたしが魔物を、倒して……みんなを守らなきゃ……」


 助け起こすとかろうじて意識はあるようで、うわ言のように何かを呟いている。でも、正気ではなさそうだ。


「……像を壊したのは、シャニアみたいだね。でも、封印が解かれたのに、魔物なんて出てきてないね」


 シャニアのすぐそばには、砕け散った残骸があった。おそらく、テネブラン氏の像だ。そこからはまさに今、膨大な魔力が噴きあがっている。

 私たち魔法使いは日頃、地下に流れる魔力の流れ――レイラインと呼ばれるものを利用して魔法を使っている。自身の身の内に流れる魔力も当然利用するけれど、それだけでは足りない。だから、魔力が安定して供給される場所に魔法学校を構えることが多いと聞かされている。

 レイラインが途切れた場所でももちろん魔法を使うことは難しいが、その反対に膨大な魔力溢れる場所でも同じことがいえる。むしろ、長期的に魔力が噴き出している場所は人体に悪影響があると考えられているくらいだ。


「魔物は封印されていないが、膨大な魔力の源流ならあるな……とにかく、少しでもシャニアを遠ざけよう」


 気まぐれに吹き荒れる魔力嵐に飛ばされないよう注意して、私とオルクスくんはシャニアの体を倒れていた場所から引き離した。像を壊したことでこの嵐が起きたのなら、彼女はその影響をもろに食らっただろう。そして媒介である杖も使い物にならなくなり、ここに倒れているしかなかったに違いない。


「こんなふうに魔力が噴き出し続けていたら、どうなってしまうの……?」


 ゴォゴォと吹き荒れ、時折暴力的な地響きや揺れを引き起こす目の前の現象に、私は恐れをなしていた。一体私に何ができるというのだろうか。シャニアを連れて逃げ出すことが最善にして唯一のできることではないのかと、そんな弱気なことを考えてしまう。


「放っておけば、じきにこの一帯は人が住めない場所になるだろう。それどころか、生態系を変えてしまうかもしれない。強すぎる魔力にあてられて、姿も性質も変えられてしまう」

「そんな……魔物になるって、そういうことだったのね」


 学院がなくなるとかそれどころの話ではないようで、やっぱり逃げるなんてできないとわかる。

 それにオルクスくんに逃げる気がないことも、そばにいればわかる。


「僕のご先祖……テネブランは、この魔力を自分の中に取り込もうとして闇落ちしただなんて伝えられている。道を踏み外した魔法使い、魔に落ちた魔法使い……散々な言われようだけど、おそらく彼がそれを試みたから現在までこの魔法学院の敷地内のレイラインは安定していたんだと思う」


 唐突に、オルクスくんはそんなことを話し始めた。彼はきっと、私に言ってもわからないと思って口にしたのだろう。でも、私は彼が何を考えているのかすぐにわかってしまった。

 この先の展開は、「マジラカ」プレイヤーならきっと誰でもわかることだ。ましてや私は、大好きなオルクスくんのために何度も何度もプレイしてきたのだ。わからないはずがない。


「だめだよ! 絶対に、そんなことさせない!」


 私が叫ぶと、オルクスくんはハッとした顔をした。ここまで一緒に来たのに、まだひとりで突っ走ろうとしているのが悲しい。


「だめって……何も言う前から、どうしてわかるんだ」

「オルクスくんのこと好きだから、無茶しそうならわかるよ」

「……でも、ご先祖のテネブランにできたなら、僕にだってできるはずだ。それに、僕がやるべきだろう。誰かが犠牲にならなければいけないのなら、それは僕がいい」


 悲しそうな顔をしたオルクスくんの足元に、あの影の触手がまとわりついていた。オルクスくんの魔法も失われていないということなのか、これは魔法ではない何かなのか。

 触手は噴き出す膨大な魔力に反応するかのように、いつもよりも勢いも存在感も強い。でもそれはあまり良いことではないみたいで、オルクスくんも、その肩にいるプルートも苦しそうだ。


「この影は代々テネブラン家が引き継いできた能力で……言ってみれば呪いみたいなものなんだ。僕が優秀であれば、もっと使いこなせたし、もっと強力なものになった。プルートだって本当は、適合して立派なドラゴンになれていたはずなんだ。僕がだめだからこいつはいつまでも真っ白な幼獣のまま……でも、出来損ないの僕とこいつでもできることがある」


 言いながら、オルクスくんは魔力の噴き出す場所によろよろと近づいていこうとした。黒い触手が、オルクスくんとプルートを包んでいく。包んでいくというより、覆い隠して飲み込もうとしているように見えた。

 そんなのだめだ。このまま見ているなんてできない。でも、私に何ができるのだろうか。魔法はろくに使えない、植物を生やすことしかできない私に。

 主人公ヒロインのくせに。オルクスくん(推し)のために転生してきたくせに。


「させないっ!!」


 もたもたしているうちにオルクスくんたちが影の触手に、絡め取られていく。それをさせまいと、私は杖を振った。

 闇雲に振るった杖からは芽が、若葉が、蔦が伸びていき、影に飲まれそうになっていたオルクスくんとプルートに届いた。

 引き寄せるのではだめ。私がふたりのところにいくのでもだめ。それなら、ふたりの位置と私の位置を入れ替えるしかない。


「コレット、なにを……」

「私に、任せて」


 さっきまでオルクスくんたちがいた場所――影の触手が蠢く場所に降り立った私は、もう一度杖を構えた。ここからなら、魔力が噴出している場所に届く。

 テネブラン氏がかつてその身に膨大な魔力を取り込もうとした理由はわからないけれど、人の身が、生命が、膨大な魔力の受け皿になれることは証明されている。だからオルクスくんも自分を犠牲にしようとした。

 それなら、人間でなくてもいいはずだ。もちろん、か弱いドラゴンの幼獣でなくても。

 何かの命の器が魔力を抑え込めるのなら、植物もきっと立派にその役目を果たせるだろう。今自分にできることを考えたら、それしかないと思ったのだ。

 私は新ヒロインにして、オルクスくんだけのヒロインだ。それなら、きっとこの問題を解決するための能力は授かっているはずだ。


「行けー!」


 振るった杖の先からは、何かの植物の種子が飛び出した。その種子は魔力が噴き出す場所に落ちると、すぐさま芽吹いて瞬く間に成長していった。


「なんだ、これは……」


 芽になり双葉になり若木になり、それは縦に伸びるとともにどんどん幹の太さを増していった。まるで樹木の千年規模の成長を早回しで見ているかのようだ。


「わかんない……でも、魔力嵐が収まっていくよ」

「たぶん、この植物が強すぎる魔力を取り込んで、根が不必要な魔力が地上に溢れないように押しとどめているんだ。コレット、すごいな……」

「ねえ、花が咲いたわ……わぁっ!」


 オルクスくんと寄り添ってまだまだ伸びゆく大樹を見守っていると、やがて花が咲いてその花びらが風に運ばれていく。夜風に乗って薄紅色の花は、強すぎる魔力によって傷ついた大地を、木々を癒やしていき、空気も浄化していくようだ。


「すごい! レイラインが安定していく。プルート、お前、その姿……!?」


 オルクスくんが自分の杖が力を取り戻したことに感激していると、肩に乗っていたプルートに変化があった。

 先ほどまで魔力嵐と影の触手によって疲れ、傷ついていたプルートの体は今、淡い光に輝いていた。黒く染まりかけていた毛並みは薄緑になり、その所々を彩るように薄いピンク色の花が咲いている。


「この子、小さな春みたい……」

「コレット、お前の魔力がプルートを成長させたんだ」

「成長?」

「これまで僕が未熟だから何色にもなれなかったのに、コレットのおかげで色を持つドラゴンになれたんだ。プルートはこれで、立派なドラゴンになれる」


 オルクスくんが感激したように言うと、プルートも嬉しそうに頬ずりした。姿が変わっても、オルクスくんへの気持ちは変わらないみたいだ。どんな姿になっても、成長しても、この子はオルクスくんのことが大好きなのだと見ていれば伝わってくる。


「コレット・プロセル!」


 プルートの成長に感激していると、どこからか名前を呼ばれた。キョロキョロと周りを見回してみると、ふわふわのネコが走ってくるのが見えた。それが校長だとわかったのと、ネコが人の姿に変わるのはほぼ同時だった。


「プロセルくん、よくやった! 魔力の奔流を無事に収めてくれて、本当に感謝する。生徒たちはみな避難させて結界で守っていたが、君がいなければ大変なことになっていただろう」

「え、わ……当然のことを、したまでですから……」


 人の姿に戻ってももふもふな校長に両手を包み込むように握手されてブンブンされて、びっくりしてしまった。校長がすごく感激していることも、感謝していることもわかる。でも、私は思いのほかさっきの魔法で負担がかかってしまったみたいで体が重いから、お手柔らかにお願いしたい。


「髪や目の色といい、魔法の特性といい、前からもしやと思っていたのだが……プロセルくんは春の女神の血を引いているのだな」

「え……」 

「間違いない。君は、女神の力を色濃く受け継いでいる稀有な人間だ。君が普通の魔法の講義で能力を開花できなかったのは仕方がない。女神の血の特性のほうが強かったのだから。だが、そのおかげで学院は危機を免れることができた。誰の犠牲も出さずにな」


 校長は私を、それからオルクスくんを見た。

 私は緑豊かな西部地方出身で、大きな材木問屋の娘で、いわれてみれば女神の血筋ということにも納得なのだけれど、植物しか生やすことができないポンコツ魔法設定がまさかここに活きてくるとは、誰が予想しただろうか。

 ご都合主義だし、圧倒的ヒロイン補正だと思うけれど、この際それにすごく感謝している。私はオルクスくんのためのヒロインなのだから、絶対的勝利を約束されているのが当然だ。


「そして、春の女神はテネブラン一族の守護神だからな……これも何かの巡り合わせか。テネブラン氏は、かつて魔力が噴き出したこの土地を憂い、うまく鎮めることで人間が豊かに暮らしていけないかと考えたんだ。その身を犠牲にしてな。そのせいで一族は女神に見放されただとか、力を使い果たしてしまったと言われていたが……君がこうして女神を取り戻すことができて本当によかった」


 それは校長の本心だったのだろう。しみじみと噛みしめるように言って、オルクスくんに微笑んだ。だが、彼は微笑み返すことなく私の手を握った。


「……コレットが女神の血筋だとか、春の女神がうちの守護神だとか、そんなことは関係ないんだ。コレットは、僕にとっての女神だからな!」


 そう言ってオルクスくんは私の手を強く強く握った。

 こ、ここは乙女ゲーム的にギュッとハグしてとっておきスチル解禁じゃないんですかー!?とは思うのだけれど、手を握られただけで私の心臓はバクバクで、抱きしめられたりなんてしたら大変なことになっていただろう。


「そうかそうか。若いのも仲睦まじいのも、良いことだな。二人には改めて感謝を伝えるとして……今回の騒動の首謀者をどう扱うか、だな」


 手を繋ぐ私とオルクスくんを微笑ましく見てから、校長の視線は近くで倒れているシャニアに向けられた。

 そのとおりなのだろうけれど、首謀者という言葉に私は焦った。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ